転移

肺転移の可能性

先週火曜日に受けたPETCTスキャンの結果がやっとわかった。

「胸骨付近のリンパ節に転移の可能性あり。」

主治医は産休に入っているので、代わりの医師から、肺の専門医に行って、生検をしてもらうようにと指示があった。

癌の告知からまもなく2年。乳房摘出手術からは1年半。昨年3月の左脇下リンパ節癌発見からは1年ぶり。4週間の放射線療法も受け、3度目の抗がん剤療法である抗体薬ハーセプチンとタイケルブは半年以上も続けているのに、これでも癌はなくならなかったんだろうか?

UCLAのDr.グラスピーにも指示を仰ぐため、E-mailでこの悪い結果を知らせた。

まだ転移と決まったわけじゃないけれど、夜床についた後、息苦しくなったり、胸や背中が痛くなったりすることが続いていて、癌が見つからなくても、何かおかしいと思っていた。かなりショック。

胃が時間の経過と共にキリキリと痛くなって、久しぶりの下痢。

ジョージと一緒に再び祈った。

何度も何度も新しい苦難に出会ってうろたえる度、神様は私を抱き起してきてくださった。

今度もまた新しい力を得て立ち直れるように!

「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。」(箴言3:5)

神様、速く私のそばに来て下さい!

 

生検は9日

昨日肺の専門医のところに行って、詳しくスキャンの結果について説明を聞いた。

医師は過去の映像と今回の映像を時間をかけて観察した後、「微妙な違いなんで、わかりにくいけど。。」と言いながら、私たち夫婦にも映像を見せてくれた。

「これが胸骨で、ここにリンパ節が映っている。」

頭上から水平に輪切り状に映したCTの映像の真ん中に胸骨があり、その前に映っている白い点をさして医師が言った。

その次にPETの映像を見て、同じリンパ節の部分が濃厚になっていることを確認した。

医師の説明では、問題の箇所は肺ではなくて、こぶし大ほどの、胸骨部分にあるリンパ腺とのことだった。

「映像によっては、明らかに癌とわかるものもあれば、そうでないものもある。怪しいものでも、癌でない場合もある。だから生検をするのだよ。」

という説明に、なんだかホッと、緊張感がほぐれたような気がした。

生検

気管支鏡検査法という生検検査を9日月曜日にお願いした。

局所麻酔と鎮静剤を使いながら、カメラのついた細い管を口から胸のリンパ腺まで入れてサンプルを取るというもの。

検査そのものの所要時間は30分ほどだと言う。

検査に先立ち12時間の絶食。今度は失敗しないようにしなくっちゃ!

急ぐ治療と予約

UCLAのDr.グラスピーからもすぐに返事がきて、もし転移が本当だったら、抗がん剤を現在の分子標的薬から従来のものに変える必要があるだろうと言われた。

具体的な薬品名については、彼のオフィスを訪問して尋ねることになるけれど、従来の抗がん剤を使用するとなると、再び私の免疫力は弱くなる。

免疫力が弱くなると、ますます歯の治療はできなくなる。

いくつも治さなきゃならないところがある歯の治療は、抗がん剤変更前にしなければ、次のチャンスはいつになるかわからない。

歯科医に事情を説明し、早急に治療を終えることはできないかと質問した。

「普通は一月ぐらいかかるんですけど、わかりました。全力を尽くしましょう。」と、答えると、美人歯科医は急遽予定を変更。

お昼の時間も割愛して、4時間ぶっ通しで治療を開始してくださった。

転移が本当なら、抗がん剤変更も急がなければならない。

生検の結果を聞く予約を13日に取り、Dr.グラスピーとの予約は18日に取った。

「どんなに癌が猛威を振るおうとも、この世を創られた神様はさらに強く、今も王座におられる。」

たくさんの激励と祈りに含まれたこの言葉に元気をもらいはじめた私。

聖霊が、イエス様が、私のそばにいてくれていることを感じながら、再びはい上がる!

 

 

転移が確定

気管支鏡検査という方法による生検を9日に受け、10日の昨夜、担当医から電話で結果を受けた。

癌が肺(リンパ節)に3つ見つかったそうだ。

前回のスキャンは12/6で、そのときは無事通過できたのに、わずか4ヶ月で3個も癌ができてしまうなんて。。。!

癌の強さを現すグレードは3+とあった。つまり最悪ということ。

分子標的薬を2剤も使った3度目の抗がん療法も癌を抑えられず、癌はついに砦を破って、外に出始めた。

担当医は次の策としてスーパーハーセプチンと、従来のハーセプチンよりも効果があると話題を呼んでいる治験薬TーDM1の名前をあげた。

昨年、今のタイケルブが体にあわないんじゃないかと心配したときも、T-DM1が次の薬だと言われたけれど、そのときには、私の体の中に測定可能な癌はなく、私は治験の参加資格がなかった。

今度はどうなんだろう?

