不安と信仰

再びしこりが出現

数日前、手術をした左側の脇の下がぽっこりもりあがってきているのに気がついた。腕をさげているときには感じられないが、腕をあげてさわると固いしこりであることがわかる。約一月前CTを取ったときは、手術の後に残った体液または血液と思われる塊があるとの報告は受けたが、それ以外には異常がなかった。

今日は腫瘍科医への外来日であったため、さっそく診察を受ける。医師も、この一月前にみられた体液又は血液の塊が大きくなったのではないかと言いながらも、癌が戻って来た可能性もあると、注射針を使っての検査に回された。

昨年5月に胸のしこりを見つけたときと同じ検査。注射針をさして液体が吸い上げられるかどうかを見た。が、結果も5月の再現。何も吸い上げられない。それで、次は超音波検査となった。

受けとった検査予約日は19日。でも、不安のまま19日まで待つのは堪え難いと、家に戻ってから電話で予約日変更のリクエスト。10日朝の8時を取る事ができた。

7日には心臓の動きもMugaスキャンで定期検査の予定。新年早々、さっそく病院通いが忙しくなってきた。イエスというシートベルトをしっかり締めて、このローラーコースターライドに耐えなければ!

不安が消えた

聖書の中に「水の上を歩いてここまで来い、とお命じなってください。」とイエスに頼んで、湖の水面を歩き出したイエスの弟子ペテロが風を見て怖くなり、溺れかかる話(マタイ14:22−32)がある。

助けを求めるペテロに手を差し出しながら、イエスは「信仰の薄い者よ。なぜ疑った?」と問う。

ペテロと同じように、「癌再発」という名の風を見て怖くなっていた私は、 夕食時、ジョージと話をしながら、この聖書の話を思い出した。

脇の下のしこりは固い。固いしこりは癌の疑いが高いという。

昨年の5月、胸のしこりが癌であったときのように注射針は一滴も体液を吸い上げなかった。

この新たに現れたしこりも癌だったら、やり直しをしている現在の抗がん剤も、ハーセプチンも全く効いていないことになる。

つまり、私の癌に効く薬はないということなんだろうか?

そんな進行の速い、無敵な癌だとしたら、あっという間に私は征服されてしまうんだろうか?。。。

そう不安の渦に飲まれる私に、神様は「信仰の薄い者よ。なぜ疑った?」と話かけられた。

そうだ。そうだった。

神様は、私が死の影の谷を歩こうとも、決して独りにしないと約束してくださった。

イエス様を身代わりにして、私の罪を許し、永遠の命をくださった。

そして、私は、そんな神様が大好きだから、「貴方の御心が叶いますように。」と、全面服従を約束して祈ってきたのだった。

このしこりが良性だろうが、癌だろうが、癌に打ち勝つ事ができようが、負けようが、私は全能であられる神様の大きな懐の中に、すでに包まれている。

ならば、何も恐れることはない。

まさに私は大船に乗っているのだから。

そう気がついたら、スーッと不安が消滅した。もう私は大丈夫!

ジョージとげんこつをぶつけあい、合い言葉を唱える。

「神様はいつだって素晴らしい!」と。

眠れない夜には。。

スキさえあれば襲いかかってくる不安から身を守る私の方法は、聖書と祈り。それから 元気を与えてくれる人たちと交わり、元気のでる本を読むこと。

C.S.ルイスのナルニア物語は普通の子供たちが突然ナルニアと呼ばれる別世界に入り込み、そこでいくつもの冒険と試練にであう児童図書。

教会の小グループで読んでいるこの物語が私を多いに励ましてくれている。

物語の中で、子供達が窮地に落ち込むと、アズランと呼ばれるライオンがどこからともなく現れ、子供達を救ってくれる。

どんなに恐ろしくても、子供たちは、前進のみしかないことを知っており、アズランに助けられながら、試練を乗り越える毎に勇敢で思いやり溢れる戦士へと変身し、ついに敵である白い魔女を打ち破る。

私の人生も癌になってから、試練の連続。

でも、「アズランは(私を救うために)動き出した!」一つ試練を乗り越えられたら、私もナルニアの子供たちのように、一皮むけて、大きくなれるかも!

