手術

手術日変更

10月に予定していた手術が早まることになった。

恐らく今月14日の予定。

先日,3回目の抗がん剤点滴を終えた後で癌が小さくなっているかどうかを超音波テストで調べたところ、リンパ節の癌は認識できないほどに縮小していたが、乳房の癌は変化がなかった。

これは、抗がん剤療法を始める一月以上も前、癌と診断されたときの記録との比較なので、抗がん剤療法が始まるまでに癌が成長した可能性があり、正確な比較ではないと医師は言う。

でも、 癌がこれ以上抗がん剤療法に反応しない可能性もあるとして方針変更ということに。

明日形成外科医と会い、乳房再建の利点とリスクについて話を聞き、その結果で14日に手術になるかどうかが決定する。

乳房再建は今はしないつもりでいるのだけど、もしするということになり、且つ左乳房全摘とリンパ節廓清手術と全て一緒にまとめてすることを望むが、 形成外科医の都合が14日につかないという場合は手術日がさらに変更になる。

いよいよ手術!やっぱり緊張するなあ。

乳房再建はなし

ジョージの運転する車でフリーウェイに乗って約40分、Downy Kaiserまで形成外科医に会うため出かけた。普通美容整形は保険がきかないけど、私のKaiser保険では乳房再建は例外。保険がカバーしてくれる。

乳房再建をする場合、しない場合の違い、再建方法のオプション、リスクについて話を聞いた。

二つある乳房が一つになると、不均衡になって姿勢が悪くなったり、肩こりが起きたりするとネットで読んだが、その心配はないと言う。

再建の一番の理由は心理的なものだそうで、どうせ再建するならと、サイズを一回り大きくする人もいるそうだ。

自分のお腹や背中の筋肉を移植する場合はそこに傷が残ること。

シリコンや生理食塩水バッグを埋め込む場合は何年か後にこれらを取り変える必要があること。

乳房切除の手術では、皮膚も切り取るが、最近は乳房再建の皮膚の移植に死亡したドナー や豚からの皮膚も使うようになってきたこと。

乳房切除の手術と同時に再建もした場合、 感染の確率がわずかではあるが、高まる他、その後で放射線療法を受けるようになった場合、 せっかく再建した乳房にダメージが起きて再度手術が必要になる可能性があること。

再建手術は5−6時間かかり(乳房切除は約2時間)回復までには約一月かかること。

その他、医師は私の胸のサイズやお腹の脂肪等はかりながら1時間ほども話てくれた。

もう年頃の娘でもないし、もともと小さな胸だし、なによりジョージが再建しなくても良いと言ってくれているから、 すでに再建はしない方向に気持ちが傾いていたけれど、やはり再建は大掛かりなようなので、とりあえず今度の手術ではしないことに決めた。

なくなった胸をみて、ショックが強かったら、またそのとき考えようと思う。

家にもどって、外科医と腫瘍科医に再建手術なし、14日で手術をしたいと確認のEメールを送った。

いよいよ手術

朝10時外科医訪問。

膀胱炎が明日の手術に影響を与えるかどうかを確かめると、土曜日から抗生物質を取り始めたなら問題なしとのこと。

依然めだつ左足の浮腫については、片方の足だけが浮腫んでいるとなると血栓があるのかもしれないから、超音波で調べてみましょうと言われる。

血栓ができる理由はいろいろあるが、癌を持っているとそのリスクが高くなるらしい。

血栓があった場合、治療のために血を薄める抗凝血剤をとらなければならず、そうなると少なくとも24時間は手術延期となる。

心電図にも異常がないことを確かめた後、超音波検査。

結果は異常なし!

さあ、これで明日の手術が確実となった。

明日の私は一番手。朝5時15分に入院。手術は朝7時頃から2時間−2時間半の予定。

何も問題がなければ退院は翌日。絶食は今夜真夜中の12時からと言われた。

乳房全摘を感傷的に思う事もあったけれど、このピンク色になった肌の下には恐ろしい癌がひそんでおり、抗がん剤も苦戦している可能性があると知った今、私の心は100%手術を歓迎。

大勢の人が私のために祈ってくれている。

その祈りに背中をおされ、明日、外科医がバッサリと憎い癌を切り落としてくれることを願って、いざ出陣!