T−DM1に手が届いたとしても、もしT−DM1も効果がなかったらその次はあるのだろうか?

生検の結果が癌であることは覚悟していたつもりなのに、報告書の「転移」という文字を見たら、再び大きな不安が押し寄せて来た。

「嵐をみたらいけないよ。イエスは何度も『恐れるな!』と言っているじゃないか。不安に今日を奪われたらいけない。最後まで神様を信頼して、神様を見つめて進まなければ。僕もどこまでも君と一緒だ。」と、ジョージが一生懸命励ましてくれる。

教会では、皆が私に手を置いて祈ってくれた。

癌は私の目の前で小躍りしているけれど、神様は癌より大きく、王座に座っておられる。

私の命は、生きようが死のうが、こんな神様の手の中で、私の手には、神様からの言葉である聖書がある。

癌の脅威に負けずがんばろう!

 

 

 

揺れた一週間

期待はずれのUCLA訪問

肺転移がはっきりして、癌闘病の局面はすっかり変わってしまった。

突破口を見つけるんだ!と思って訪問したUCLA。でも、ドクターとのミーティングは期待はずれに終わってしまった。

「TDM−1をあげれるものならあげたい。でも、君はタイケルブを取っているから治験参加資格がないんだ。しかたがないから従来の抗がん剤にもどるしかない。アバスチンはどうした?」

「アバスチンはもう乳ガンのリストから名前を外されましたから。。。」

そう答えたら、それには何も言わず、次に薦められたのはゲムシタビン。

「癌が治るという確証があるなら副作用が辛くてもしかたがないが、そうでないなら体に少しでも優しいほうがいいだろうから。」

「パクリとハーセプチンで肺に転移した乳ガンを抑えた方がいるんですけど、パクリはどうですか?」

「試したければかまわないが、副作用が辛いぞ。」

6週間ゲムシタビンを続けて様子をみる。ダメなら他にも試してない薬はあるのだからそれらを試したら良い。

結局、TDM−1に手が届かなければ、これといった名案はないのだという印象を受けて帰宅した。

 追いつめられた重圧

夜、崖っぷちに立たされている自分のイメージが頭に浮かび眠れなくなった。

介護老人ホームから老人病院へと移されていった父もこんな恐怖を感じただろうか?

人工心肺器に頼りながら、いつくるかわからないドナーを待った臓器移植の患者/家族の方達も、こんな重圧を毎日感じていたのだろうか?

何度も起きて、聖書を広げてみたけれど、心が集中しない。

しかたがないので、ただひたすら祈った。

ばん回!

T−DM1のみが私に希望を与える薬であるならと、ジョージはT−DM1を「懇願」という手で手に入れると、友人、知人に応援を求めるメールを打ち始めた。

 

そして、アニーからの激励の長いメール。(アニーは若いとき、突然旦那が二人の子供を連れて雲隠れ。以来70歳を越える今日まで一人暮らし。ベトナム戦争によって負傷,7回以上に及ぶ手術の末、四肢麻痺となった弟がいる。わずかな収入で細々と生活しながらも、素晴らしいキルトで障害者や癌患者支援のNPOを続けている。)

「いったことのないところへ一人で足を踏み入れていかなければならないと想像することはもちろん怖いよね。でも、神様は私たちと一緒にその一歩、一歩を歩いてくださる。神様は私たちの羊飼いであり、私たちを憩いの泉に導いて休ませて下さる。

一日、一日を、今日がこの世の最後と思って生きましょう。そうしたら、人生で大切な事を忘れずに実践できるから。壊れた関係を修復する。大切な人たちに、どんなに感謝しているか伝える。行く所々で親切な行為にエネルギーを注ぐ。それが私たちの命のエネルギーを新たにするのだから。。。。」

主は私の羊飼い。

私には乏しいものがありません。

主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。

たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。

あなたがいつも私と一緒におられますから。

あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。

わたしを苦しめる者を前にしても

あなたは私に食卓を整え、私の頭に香油を注ぎ、

私の杯を(祝福で)溢れさせて下さいます。

まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。

私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。

 

後にイスラエル建国の王となるダビデが、命を狙われて洞窟から洞窟へと逃げ回っていた死と隣あわせのとき書いたとされる詩編23。

 神様が、この先の見えない暗闇の中にも、私に心の糧を与えてくださり、愛と勇気で満たしてくださることを感じながら、新しい週を迎える。

 

 

 

 