「友よ。勇気をだせ。生きても、死んでも、アズランが我らの良き主なのだ。」(「銀色の椅子」14章)という言葉もしっかり心に響き、私にも、この癌闘病という冒険の中に“アズラン”が望む使命があるとマジで感じる。

不安解消法として、“Visualization”–元気のでるイメージを心に思い浮かべるという心理学的手法があるけれど、私なら、アズラン。

痛みが気になって眠れない夜や検査の時は、黄金のたてがみを勇ましく揺すった大きなライオンが、 私に襲いかかる不安に牙をむき出して、力強く吠えている—そんなイメージを浮かべてみよう!

黒い雲を吹き払う

しこりのその後

脇の下にしこりを見つけたのは今年の1月。

超音波テストで、しこりは体液が蓄積したものとわかり、放っておいても大丈夫と言われたものの、同時に見つかったリンパ節の生検のため手術を受けたのが3月。

その生検結果が癌だったので、今もハーセプチンとタイケルブの治療を続けているのだけれど、手術の際に、外科医が、リンパ節と共に、できる限りの組織を取り除いてくれたにもかかわらず、手術から1週間もしないうちにまたぽっこりしこりは戻ってきていた。

再来した外科で、注射針2回分ほどの体液を吸い出してもらった後、「また溜まるかもしれませんから、そのときはまたいらっしゃい。」と言われたが、案の定、同じ場所がまたすぐふくらみ出した。でも、放射線療法が待っていたので、しこりはそのまま残す事になった。

28日間の放射線療法が終了して訪れたUCLAでは、Dr.グラスピーが、このしこりを触診し、

「(放射線療法で)原子爆弾を落としたようなものだから、たとえ癌が残っていたとしても、血だらけ、ヨレヨレのはず」とおっしゃり、さあ、放射線も終わったしと訪れた外科医からも、注射針は何も吸い出さなかったにもかかわらず、

「しこりは小さいし、放射線療法を受けたのだから、私だったら心配しません。」と言われた。

しこりの下にまた新しいしこり!?

そのしこりを毎晩鏡で観察していたら、数日前、そのなくならないしこりの下がまたぽっこりとふくらんでいるのを発見。触ると堅いので、「アレー?」と嫌な予感がして、すぐに主治医にE-メール。超音波テストは9日に受けることになっている。

この新しいしこりは、ブラを着けると現れ、ブラをはずすとどこかに隠れさってしまう。

鎖骨あたりの腫れもひかないし、こうなると、にわかに黒い雲が心を覆い、不安の波が押し寄せて来る。

昨夜は、夜中にズキン、ズキンという胸のあたりの痛みで目が覚めてしまったので、起きて、長男がくれたマザーテレサの本を読んだ。

「全ては祈りから始まる。。。」何度も聞き慣れた言葉が目に留まった。

それで、祈った。

私が癌で弱っていったら、ジョージは500余人もの教会員の心のお世話を続けられるだろうか?

彼のためにも、私は癌に負けるわけにいかない。

この癌の脅威を跳ね返せますように。。。

届いた祈り

今朝、ロスの空は雲一つない晴天。そんな空と同じように、私の心も一新して、不安にはしっかりカギがかかった。代わりに、楽しかった今週会った様々な人達と共に過ごした時間が再び心を満たしていた。

朝食もいつもより手をかけてみたくなり、その後は、金曜休みのジョージを誘って近くのビーチに散歩に出かけた。

日差しは強くても、そよ風がなんとも心地良い。

 サイクリングやジョギングをする人たちがそばを通り抜けて行く。
沖には いくつものヨットが浮かび、ビーチ沿いの住宅にはショッキングピンクのブーゲンビリアや、背丈ほどもある元気いっぱいのバラ、アガパンサス等がどこまでも美しく咲き並んでいる。

こんなきれいなところに住めるなんて、私は本当に恵まれていると、何度来ても同じことを思う。

後50年生きようが、明日死のうが、神様がくださった毎日を楽しまなきゃね!