無事退院

本日9月15日夜7時半、無事退院帰宅。

昨日はまだ夜も開けないうちに病院へ入り、手術前の部屋で、「これから鎮静剤を打ち、その後麻酔をかけます」と説明をうけ、ジョージの顔をみたところまでは覚えているけれど、そこらから記憶が途絶え、気がついたときは、すでに回復室だった。

目を開けると、またもジョージがそばにいて、「外科医が『全てうまくいった』といってたよ。」と伝えてくれた。

手元のボタンで点滴できるようになっている痛みどめのモルフィネを半日数回使用したけれど、夜7時頃息子達が様子を見に来てくれた頃には痛みもおさまり、吐き気もなく、笑って話ができるほどに回復。

本日はカリウムの値に異常がないのを確かめ、ドレインを2つ付けたままて退院となった。

今後は2週間自宅療養。27日に外科医と面談。

昨日切り取った組織の病理報告を聞き、30日から抗がん剤投与を再開する予定。

病理報告で、抗がん剤に癌が反応していたかどうか、癌細胞が残っている可能性があるかどうかがはっきりする。

ともかく、大勢の方の祈りのおかげで、大事な手術を無事終えることができた。

感謝!

応援してくれている皆さんありがとう!

風邪

手術の後、何もしないでベットに横になっていると、肺炎を起こしたり、血栓ができたりするらしい。

手術翌日の15日、肺炎予防のため、深呼吸をして咳を出す運動を毎時間10回ずつするようにと言われた。

ところが退院した翌日、深呼吸の運動をしなくても咳が出るようになり、金曜日には鼻水や頭痛もはじまって、倦怠感も増してきたため、家族に薦められて18日土曜日診察をしてもらいにUrgent Care を再び訪れた。

「風邪でしょう。」ということで、咳止めのシロップをもらって帰宅した。

いったいどこで風邪を拾ってしまったのか、病院で移されたのか、それともジョージも咳をしていたから、ジョージからもらってしまったのか。。。ともかく30日からまた抗がん剤が始まるから、はやく直しておかなければならない。

処方されたシロップ、とても効果があって咳はすぐに止まったが、やたら眠くなる。妹がいてくれているので、食事の心配もせず、上げ膳、据え膳で楽をさせてもらいながら静養に努めている。

病院からもらった肺炎予防のための深呼吸運動具

ドレインを抜く

私の入院はわずか一晩、左胸下に挿入された排液用ドレイン(管)2本を付けたまま帰宅した。

自宅では、ドレインの先につながれたレモン型の容器にたまる排液量を毎日3回測定した。

排液が赤から徐々に薄くなり、容器にたまる1日の測定量合計が2日連続で30ccを割ったらドレインを抜くと言われていたが、やっと残りの1本も本日抜いてもらえた。

手術傷口には糸の代わりにテープが貼られていたが、それもとってもらえた。

これで今日から運転もできる。

筋がつっぱって左腕がまだ十分に延ばせないので、固まってしまわないようストレッチングの運動をしなければ。

脇の下から左胸にかけて、神経も切り取ったので、感覚がない。

でも、これは時の経過と共にまた戻ってくるという。

ときどき感じるズキンズキンとする痛みもじきになくなることを期待する。

人間の体の回復力、適応力とはすごいなあと思う。

リンパ節生検手術の可能性

「私だったらとっちゃいますね。」2つ見つかった取り残したリンパ節について、外科医が言った。

「化学療法が効いているかどうかは、無事年をとるまでわからないんですよ。」とも。

良性と分かったしこりより、取り残したリンパ節の方を重要視する自らも乳がんを経験している外科医は、転移が起きたら、手術ではなく、生活の質をいかに長く保つかという治療に変わっていくけれど、それまでは、できる限り徹底的な治療をすべきと説明した。