元気百倍でアムトラックの一人旅

聖書の力

火曜日は毎週聖書勉強会の日。

ジョージの指揮で今は旧約聖書について学んでいる。

旧約聖書は紀元前約1400年から紀元前400年までの間に様々人々によって書かれたとされる39冊の本から成り立っている。

アダムとイブの話を含む天地創造から始まる、イエス生誕以前のイスラエルと神との壮大な歴史が、詩や物語、訓戒、おきて、そして神からイスラエルへの予言等と共に書かれている。

聖書を読んでいると、創造主から離れて自分勝手に生きることを求め、迷路に迷い込んだ私たちを救おうと追い求める絶えることのない神の愛が、一貫として流れているように感じられる。

クラスが終わったとき、私の信じている神様は本物だと思ったら、泉のように、内からモコモコと力が湧いてくるような気がして高揚した。

まるで、体の中に火が灯されたような気がして、一瞬、「私は癒された!」と錯覚するほどだった。

以来、まだ次の抗がん剤も、いつから始まるかも決まっていなくて、日中は病院に電話をかけまくり、メールを送りまくっているのに、心には自分でも驚くほど平安がある。

私の命は抗がん剤に頼っているのではなくて、神様に頼っていて、その神様は天地を創造された方で、私を愛してくださっている。

転移の知らせで先週はひどくノックアウトされたけれど、忠実な神様はまたも私を抱き起こしてくださった。

神様と一緒だと、こんなにも心は晴れ晴れとするものなんだろうか!聖書の力って凄い!

夜汽車の冒険

本当は今日からジョージと一緒に結婚式のためサンタバーバラに2泊の予定ででかけるはずだった。

でも、明日の午後4時過ぎに腫瘍科医との予約が入り、予定変更。

ジョージは結婚式リハーサルをとりもたなければならないので、明日の朝車で出発する。

私はーーーー私は病院が終わったらアムトラック(長距離電車)で後から追いつくことにした。

ロスに住んで20年以上経つのに、アムトラックに乗った事はまだ一度もない。

今回が始めて。それも一人で、夜に!

長男にダウンタウンLAにある駅まで送ってもらって、約2時間半の旅。

夜になるので、景色は楽しめないけれど、始めての冒険に心はワクワク!

神様はいつだって素晴らしい!

 

 

やっと決まった次の抗がん剤

夜汽車の旅は予想を裏切ることなく楽しく終わった。

サンターバーバラ駅

ロスの駅 Union Station

ロスアンゼルスからサンタバーバラまで片道2時間半$29は、車の2時間ガソリン代$25に比べると割が悪いけれど、2階建ての列車内はきれいで、霧に包まれたサンタバーバラ駅に降り立ったときは、映画のシーンの中にでもいるような気分にさせられて大満足だった。

 

医師を変える

サンタバーバラに行く前、新しい腫瘍科医との予約があった。

転移の知らせが主治医が産休に入った直後にあったのは、全くついてなくて、代理の医師とはコミュニケーションがほとんど取れず、予約も取れなければ、タイケルブの処方追加さえもままならない状態だったので、私のこの医師への信頼度は急速に萎えていった。

カイザーという私の保険適用の病院では、医師を変更するときには、一般内科のファミリードクターを通してお願いしなければならず、時間がかかる。いくつもの電話とメールの結果、やっと取れた予約だった。

診察室に入ってきた新しい医師はアジア系の若い女医でまるで息子ぐらいの年齢にみえた。でも、彼女、知識が豊富で、てきぱきと私の質問に答えてくれ、あっという間に治療の方針を決めることができた。

足下にあった治験

転移の知らせから10日間、必死に探していたT−DM1。なんと驚いた事にカイザーにもこの治験があるという。

私がこの治験の参加条件にあうかどうかさっそく調べてくださることになった。

治験はT−DM1がどれほど有効な薬なのかを調べるのが目的なので、参加者はT−DM1を使用するグループと、そうでない、一般の抗がん剤を利用するグループとにランダムに分けられる。なので、仮に治験に参加できたとしても、T−DM1を受けられる可能性は50%。

参加者が同じ条件でなければ、正確なデーターは得られないから、それぞれの治験は、過去の治療歴等、様々な条件がある。

私が狙っている治験、自分で調べた限りでは、過去にアドリアマイシン、タキサン、ハーセプチン、タイケルブ、ゼローダを使っていることとあった。

私はアドリアマイシンやゼローダは使っていない。だとすると、やはり条件にあわないかもしれない。

次はパクリ、ハーセプチン、タイケルブ

条件にあわず治験に参加できなかった場合、治験に参加できてもT−DM1に当たらなかった場合のため、再度UCLAから取ったセカンドオピニオンも含めてどの薬を使用すべきか話合った。