と二人で会話。

午後は、ネットで日本の通訳ボランティア団体をみつけ、ロスからでも何かできることがあるかもしれないと、さっそく登録した。

お祈りが届いて、黒い雲が払いのけられ、今日も無事終わった。明日は、ロスに遊びに来ているジョージの従兄弟家族と会うことになっている。明日も良い一日となりますように!

2011年クリスマス

クリスマスイブ礼拝

教会堂の灯りが落とされ、夜の闇に包まれると、中央の大きなキャンドルの光だけが残った。その光から、フィナーレの「きよしこの夜」の歌とともに、会堂を埋め尽くす人たちの小さなキャンドルに一つ一つ、灯りが広がっていった。

遠い昔、家の隣にあった小さな教会で、同じように、「きよしこの夜」を歌いながら、手元のキャンドルがゆらゆらと揺れるのに魅惑された思い出が頭をよぎった。

あの頃、子供だった私はイエス様生誕の意味をまだ分かっていなかったけれど、“特別に美しく、心が暖められる日”を、毎年楽しみにしていた。

何十年ものブランクの後、私はまたクリスマスを教会でお祝いするようになった。

今は、クリスマスの本当の意味を理解し、イエス様生誕というプレゼントに感動すら覚える。

「きよしこの夜」を歌いながら、キャンドルの火の暖かい熱を感じながら、再び、神様と繋がることができたことを、今年もこうしてイエス様生誕を祝えることを、心から感謝した。

そしてクリスマスの朝

息子たちは、小さかった頃は、日の出と共に起き上がって、プレゼントを開けるのを待ちどうしがったものだったが、成長した今は、「Merry Christmas!」といいながら、プレゼントを手にいっぱいかかえてやってくる。

クリスマスツリーの下に集められたプレゼントを一つ一つ、代わる代わる開けるのだけど、何がでてくるだろう?わあ!うれしい!と喜ぶ息子たちの笑顔は、子供のときのそれと全く変わりなく、本当に見ている側もうれしくなる。

時計を受けとって喜ぶピンキー

プレゼントを開ける息子たち

そして、私も同じように、プレゼントを開けるときは、ワクワク顔が緩んでしまう。

今年も心のこもったギフトをいっぱい受けとって、愛する家族に感謝、感謝、感謝!

暗闇の中に光あれ

一方、癌と闘う人達の祈りのリクエストは、クリスマスと関係なく入ってくる。

癌かどうかを判明する検査結果を待つ間の不安、癌とわかったときのショックは、皆同じだと思う。でも、それがクリスマスやお正月の前だったら、楽しみを待つ喜びを台無しにされてしまう。

愛する人を亡くした人達にとっても、楽しい思い出があればあるほど、クリスマスやお正月を迎えるのは辛いことだろう。

だからこそ、たとえ一時であっても、クリスマスの喜びが、こんな沈んだ魂を持ち上げてくれるようにと願う。

来年はもうここにいないかもしれない。

この愛する家族と一緒のクリスマスもこれが最後かもしれない。

そう思ったら、悲しくなる。

でも、

そう考えたら、今ある楽しむチャンスも逃してしまう。

私への癌の告知は母の日の2日前だった。ショックで、食欲もなくなれば、夜も眠れなかった。

でも、母の日の日曜日、教会の人たちの、熱い抱擁と、息子達の笑顔が私を救ってくれた。

明日のことを心配するな。

貴方の重荷を私に預けなさい。

私は決して貴方を一人にしない。

そうイエス様はおっしゃった。

イマニュエル=主は我と共に、と呼ばれるイエスの生誕を祝うクリスマス。

悪い結果を受けて、奈落の底におちいった人達、愛する家族を失った人達、そんな人たちが、神様が与えてくださった、家族、友人と共に、この福音を心の支えに、この良き日に、平安と光をみつけられたことを願う。