癌細胞はリンパ液と血液を通って体中を流れていくという。

あちこちにすでに癌細胞が散っているのであれば、この残ったリンパ節をとったからと言って、安全という保証にはならない。

でも、なにしろ最初の抗がん剤が効かなかったのだから、取残したこのリンパ節にも癌がある可能性はあると、私の心配は支持された。

この2つのリンパ節は従来の生検をするにはサイズが小さすぎるので、検査をするためにはリンパ節そのものを取り除くことになると言う。

この処置のための所要時間は5−6時間。日帰りの手術。リスクは右の手が浮腫むリンパ水腫。

今日の骨スキャンの結果、骨に癌がないことを確かめて、手術日を決める。

ハーセプチンが再開できるとほっとしたところだったのに、手術となったら今度はナベルビンをストップしなきゃならない。

リスクは果てしなく続くけど、優秀なお医者様が一緒なんだから、彼女たちを信頼して、アズランが一緒と信頼して、今日の結果に異常がなく、手術となることを望む。

手術前に避けるべき薬と栄養補助剤

病院から手術の準備のための手紙が届き、手術中の出血を避けるために服用を中止すべき薬や栄養補助剤を知らせてきた。避けるべき薬 のリストはコピー用紙2枚分もある。

先日、輸血は危険という話を聞いたばかり。これも輸血を避ける方法と、リストに載せられた品目を興味深く見た。

現在抗がん剤以外では常備薬はないけれど、複合ビタミン剤とアサイベリージュースを栄養補助剤としてとっている。どうやらアスピリン系の薬がいけないらしい。それから栄養剤としてはビタミンE、 にんにく、生姜、ジンセン、椎茸(chinese mashrooms)等を含むハーブが手術前2週間からダメとある。別のサイトによれば、これらは、抗酸化作用があり、癌の予防や進行を抑えると説明されていたので、びっくり。よく手紙を読んでみると、これらのハーブは[弱い薬」と同じ働きをするので、他の薬の働きを邪魔したり、或は望ましくない化学反応を起こす可能性があるのだと言う。

私の通うカイザー病院では、ハーブは同じ理由で抗がん剤療法中も禁止。その他、お酒、刺身やお寿司も禁止。乳がんがエストロジン陽性なら、大豆製品も禁止とのこと。

サバイブした人たちの本やサイトを見ていると、必ずといってよいほど、何を食べ、何を避けたかという癌のダイエットがのっているが、これは、一概に鵜呑みに出来ない、思った以上に複雑で難しい話なのかもしれないと思った。

どうする?ハーセプチン投与延長

リンパ節切除の手術を火曜日に控え、昨日は血液検査、心電図の検査、そして腫瘍科医の診察を受けた。
6ヶ月続けたナベルビンは無事終了。1年、合計14回継続予定のハーセプチンはまだ続くが、前回心臓機能に影響が出たことから、用心のため、手術から回復するまで、1回分を停止することを言い渡された。
手術の結果、リンパ節に癌がみつかれば、もちろん話は全く違ってくるけれど、そうでなければ、ハーセプチンは後7回投与、 7月に化学療法全てが終了すると言う。

そこで医師に質問。

昨年ナベルビンを推薦してくださったUCLAのDr.Glaspyはハーセプチンの使用を基準の1年に限らず、できるだけ長く続けるようにと助言された。ハーセプチンを延長することは可能だろうか?

医師は、私の質問がどこから来ているかをすぐに理解されたようだった。
ナベルビンは転移がある患者さんに使用される抗がん剤だそうで、それを推薦したDr. Glaspyは、乳房全摘前に使用した抗がん剤TaxotereとCarboplatinの効果が最小であったという事実から、私を転移癌がある患者と同じと診断。ハーセプチン使用延長についても同じ理由での助言だろうと言う。ハーセプチンは転移がある場合、その使用期間は1年に限らず、どこまでも継続使用されるらしい。
問題は、私の心臓がこのハーセプチンの副作用を受けてしまうということ。科のミーティングにかけて、他の医師たちの意見も聞いてみるとの返事だった。