結果、パクリ+ハーセプチン+タイケルブと決まった。

パクリは私が最初に使ったドセと同じタキサン系でありながら、微妙に働き具合は違うらしく、ドセが効かなかった女性でも20%の確立で効果が期待できると言う。

普通はパクリとハーセプチンのみの使用になるらしいけれど、タイケルブは脳への転移を防ぐと聞いているので、継続を希望した。

6月になると新薬 Perjeta (Perutsuzumab)が登場する。UCLAのDr.グラスピーはあまり評価していなかったけれど、この薬の使用についても話し合った。

いよいよ今週から4度目の戦闘開始!


 

 

 

転移後治療一週間目

先週水曜日からやっと4度めの化学療法が始まった。今度のパクリは週1回の点滴を3週続けて1週間お休みというサイクル。

タイケルブと一緒の服用だと副作用も強くなるかもしれないと言われたけれど、今のところ下痢は一回、点滴当日と翌日に午後に2−3時間のお昼寝はしたけれど、ありがたいことに吐き気や倦怠感、筋肉痛や味覚変化等はない。

パクリ経験者の方から、一番の副作用は手足の先がしびれる末梢神経症で、これにはビタミンB6と12が良いと聞いたので、さっそく医師と相談後、複合ビタミンBを買った。

しまい込んでいたカツラもまた出したけれど、脱毛までにはまだ数週間あるようだ。

追加でとったCTで、先の生検で3つだった癌が4つに増えていたのはがっかり。いづれも胸骨付近のリンパ節。

でも、水曜日にハーセプチンとパクリの点滴をしたら、その数日前からあったズキンという右胸の痛みがすぐになくなった。

効果が出るとすると、1−2ヶ月でわかるというので、2ヶ月後に検査をお願いした。(私の場合は腫瘍マーカーが反応を示さないので、CT検査)

来週は点滴のためにいよいよポートを埋め込んでもらう。リンパ水腫で使える腕は右手一本。毎週の点滴やら血液検査やらで何度も針をさす事になるのに、私の血管は細いと、看護婦さんたちは使える血管を探すのに苦労している。

ポートを入れても感染の心配もなければ、水泳さえも問題ないというし、血管が傷つく心配もなくなるるということで判断した。

2ヶ月後、新たに加えたパクリで少しでも癌が縮小しますように!

 

癌は消えていた!

今日は腫瘍科受診日。

診察室に入って来た医師はいつもの笑顔をみせながら、「安定してるって、結果だったわね。Good Newsよね。」と開口一番おっしゃった。

「確かに癌が成長してなかったのはgood newsですけど、癌がさらに小さくなること期待してました。」と言うと、

「あら、転移の決め手となったリンパ節の癌はみな見えなくなっているわよ。」と、意外な言葉が返ってきた。

我が耳を疑いながら、コンピューターに映し出された報告書を共に見る。

“No significant mediastinal and hilar adenopathy.”

「特異な縦隔及び肺門リンパ節腫脹(=癌)はなし。」

私はこの“No significant”の意味を“No significant change”つまり、癌に大きな変化はなしと解釈していたわけ。私の誤訳。

それがわかって、たちまち気持ちが明るくなった。

気分がすっかりよくなった私は、さらに他の肺の中の小瘤(小さな点のような陰)記述についても尋ねる。

左右両肺のあちこちに、いくつか小瘤が見つかっているが、これらは転移以前のスキャンでも観察されており、その当時からサイズに変化がない。つまり癌でない可能性があり、仮に癌であっても、成長していないことになる。

「観察される癌腫は消えたということです。」と聞いて、目の前がさらに明るくなった。

パクリはまだ効果を発揮していた!

 次のカクテル

癌腫が映像から消えても、まだ目に見えない癌細胞は間違いなく残っているだろう。

癌は幹細胞を持っており、これが、再発や転移を起こすのだと言う。

これが転移前だったら、このまま治療を終了することもできるけど、転移した後では、ずっと治療を継続していかなければならない。

この映像に癌が映らない状態、英語ではNo Evidence of Disease (病気の証拠がない状態)を、これからできるだけ長く保っていかなければならない。

新薬Perjetaについて再び話しをする。

ハーセプチンとドセとの組み合わせに限り、これから転移治療を始める人だけを対象に許可された薬。

一般の保険であれば、この条件から外れたら、保険適応外となるだろう。でも、私の保険は、私が通うカイザー病院の保険。”身内保険”であるから、医師が適切な理由を説明できれば、この枠から外れても保険が適応されるのだという!