ジョージの新しい声はまだ聞けない

15日11時半にジョージは手術室に向かった。そして、医師が私を待合室に探しに来たのは12時半前だった。

「もう終わったんですか?どうでしたか?」

医師からの言葉を待ちきれずに質問する私に、彼は、「良くなったと思います。」と答えた。

ベットの上で看護婦さんたちに囲まれながら上半身を起していたジョージは、喉に何か詰まっているように感じると、咳払いばかりし、「それ、ダメですよ。」と注意されていた。

声帯がまだ腫れているらしい。

受けとった術後の指導書には、回復までには1週間から2週間かかるので、その間はできるだけ会話を避けるようにとあった。

風邪をひいたときのように、鼻にかかった、弱い声。夜、息子夫婦がやってきて、すこししゃべりすぎてしまったようだ。

今朝はさらに話しづらそう。

時間の経過と共に、新しい力強い声が聞けるよう続けて祈っている。

ストレス続きの中の息抜き

真っ青な空を見上げて、鯨を見に行きたいと思った。

冬から春にかけて、私たちの住んでいる近くの海岸線を毎年鯨が移動する。つい先日、シロナガスクジラの親子が泳ぐのを見たという話を聞いたばかり。

イルカは何度も泳ぐのをみたことがあるけれど、鯨にはまだ出会ったことがない私は、相変わらず声が戻らず、休みを延長したジョージを誘って鯨をみつけにドライブに出た。

ジョージの手術の日は肌寒い雨模様だったけれど、今日はぽかぽかと暖かく、雨が空を清めて、海の向こうのカタリーナ島もはっきりと見える。

鯨展望地点にたどりつくと、望遠鏡やカメラをさげた人達が数人海を眺めていた。

鯨の数を数えた表には、今日は2頭のコクジラが観察され、これで昨年の12月からは700頭の鯨が観察されたと示されていた。

2ヶ月半で700頭ってすごい数!これは、鯨が見えるかもしれない、とワクワクし、目を皿のようにして四方の海を眺めてみる。

1時間ほど、海岸線を散策しながらねばってみたものの、残念ながら今日は鯨にであうことはできなかった。

でも、美しい自然をジョージと一緒に楽しめたのはプラスだった。

気分が盛り上がったついでに、夜は焼き鳥屋さんへ。

おちょこを傾けながら、応援してくれている大勢の人たち、年がら年中温暖な気候、そして日本食が簡単に食べられる町トーランスに感謝。

困難は続くけど、私たちは大丈夫。神様が一緒だから。と、二人で確認しあった。

ジョージとがんばる

消えてしまったジョージの声

ジョージの声帯の手術から1週間が経った。でも、彼の声はよくなるどころか、術前以上にでなくなってしまった。

牧師で、人前で話すことが仕事なのに、電話で話もできなくなってしまって、日曜礼拝も、Ash Wednesdayと呼ばれる、復活祭前の特別礼拝も、聖書クラスも次から次へとキャンセル代行をお願いしながら、ついに休みを切り上げて声なしのまま仕事に戻った。

入院している2人の教会員を見舞うというので、私も一緒に同行。

皆さん、ジョージの笑顔を見て喜んだのも束の間、すぐに彼の異変に気がつき、「どうしたんですか?」と質問された。

会話を続けようとするのだけれど、彼の弱い声は、テレビやベット脇の機械の音に簡単にかき消されて相手に伝わらない。

しかたがないので、私が拡声器になって、代わりに彼の言葉を伝えた。

 

声なしのジョージでありながら、それでも、家族の方々は彼の訪問と祈りを喜んでくださっているようだった。

 

次の策

ジョージの医師は、最初の手術がうまくいかなかったら、次のオプションとして声帯を動かす手術がある、とおっしゃったけれど、日本の妹がそんな手術をして、声を完全に取り戻した男性のビデオを送ってくれた。

ジョージの今の声は、ちょうとこの男性の術前の声と同じ。

 

それなら、まだ声がもどる可能性はあるかもしれない。

 

ビデオをみて元気が湧いて来た!