ハーセプチンの副作用

ネットで再び自己検索してみると、副作用のないはずのハーセプチンも、心臓への影響の他、突然の呼吸困難や血圧低下というショック反応、血管性浮腫、膵臓炎、肝不全、白血病、末梢神経機能障害、肺繊維症等、を引き起こす場合があるとある。これが本当だとしたら、やっぱり怖い。今までの治療が十分であったと信じて終了するのがよいのか、リスクを覚悟で治療を継続するのがよいのか、医師たちがベストの選択をしてくれることを祈らなければならない。もっとも、その前に、まず火曜日の手術が無事終了し、癌がみつからないことが先決なのだけど。。

日本で、大きな不安に包まれている人たち、失望のどん底に落とされてしまった人たちに共感しながら、人生、決して自分の思い通りにはならないことを思う。私たち人間の存在なんて、大宇宙の中では目にもとまらないほど小さい。でも、そんな私たちに、決して独りにしないと約束してくださった神様が、どんな荒波にまぎれようとも、手を差し出してくださる。それを信じて、火曜日の手術に臨もう。

日本の皆さんも、がんばってください!

2度目手術終了

手術日の今日は6時起床、7時に病院到着、受付をすまし、8時半から車椅子に乗ってイメージセンターに移動。ここでまず、 レントゲン科の医師がリンパ節の位置をしるすため、 超音波の映像をみながら、ワイヤーをリンパ節に通した。(前回の超音波テストでは残っていたリンパ節は2つだったが、今日は3つ見つかった。)このワイヤーを頼りに、外科医がメスを入れるという。

「リンパ節の大きさはどうですか?変わってますか?」と質問すると、「ちょっと大きくなってるようですね」と医師の答え。ドキッ!正常なリンパ節だったら大きさが変わることはないと思うのだけど。。。不安がもっこり顔をあげる。

局所麻酔での約1時間ほどの処置を終えた後は、再び手術前控え室にもどり、吐き気止めの薬や、痛み止めの薬、鎮静剤等を静脈注射、手術についていろいろ説明を受けた。

病院がくれたスリッパ代わりのソックス

病院がくれたスリッパ代わりのソックス

手術前控え室で。

手術前の控え室で。

午後1時、タンカーで手術室に向かって移動。でも、そこから記憶は途絶え、気がついたときはすでに回復室で3時を回っていた。

外科医の報告では、リンパ節の他、しこりの組織もできる限り取り除いたとのことだったが、超音波の結果を読んだ医師が指摘した大きくなったリンパ節は固かったという。–これも不安材料第2弾。

まだ頭がもうろうとしていたので、4時半頃まで寝かしてもらい、患部からの排液のためのチュープと容器をぶら下げて午後5時無事帰宅した。

車で移動中はやや気持ちが悪くなったけれど、家に戻ってからはひたすら眠り、今(午後10時)は、薬に頼ることもなく痛みもおさまり、昨夜作りおきしておいたコンソメと麦茶も残すことなく飲む事ができた。

息子夫婦が様子を見に来てくれ感謝。

不安に飲み込まれてはならないと、信仰によって長年の病から救われた女性の話(マタイ9:19−22)を思い出しながら、病理検査結果を待つ。

膿原性肉芽腫でまた手術

左薬指から出血しているのに気がついたのは1月3日だった。抗がん剤の副作用で、指の爪が弱くなり、深爪をおこした時のように、爪の回りの皮膚が何度も切れるのを経験していたけれど、出血したのは始めてだった。それでも、痛みはなかったので、バンドエイドでもはっておけば治るだろうと思って、バンドエイドをはり、寝た。

翌日、バンドエイドをはずすと、また簡単に出血して、爪の回りが紫色になって、腫れてきていた。今度は痛みもある。

(そうだ!こっちの手はリンパ水腫がある手だった。ほっといちゃいけないんだ!)と思い、病院に予約。

このときは特に診断はなく、感染しないようにと、抗生物質を出してもらって帰宅した。

ところが、抗生物質を飲み終えても、痛みも消えなければ、腫れもひかない。傷口は塞がるのだけれど、ささいなことで、すぐに開き、また出血がおきる。

治りが遅くておかしいなあと思っていた今朝、バンドエイドを交換しようとはずしたら、まるで、深く指を切ったように、たらたらと血が洗面所の流しに落ちた。よく見ると、爪の横の患部がさらに赤く一回り大きくなってきている。