ただし、どんな使い方も出来るという訳ではなく、治験で安全性と効果が証明されていなければならない。

Perjetaは6月に認可されたばかりの新薬だから、他薬との相性を示すデーターはほとんどまだない。でも、その少ないデーターの一つに、術前療法でパクリ+ハーセプチン+Perjetaを使用したものがあるらしい。

今私に与えられた選択肢は、現在のハーセプチン+タイケルブ+パクリを継続するか、或は以下の選択肢から別のカクテルを選ぶかどうか。

1)パクリ+ハーセプチン+Perjeta

2)ハーセプチン+Perjeta

3)ハーセプチン+パクリ

4))ハーセプチン+タイケルブ+パクリ以外の抗がん剤

 

「新薬Perjetaを今使うか、後までとっておくか、どうするかですね。」と医師が言う。

私も、今からPerjetaを使ってしまって、効果がでなかった、或は効果が持続しなかった場合、まだ認可どころか、申請さえもされていない次のT−DM1までつなぎ止めるのが難しくなるのは理解している。

でも、癌が縮小したなら、とことん続けて釘を打ち続けたい。癌にスキを与えたくない。そのためには、ここで、転移を許してしまったタイケルブをPerjetaに変更したい。

そう説明する私をみて、医師は、

「強気の作戦ですね。それでは、とりあえあず、パクリ+ハーセプチン+Perjetaで始めて、副作用がどうでるか見てみましょう。副作用が大変なようだったら、パクリを落としましょう。」

と言って、早速薬局にPerjetaがあるかどうか、今日から使えるかどうか調べてくると言って、部屋を出ていった。

診察時間はすでに1時間半にも及ぼうとしていた。こんなにも熱心に話を聞き、そして、理解を示してくださる担当医、Dr. Louに深い感謝の念をいだいた。

数分後戻ってきた医師は、結局、薬局にはまだPerjetaがないので、Perjeta開始は4週間後。次のクルーが始まるときからにしましょうと説明された。

1年半近く飲み続けたタイケルブは今日から中止。Perjetaを始めるまでに、念のため、タイケルブの効力が体から消え去るのを待つことになった。

これで下痢から解放される!

 

—いつも主が道を整えてくださっている。どんなときもそんな主を信頼せよ。—

 

私が命を預けた主が、大きなバリアを取り去り、見えないところに道を開いてくださった。そんな感謝の思いに満たされて病院を出た。

 

 

 

 

 

秋の日は短くて

アメリカの9月は新学期、事始めの季節。テレビは新しい番組が始まり、しばらく静かだった学校は新入生を迎えて活気をおびる。そんな9月はあっという間だった。

抗がん剤の副作用は同じでも、いろいろ手を延ばし始めて、私の活動量も夏より確実に増えたように思える。

「一日を神様と一緒の時間から始めなさい。」と言っていたジョージの言葉通り、朝は6時に起きて祈りと聖書朗読の時間から過ごすようになると、聖書の言葉が、挽いた豆がフィルターを通して香ばしいコーヒーに変わるように、私の心の中にもゆっくりと浸透していくように感じられる。

いつもどってくるかわからない、完治することのない癌、終わることのない治療がもたらす多数の副作用を近視眼でみたら簡単に飲み込まれてしまう。そんな敵の前で、聖書は、開く度に私に希望、平安、勇気、そして喜びさえ与えてくれる。

再会

12年前に9歳で心臓移植した少女が大学生になって再び英語の勉強のためにロスに到着した。でも、すぐに熱がでて、大勢の日本人の心臓移植を助けてくださった循環器医師のDr。コバシガワを受診した。彼女のお供をした私は、彼女とは12年ぶり、先生とは3年ぶりの再会だった。先生は少しも変わっておらず、カツラの私に一瞬とまどいながらも、笑顔で挨拶してくださった。女子大生の心音を聞いて、「とても力強い」とおっしゃり、心配ないと一言。移植により、少女から大人へと成長した彼女のことを、大変喜んでくださっているようだった。
私も、懐かしい再会を通し、移植支援が私の人生を色どる貴重な時間であったと改めて感じ、うれしくなった。

「あなたがたの間でかしらになりたいと思う者は、すべての人の僕とならなければならない。人の子(イエス)がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである。」と聖書が語る(マルコ10:43)。

報酬をいただく仕事ではなかったけれど、渡航移植支援は、間違いなく神様が与えてくださった「僕となる」場だったと思い、それに応えられたことを深く感謝。そして、癌とにらみ合いながらも、神様のために奉仕する機会が今また次から次へと与えられていることを感謝。

短くなってきた日と共に、秋は駆け足で過ぎて行く。それでも愛する家族といつも一緒にいるように、神様をも近くに感じて、私の人生再び、充実してきた。:-)