 

彼の次の外来は29日の水曜日。そして、私の指の手術は3月2日と決まった。

 

「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(イザヤ書40:31)

 

聖句に背中を押されて、ジョージとがんばる。

 

肺転移の可能性

先週火曜日に受けたPETCTスキャンの結果がやっとわかった。

「胸骨付近のリンパ節に転移の可能性あり。」

主治医は産休に入っているので、代わりの医師から、肺の専門医に行って、生検をしてもらうようにと指示があった。

癌の告知からまもなく2年。乳房摘出手術からは1年半。昨年3月の左脇下リンパ節癌発見からは1年ぶり。4週間の放射線療法も受け、3度目の抗がん剤療法である抗体薬ハーセプチンとタイケルブは半年以上も続けているのに、これでも癌はなくならなかったんだろうか?

UCLAのDr.グラスピーにも指示を仰ぐため、E-mailでこの悪い結果を知らせた。

まだ転移と決まったわけじゃないけれど、夜床についた後、息苦しくなったり、胸や背中が痛くなったりすることが続いていて、癌が見つからなくても、何かおかしいと思っていた。かなりショック。

胃が時間の経過と共にキリキリと痛くなって、久しぶりの下痢。

ジョージと一緒に再び祈った。

何度も何度も新しい苦難に出会ってうろたえる度、神様は私を抱き起してきてくださった。

今度もまた新しい力を得て立ち直れるように!

「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。」(箴言3:5)

神様、速く私のそばに来て下さい!

 

元気百倍でアムトラックの一人旅

聖書の力

火曜日は毎週聖書勉強会の日。

ジョージの指揮で今は旧約聖書について学んでいる。

旧約聖書は紀元前約1400年から紀元前400年までの間に様々人々によって書かれたとされる39冊の本から成り立っている。

アダムとイブの話を含む天地創造から始まる、イエス生誕以前のイスラエルと神との壮大な歴史が、詩や物語、訓戒、おきて、そして神からイスラエルへの予言等と共に書かれている。

聖書を読んでいると、創造主から離れて自分勝手に生きることを求め、迷路に迷い込んだ私たちを救おうと追い求める絶えることのない神の愛が、一貫として流れているように感じられる。

クラスが終わったとき、私の信じている神様は本物だと思ったら、泉のように、内からモコモコと力が湧いてくるような気がして高揚した。

まるで、体の中に火が灯されたような気がして、一瞬、「私は癒された!」と錯覚するほどだった。

以来、まだ次の抗がん剤も、いつから始まるかも決まっていなくて、日中は病院に電話をかけまくり、メールを送りまくっているのに、心には自分でも驚くほど平安がある。

私の命は抗がん剤に頼っているのではなくて、神様に頼っていて、その神様は天地を創造された方で、私を愛してくださっている。

転移の知らせで先週はひどくノックアウトされたけれど、忠実な神様はまたも私を抱き起こしてくださった。

神様と一緒だと、こんなにも心は晴れ晴れとするものなんだろうか!聖書の力って凄い!

夜汽車の冒険

本当は今日からジョージと一緒に結婚式のためサンタバーバラに2泊の予定ででかけるはずだった。

でも、明日の午後4時過ぎに腫瘍科医との予約が入り、予定変更。

ジョージは結婚式リハーサルをとりもたなければならないので、明日の朝車で出発する。

私はーーーー私は病院が終わったらアムトラック(長距離電車)で後から追いつくことにした。

ロスに住んで20年以上経つのに、アムトラックに乗った事はまだ一度もない。

今回が始めて。それも一人で、夜に!