指一本のことで、と思って気長に過ごしてきたけれど、こんなに出血するのはやはり異常と、金曜日だったこともあり、すぐに病院に電話、予約を取った。

今度の診断は膿原性肉芽腫。血管組織が異常に何層にも重なって形成される良性腫瘍だそうで、手術が必要だから外科に回すと言われた。手術といっても、こんな小さな”血豆”なのだから、診察室で、簡単にメスで切り取るぐらいだろうと思いながら、家に戻って検索。

そしたら、こんな小さな傷でも、オペ室に入って、全身麻酔をして手術したというブログがあって、びっくり!

今日のドクターはレイザーで焼き切れるかもしれないと言ってたけれど、オペ室に入ってしなきゃならないようなそんな大げさな手術になるんだろうか?いづれにしても、リンパ水腫への影響が心配。さっそく主治医の腫瘍科医へメールした。

今年は、声がでなくなって1年になるジョージも声帯の手術を3月に予定している。

まったく、私たちの信仰をあざ笑うように、今年もいろいろ続いてくれる。

手術はジョージが先

止まってしまった肉芽腫治療

指の爪の横にできた膿原性肉芽腫。相変わらず、ジクジクと出血しやすく、なんだかまた一回り大きくなってしまった感じ。

2月2日の肉芽腫

私のカイザー保険は、各地にあるカイザーという総合病院のみでの適応で、病院に予約を取ろうと電話すると、病院の方からどこのカイザーの、どの医師にかかるようにと指定してくる。

癌のことでは、腫瘍科の医師が主治医であるけれど、その他の疾患ではファミリードクターと呼ばれる一般内科が最初の受診窓口となる。

ただ、私が指定されたファミリドクターは金曜日は別の病院で稼働しているらしく、私がかかる病院では休診日となっている。

なのに、何か事が起きるのはいつも金曜日。

それで、代わりの医師に入れ替わり立ち替わり診療してもらう結果となっているのだけれど、先週「手術が必要。」と診断した医師は、「外科から電話があるから待つように。」とおっしゃった。

ところがなかなか電話がこない。その間、指は何度も出血を繰り返し、出血を起すと量が多くて、なかなか止まらない血を見ていると、不覚にも、頭もくらくらとしてくる。

リンパ水腫への影響も心配だし、業を煮やして、いつもすぐに返事をくれる腫瘍科主治医にメールした。

そしたら、紹介が回った整形外科に直接電話するようにと言われた。

ところが電話してみると、応答に出た女性から3/14まで予約がとれないと言われてびっくり。一月以上も先だなんて、私聞き間違えてる?と再度確認してみたけれど、間違いじゃなかった。

「リンパ水腫のある癌患者なんですけど」

「出血を繰り返していて、どんどん腫瘍が大きくなってるんですけど」

と、緊急性を訴えてみたけれど、ダメ。結局キャンセルが入ったら繰り上げてもらうということになった。

夫の手術が成功しますように!

一方、3月に手術予定だったジョージの手術は2月15日に早まった。

なんでも、鼻からカメラを入れて、喉に小さな穴をあけ、麻痺している声帯部分に薬を注射するらしい。その際、声の調子を確かめるので、麻酔は部分麻酔だとか。

怖そう!と思うけど、きっと精神安定剤を使うんだろう。

本人は、この手術で、声が元に戻ると、期待一杯。

翌日からすぐにも聖書クラスを教えられるかも、とさえ思っているみたいだけれど、私はきっと2−3週間は、話すのは無理なんじゃないか、もしかしたら食事も流動食なんじゃないかと懐疑的。