CTスキャン:再び怪しい陰を発見

先週木曜日に取ったCTスキャンのリポートを今日受けとった。6ヶ月前に転移が判明したときと同じ胸骨付近、縦隔リンパ節に癌を疑わせる怪しい12mmの陰がみつかった。

その他の肺や肝臓の小瘤は以前と変化なし。骨も腎臓も異常なし。

風邪をひいているときだったので、肺にはそれなりの症状が出ていたようだけれど、この新しい陰は、癌の可能性があると書かれていた。

前回のCT後、新薬Perjetaに切り替える予定だったため、3週間タイケルブを中止した。

それがいけなかったのだろうか?

生検のようにはっきり癌と断定されたわけではないけれど、やっぱりがっかり。パクリが効果を現す平均期間は6ヶ月から1年と読んでいたので、6ヶ月目の25日の検査結果はまだシロだろうと期待していた。

「貴方のような執拗な癌は今までみたことがない。」という医師の言葉が再び思い出された。

主治医はこの報告書を書いた放射線科の医師と話をして、またその結果を金曜日の外来で報告すると言った。

今日は旅行以来、やけに痛いリンパ水腫のある左手の超音波テストをし、それから点滴を受けに行って、1週間お休みしていたハーセプチンとパクリを再開した。タイケルブも薬局で新たに1月分受けとってきたばかり。でも、このスキャンの結果では、すぐに抗がん剤変更ということになりそうだ。

ジョージの手術

声が枯れて、今年は2回も手術をしたジョージが明日午後、3度目の手術をする。彼の声もまた出なくなってきてしまっていた。前回同様、麻痺している声帯を塞ぐよう、物質を注射する。メスを入れない手術だから、手術時間は1時間もかからない予定。回復も速いと、要領は得ているものの、やっぱり祈らずにはいられない。

声が戻って、少しでもストレスが減って欲しい。

「あなたが困難と出会うときは、いつもそれを喜びの機会としなさい。あなたの信仰が試されるとき、忍耐がやしなわれ、忍耐が養われると、強い性格が養われ、何事にも備えられるからです。」(ヤコブの手紙1:2−4)

聖書を再び開き、ヤコブの言葉を噛み締める。

イエスは2千年前にやってきて、神の御国は近いとおっしゃった。全ての災いを引き起こす悪と霊的闘いは依然続いているけれど、神は勝利すると、聖書クラスで学んだばかり。

彼は私たちが苦しいときほど傍にいらっしゃることを忘れたらいけない!

イエスのやさしい顔を思い出し、明日のジョージの手術がベストの結果をもたらすように、再び私たちの心が平安と希望で満たされますように、と祈った。

 

痛みの原因は何?

床に落ちた物を拾おうと左手を延ばすと、「あっ!イタッ!』

ズキンと鋭い痛みが走る。でも、姿勢をもとにもどすと痛みは消える。

やはり左手を外側に向かってストレッチすると、 ときどきバリバリっと薄い氷が割れるみたいな痛みを左胸に感じることもある。

そして、ここ2−3日、夜、床についた後、腕のやりばがないような激痛が襲うようになってきた。幸い、市販の痛み止めで痛みはすぐに治まり、朝までぐっすり眠れるけれど、ここ数週間で、痛みがこんな風に加速してきた。

毎日メールをしあっている癌友のドクターMさんから、骨転移があるならALP (アルカリフォスファターゼ)というマーカーが上がってくると聞いたので、主治医にさっそく血液検査をお願いした。

すると、今までも、今回も値は正常範囲内だった。

12月28日にとったCTスキャンでは痛みが生まれる脇の下の肋骨部分もスキャン内に含まれていたが、特に骨の異常は報告されていないと主治医は付け加えた。

それぞれの検査が癌を否定しているのはありがたいけれど、異常な痛みで癌の可能性を消去しきれない。

癌でないとしたならいったいなんでこんなに痛いんだろう? 神経痛?帯状湿疹?リンパ水腫の悪化?放射線の後遺症?ストレッチのやり過ぎで筋肉が裂傷?

レントゲンも取ったので、この結果が待ちどうしい。

 

 

 

 

癌が戻ってきた〜

パージェタ+ハーセプチン7回目の点滴に行ったので、コンピューターを見ながら準備を始める看護婦に、先週受けたCTの結果が届いているかどうか聞いてみた。
「届いています。」という返事に、さっそくコピーをお願いした。
看護婦はCTの結果を説明することは許されていないけれど、コピーを渡すことは問題ない。
点滴を受けながら、3ページある報告書を手にして、所見要約が書かれている一番最後のページを開けた。
箇条書きに書かれたいくつかの所見の中に、
「縦隔リンパ節のサイズが増大」とあるのを見つけた。
医師が「まだ癌と呼ぶには早すぎる。もう少し様子を見ましょう。」と言ったリンパ節の変化は、癌だったーーーと理解した。

肝臓にあった5mmの病変は今回のCTでは顕著でなかったらしい。
骨も、その他の臓器も、相変わらず胃のあたりにある静脈瘤らしきものを除けば異常なしで、これは不幸中の幸い。感謝!

腫瘍科医との予約は来週の水曜日で、専門医の見解はこれから聞くことになるのだけれど、癌が戻ってきたことは間違いないだろう。

この2年間、消滅したと期待していた癌は眠っていただけだったんだと思ったら、ひどくがっかりだった。

T−DM1から副作用のために薬を変えて、たった3ヶ月で癌が復活したということになる。治験によると、パージェタ+ハーセプチン2剤だけの成功率は20%以下だったけれど、やはり抗体薬2剤だけでは弱すぎたということだったのかもしれない。
また薬を変えなければならないけれど、今度はどうしよう?
寛解の記録を延ばせなくて、本当に残念!

始めから転移癌だったんだ

腫瘍科の定期検診に行って、パクリを止め、代わりにゼローダを使うことを決めてきた。

普通癌が進行したという時はサイズが50%以上大きくなった場合のことなので、9ミリが11ミリになったぐらいでは、薬の変更はしない。でも、副作用を心配してドクタースレイマンが薬変更を推薦したから、と主治医は薬変更を認める理由を説明した。

サイズが大きくなったとあった肺の小瘤は以前から観察されていたもの、と報告書にあった。
どれくらい前からあったのか、過去の記録を調べてみたら、胸骨付近のリンパに転移が判明した2012年5月のCT結果に7ミリから9ミリになったという小瘤の記述をみつけた。これが今回11ミリになった。
でも、腫瘍科医によると、癌告知を受けた2010年5月、まだ治療を始める以前に撮った最初のCTに、この7ミリの小瘤はすでに捕らえられていたと言う。
ずっと成長しないでいた、或いは成長がゆっくりだったので癌と特定されないでいたということらしい。
癌の告知を受けた時は、1ー4期のうちの2期bと診断されたけど、実のところはすでに肺転移があったということになる。

なんか、ショック。

癌が消えたと思っていた2年間は、癌のサイズがただ大きくならずにいたというだけのことだったんだ。

正常な細胞は、細胞分裂して生まれると、一定の時期を経過して死んでいくのに、死なないでどこまでも増え続けるのが癌細胞と聞いている。5年近い過酷な治療にもかかわらず、絶えることなく、小さくなってもまた勢いをつけて戻ってくる癌の脅威を改めて感じた。

カドサイラは脳転移にも有効

私が手に届く薬を探していたら、カドサイラ(T−DM1)は脳のバリアを通って、脳転移した癌にも届くことが最近分かってきたという情報に出会った。

カドサイラはハーセプチンとDM1という抗がん剤を一つにした薬で、ハーセプチンが癌細胞を追いかけ、つかまえたところで、DM1という他の抗がん剤の何倍もの力を持った抗がん剤が爆発、癌をやっつけるという仕組み。2013年に大きな期待を持ってアメリカFDAに認可された。

肺転移を告知されたとき、どの医師も当時まだ治験薬だったこの薬を私に薦め、治験には参加できなかったものの、幸運にもパクリで寛解をした後、認可がおり、私もこの薬を8ヶ月使って、寛解期間を延ばす事ができた。

乳ガンにはHER2陽性 (私の癌はこのタイプ)、ホルモン陽性 (エストロゲン陽性もしくはプロゲステロン陽性)、そして、いずれも陰性のトリプルネガティブというタイプがあるけれど、HER2陽性とトリプルネガティブは肺転移をすると、その後、脳に癌が飛ぶ確率が高いと読んだことがある。
でも、脳にはバリアがあり、そこを通れる抗がん剤は少ない。

タイケルブは粒子が小さいので脳に届くと言われているけれど、脳に転移した癌をやっつけるためには、相当の量を取らなければならないらしく、タイケルブを取っているから脳は大丈夫とは限らないと医師から言われたことがある。

カドサイラは強力であっても、脳には届かないといままでは思われていた。それが、届くことが分かってきたというのだから、これは大変な朗報なはず。

カドサイラの他にはアバスチンも脳のバリアを通るそうで、さらにGRN1005という新しいタイプのパクリも脳転移癌への有効性を調べる第二相の治験が始まっている。

私の場合、まだ脳転移はなく、カドサイラはすでに使ってしまっているので、はたしてどれほどこの情報が役にたつのかわからない。でも、うれしい情報に、再びカドサイラに賭けてみようという気持ちになっている。