さらに、もし手術しても声がもとにもどらなかったら、或は、さらに声がでなくなっちゃったらどうするんだろうと、心配がよぎる。

この手術がうまくいかなかったときは、声帯を動かす手術が次のオプションとなるそうだ。

そんなことにならないよう、彼の声がこの手術でもとにもどるよう、朝も晩も祈り、回りの人にも共に祈ってくださいとお願いしている毎日。

信仰がまた試されている。

術前指導で不安解消

ジョージにくっついて、術前指導のための外来に行って来た。

いつもなら私が診察台に座って、彼がそばの椅子に座るのに、今日は役が逆。

15日に予定された彼の声帯手術について、直接医師から話を聞く。

「手術といっても、メスを使うわけじゃなく、注射をするだけだから、簡単な処置です。術後からすぐ話もできれば、食事も普通にできるはずです。」

医師の説明を聞いて、まず私の大げさな予測が間違いであることを認識。

「成功率はどのくらいですか?」と質問すると

「完璧な声にはもどらないかもしれませんけど、今よりは98%の確立で良くなるはずです。」

「楽に声がだせるようになるから、疲れることもなくなるでしょう。」

医師の自信に溢れた言葉を聞いて、気持ちがずいぶん楽になった。

ついて来てよかった!直接お医者様からお話が聞けてよかった!

私のハーセプチンとタイケルブ延長もOK!

今日は私の腫瘍科の定期検診の日でもあった。例の問題の指をみせたら、整形外科の一月先の予約を待つ代わりに、皮膚科を紹介してくれることになった。おかげで、こちらもストレスが解消された。

UCLAで勧められたハーセプチンとタイケルブの半年延長についても可能かどうか尋ねてみたら、

「ああ、大丈夫よ。もうそのように計画してるから。」と、あっさりOKの返事がいただけた。

ハーセプチンとタイケルブのコンボは月に1万ドル以上もする高いお薬。私の負担額が月$30ですんでいるということは、保険を提供している病院に残りの負担がかかっているということで、エビデンスのないこんな高額な治療延長をこんなに簡単に承諾してもらえるなんて思っていなかった。

バンザーイ!

これで、8月まで継続することになる。

今日はホントに良い一日だった!感謝。


ジョージの新しい声はまだ聞けない

15日11時半にジョージは手術室に向かった。そして、医師が私を待合室に探しに来たのは12時半前だった。

「もう終わったんですか?どうでしたか?」

医師からの言葉を待ちきれずに質問する私に、彼は、「良くなったと思います。」と答えた。

ベットの上で看護婦さんたちに囲まれながら上半身を起していたジョージは、喉に何か詰まっているように感じると、咳払いばかりし、「それ、ダメですよ。」と注意されていた。

声帯がまだ腫れているらしい。

受けとった術後の指導書には、回復までには1週間から2週間かかるので、その間はできるだけ会話を避けるようにとあった。

風邪をひいたときのように、鼻にかかった、弱い声。夜、息子夫婦がやってきて、すこししゃべりすぎてしまったようだ。

今朝はさらに話しづらそう。

時間の経過と共に、新しい力強い声が聞けるよう続けて祈っている。

ジョージ再手術

私が抗がん剤を受けている間、ジョージは喉の先生を受診した。

後からの話では、どうも、注射した物質が正しい場所に落ち着かず、声帯に依然隙間があいているらしい。同じ手術を2週間後にやり直すことになったという。

本当に今度の手術で、声が戻るのだろうか?また失敗して、さらに声がでなくなったりしたらどうするんだろう?という思いは拭えないものの、希望は確かにでてきた。

主の言葉

午前中、旧約聖書の申命記を読んだ。

エジプトでの奴隷生活が辛くて、何度も助けてほしいと祈ったはずだったのに、いざエジプトを脱出すると、イスラエルの民たちは、神様が一緒でありながら、今度は荒野の旅が辛いと、エジプトにいた方がよかったと文句を並べた。感謝を忘れて、他の神に走ったイスラエル人たちは、神の怒りをかって、40年間、荒野をさまよう結果となり、彼らを率いたリーダーのモーゼも、神を信頼することを怠ったために、神が約束してくれた新天地カナンに入れないまま死ぬ。

神様は、医師が前例がないとまでいった私の癌を、ここまで封じ込んで下さった。高い医療費も心配しないですむようにしてくださり、辛いと思った治療も、無事通り抜けさせてくださった。神様の恵みを身をもって体験したのに、ジョージの声のことで、神様に文句をいいたくなったり、疑ったりしたくなる私は、イスラエルと同じだと思った。

何が起きようとも、決して貴方を独りにはしないとおっしゃった神様の言葉を疑ったらいけない!