頭痛が回復

あんなに連日何度も起きていた頭痛が昨日からピタリと止まった。

右耳も圧がかかったように不快感がしょっちゅう起こり、それがだんだん、ズキンズキンという痛みと、耳鳴りに変わり始めていたのだけれど、それも昨日からピタリと止まった。

昨日は点滴日で、朝、やはり頭が痛かったので、病院に行く前、痛み止めの薬を飲んだ。

それ以来、頭痛も耳鳴りも止まった。

両方止まったということは、この二つの症状が関連していたということで、もしかしたら、痛み止めで、一時的に痛みが収まった後、本当に痛みを抑えたのは、点滴で受けた抗がん剤カドサイラ(T-DM1)だったんじゃないだろうか?

だとすると、痛みの原因は癌だったということになる。

カドサイラって、点滴したとたんに癌を縮小するほど強力なんだろうか?

カドサイラが効いているとしたら、これはうれしいけれど、癌が脳に転移しいるってことだとなると、これは深刻。

うれしいような、うれしくないような。。。

ともかく、脳のMRIが待ち遠しい。

肺炎じゃない?

木曜日から出始めた熱は3日経った今日になっても下がらない。(解熱剤で一旦は下がるけどまたすぐ上がってくる。)

それでまた病院に行った。すると、今日の医師は、昨日のレントゲン結果の記述には、肺炎という言葉は使われていないと言う。でも、新たな陰は捕らえられているから、ウイルス感染にかかったか、それとも何か別物が原因だろうと。

血液検査を受け、結果だけメールで受け取った。どの数字も正常範囲内。

ってことは、感染ではないということ?

それじゃあ、癌が成長したせい?

そう思って検索したら、私のように癌が肺にある場合、肺炎を頻発することがあるとあった。熱、咳、極端な疲労感、胸の痛みなども特徴の一部だとあったけれど、これは全てこの一月経験していること。

肺炎再発と言われて、抗ガン剤治療を早まったかと後悔したけれど、全てが癌のせいだとしたら、癌がレントゲンに映るほど大きくなったからだとしたら、遺伝子テストで適していると言われて3ヶ月使ったアフィ二トールは失敗に終わったことになる。

一人であれこれ想像するより、医師の見解を聞くべき。でも、今日はもう夜だし明日は日曜日だから、月曜日にならないと、誰からも返事はこないだろう。

明日は熱が出ないと善いんだけれど。

告知から6周年

「癌です。」と、告知を受けてから、丸6年が経った。

激しい衝撃を受けて、オロオロとうろたえたあの日は、まるで昨日のことのように思える。

手術に先立って使った4ヶ月の抗がん剤は癌を縮小できず、逆に広がって、どの医師からも、非常に困難なケースと言われ、4年は生きられないだろうとさえも言われた。

全摘手術に放射線療法を受け、抗がん剤療法は止まる事なく継続し、ありとあらゆる副作用を経験。2年間の寛解はあったものの、進行し続ける癌に、3ヶ月毎にとるCTスキャンでは、ビクビク緊張してばかり。

この間、心労がたたったのか、夫のジョージはパーキンソン病となり、同時に声帯も麻痺して一時は、一生声無しかとさえも思わされた。その上昨年5月にはリストラにあい、今年は空き巣にも入られた。(後から聞いた話では、やはり彼らは銃を持っていたと言う。家にいなくて本当よかった!)

次から次へと襲いかかる人生の嵐に、波乱万丈の6年間だったと言っても大袈裟じゃないかもしれない。

それでも、2014年には、念願のイスラエルを訪れることができ、日本には毎年のように帰省してきた。ジョージは仕事を続ける場所を与えられ、保険も、家も、車も、失わずにすんでいる。親身になって支えてくれる友や家族にも恵まれた。

何よりも今日があるのは、本当に奇跡!

これも大勢の人達が私のために祈ってくれていて、大好きな神様がいつもそばにいてくださっいるからだろう。

来年はどうなっているだろう?と言う気持は相変わらずで、闘病はますます厳しく、一寸先は闇。でも、この先何が待ち受けていようとも、最後はハッピーエンド、勝利で終わることが分かっている。そう聖書に約束されているから。これもイエス様のおかげ。

明日は3週間ぶりの点滴日。
無事パスできたらハワイ行きが実現するけど、まだ咳が残ってる。
闘病7年目をハワイからスタートできるか、また体調を崩してベットの中か、五分五分。

イエス様!よろしくお願いします!