あってあたりまえのものなんて何もないんだから、文句をいったらいけない。

手術が再びできることに感謝して、成功を祈らなきゃ。

 

ジョージの声も、私の指も回復してきた

痛み消失

指の手術から一週間が過ぎ、こんなの始めてと思ったほどの痛みも、すっかりなくなった。

はがした爪は伸びてくるんだろうか?

包帯を取ったら、指が醜く変形しているんじゃないだろうか?

とか、心配だったので、整形外科医に質問したところ、

「爪はちゃんと伸びてきますよ。患部は縫うかわりに焼灼しました。結果にはきっと満足されると思います。」と返事がきて、フーッと肩をなで下ろした。

次の外来の13日にいよいよ包帯をはずすことになっている。

爪が元通りになるまでにはどのくらいかかるんだろう?

13日までに爪がはえてくるはずはないだろうけれど、このぐるぐる巻きの包帯の下で、少しでも指の傷が癒えていることを想像している。

ジョージの声も改善!

手術は失敗だったとがっかりさせられたジョージの声も、ここ一週間ほどで、思い掛けずも改善してきた。

波があって、良い時と悪い時とあるのだけれど、その波もだんだん差が小さくなって、声は少しづつ力強くなってきているように感じる。

全く声なしになってしまった手術直後の1週間は、これからどうやって仕事するんだろうと悩まされたけれど、昨日は屋外での小さな集まりに、マイクなしでも挨拶ができた。

医師は2度目の手術を薦め、本人もまだそれを希望しているけれど、私は祈りが神様に届いてる!奇跡が起きてる!と思って、16日の手術までに、さらに改善することを期待している。

明日は再びジョージの手術

2月15日の手術から1ヶ月。明日16日、ジョージが再び声帯の麻痺を治す手術を受ける。

本人曰く、前回の手術までは本来の声の20%、術後直後は10%そして現在は40%まで回復した感じだそうで、明日の手術でさらなる改善を期待している。

前回の手術日は肌寒い雨模様だったけれど、明日もまたお天気は雨らしい。

でも、緊張した前回の手術に比べ、今回の私は、はるかにリラックスし、安心している。

声が手術前以上にでなくなって、これからどうなるんだろうと思った時から、ジョージの声が徐々にもどってきたのを目撃してきたから。

神様の技を見た以上、不安はない。後は、続けて祈るのみ。

「強くあれ!勇気をだせ!恐れたりがっかりなどしてはならない。

貴方がどこへ行こうとも、貴方の神が一緒なのだから。」ーヨシュア記1:9

 

ジョージ手術無事終了

11時に病院へ到着して、すぐオペ準備室に入ったものの、今日はお医者様が忙しくて、手術が終わったのは、2時過ぎだった。

医師は前回同様、「全て順調にいきました。」と説明された。そして、ジョージの声も、前回同様、声質は良くなったけれど、風邪を引いたときのように、鼻にかかって、弱々しい。

前回は手術の晩に話過ぎたのがいけなかったのか、翌日から声が全くでなくなってしまったので、今回は慎重に、しゃべり過ぎないで十分声帯を休める方針。

はっきりとした結果はまだわからないけれど、依然私の中には(大丈夫。彼の声はきっと改善する。)という安心感がある。

家に戻って、二人で感謝の祈りを捧げた。

応援してくださっている皆さんにも心より感謝!ありがとうございます!

肉芽腫再発、また手術

そう。また手術!

あの痛かった肉芽腫が実はまた同じところにもどってきていた。

3月に最初の手術をして、3週間後に抜糸をしたとき、依然グシュグシュして赤く腫れていた患部を見ながら、それでも医師は「いい感じ。」と言った。

その赤く、グシュグシュしている部分が、小さいながらも、再び深紅の色を帯びて盛り上がりはじめたのは手術から約2ヶ月後の5月。すぐに肉芽腫だと思い、手術を担当した整形外科医に予約を取った。すると、その際は、まだ小さいからステロイドローションをつけて様子をみるように。大きくなったらすぐに処置するから。と言われた。

3月の手術がオペ室での手術になったのは、肉芽腫発見から手術まで時間がかかりすぎたからと後悔した私。同じ間違いはするものかと、すぐに連絡を取ったのに、何もしてくれなくてがっかり。でも、言われた通り、ローションをつけて様子を見た。

最初に気がついたときは1ミリほどの大きさだったろうか。それが2−3ミリになって、再び慌てて医師に連絡。すぐ予約が入った時は、診察室でなんとかしてくれることを期待し、少し疲れ気味だったところを無理を押してでかけた。

なのに、医師はまたもろくに診てもくれない。

「これまだ小さいから私切りたくないのよね。切ってもきっとまた戻って来るだろうし。それに、私婚約したから今週で病院変わるの。別の先生紹介するわ。メールで伝えようかとも思ったんだけど、あなたがどうしているか、会っておきたかったのよ。」

若い女医はそう言うとニコッと笑顔をみせる。

ホーント!私も貴方が去る前に会えてうれしいワ!):-(

大きくなったらすぐに何とかしてくれるって言ったから来たのに。人の気も知らないで!手術前も誠意を感じられなかったけれど、この人やっぱりいい加減!

笑顔をとりつくろって診察室を出たものの、内心はムカムカ。

家に戻ってかかってきた電話で、さらに新しい医師との予約が一月以上先まで取れないと言われ、ついに切れた。

「そんな先まで待てない。二度目なんですよ。また大きくなってしまうじゃないですか。責任者と話をさせてください。」

怒っている私にスーパーバイザーから電話があるという話だったが、結局スーバーバイザーから電話はなく、代わりに約2週間後の今日、キャンセルがあったからと、急遽一月先の予約が早まった。

今度は男性の医師。話を聞いてくれて、しっかり指も見てくれる。

サイズは2−3ミリと前回に比べたらはるかに小さいのに、やっぱり爪をはがして爪の下に肉芽があるかどうか見る必要があるそうだ。

「前回の手術で、十分に切り取っていなかったということですか?」と質問すると、流石にこれには、「いいえ、たとえ手術が完璧であったとしても、肉芽腫は再発することがあるんですよ。」との返答。

ということは、何度手術しても、何度も戻ってくるかもしれないということ。但し、その確率は手術の回数に伴って減っていくという。そんなにしつこいなんて癌みたい!

手術は今月26日に決まった。

これも癌の産物なのか、それとも私がついていないのか。。。?オペ室でもらう紫のクマさんのソックスがまた増える。;-(

今度は前に比べたら全然小さい肉芽腫。爪もやっと伸びたのにまたとらなきゃならない。

 

 

 

 

肉芽腫再手術を延期

26日に予定していた手術を延期することにした。

今週は下痢に加えて、吐き気や倦怠感もあって、食事の支度もろくにせず、ソファーに沈んでばかりいる。

前回肉芽腫の手術をしたとき、あれは痛み止めのせいだったと思うけど、胃はムカムカ、頭はふらふらで、2−3日大変だった。ソファーに横になりながら、今の状態に、さらに吐き気や苦痛が加わったら耐えられるかなあ、と弱気になった。

その一方、医師に言われた通り、アロエを塗っていたら、指から痛みも腫れもひいてきた。

手袋をはめるだけでも痛かったのに、ピアノも弾ける。(多分、何度も鍵盤で肉芽腫をたたくのは良いアイディアではないだろうけれど。)

アロエは放射線療法を受けていたときも、皮膚の炎症を防ぐため、毎日塗布するようにと医師に勧められ、使っていた。

ステロイド剤よりもはるかに簡単に安く手に入るアロエの意外な効果にびっくり。

手術でしか治らないと言われている肉芽腫だけど、さしあたっての支障がないなら、手術はもうちょっと後にしてと、医師に延期をお願いした。

お医者様、(あんなに大騒ぎしたくせに、延期とは。。!)と飽きれてるかもしれないな。

CTスキャン

で、今日は転移後最初のCTスキャンを取りにいってきた。

5月から加えたパクリの効果を調べるためのもの。

癌が縮小しているか、増大しているか、結果は3−5日後にでるという。祈りが届いていますように!