長男にダウンタウンLAにある駅まで送ってもらって、約2時間半の旅。

夜になるので、景色は楽しめないけれど、始めての冒険に心はワクワク!

神様はいつだって素晴らしい!

 

 

マザーテレサの闘病

「マザーテレサの話が聞きたい?じゃあ、うちにこない?」

かつて看護婦をしていたとき、メキシコのティファナからアメリカ領土に治療のために運ばれて来たマザーテレサのお世話をしたと言うジャンに誘われた。

マザーテレサは、インド、カルカッタでの貧民の中の貧民のための働きで1997年にノーベル平和賞を受賞した、私が最も尊敬する人物。

1992年、81歳でメキシコのティファナで同じように貧民への援助活動をしている最中、心不全をおこしてサンディエゴのジャンが働いていた病院に国境を越え緊急入院した。

以下、ジャンから聞いた当時の話。

マザーは死の寸前まで近づいた1週間ほどの入院中、自分の苦痛を訴えることは一度もなく、ただ、「貴方がしなければならないことをしてください。」とのみ言い、お世話をする看護婦さんや医師たちの手に小さな皺だらけの手を重ねて何度も彼らに祝福の祈りを捧げたという。

マザーが入院していると知って病院の外には、子供への祝福の祈りを求める人が群れをなしはじめたが、それを知らされると、ベットにありながら「子供たちを連れて来て下さい。」と言って、一人一人の子供たちにも祝福を与えたそうだ。

そんなやさしいマザーも、彼女の健康を心配するローマ法王からローマに帰ってくるようにという伝言が届いたときは、それを頑として拒み、あくまでもティファナに帰るのだと驚くほど堅い意思を示したという。

自分のことはそっちのけで、ティファナの貧民のことに絶えず心を配り、「近くにはこんなにも豊かな病院があるのに、ティファナの貧困状態は目を覆うものがある。」と、マザーが援助を訴えると、病室の前に置かれた移動医療ボランティアの登録書はたちまち医師や看護婦の名前でいっぱいになり、車椅子や薬、多額の寄付金までもが集まったそうだ。

ジャンの話を聞いた後、ネットで見つけた当時の記事の中にあったマザーの言葉。

「神様が与えてくださるもの全てを感謝していただきます。そして、神様が私から取られるものも、全て喜んで捧げます。」

生と死の瀬戸際にあるときでさえ私欲を持たず他を思いやり続けたマザーにひどく感激した。

神様に最後まで絶対の信頼と服従を誓った姿に強く胸を打たれた。

病にあっても死を恐れず、素晴らしい見本を残してくれたマザーテレサに心から感謝!

 

マザーに続くようにと、ジャンがくれたペンダントは、彼女がマザーテレサから直々いただいたものだという。
見てるだけで勇気が湧いて来る!

主は私の腫瘍科医

ジョージの聖書勉強会で、詩編23「主は私の羊飼い」を自分の職業や生活にあうように書き換えてみようという課題が出された。

旧約聖書に含まれるこの詩編は、ダビデの星で有名な、イスラエルの王でソロモンの父だったダビデによって紀元前10世紀頃書かれたものとされている。(ちなみにイエスを生んだマリアの夫ヨセフはダビデの子孫。)

神のことを羊飼いとして書き表したのは、ダビデ自身が王となる前、羊飼いであったからだろう。

もし私がこの詩編にならって表すなら、神様は腫瘍科医。

以下、私用バージョンの詩編23。(オリジナル日本語訳はこちら。)

 

主は私の腫瘍科医。

私には足りないものがありません。

主は私を診察台に横たわらせ、私の全ての不安に耳を傾けてくださいます。

主は、私の体の中の目に見えない超微小な癌細胞さえも一つ残らずご承知だと私を説得し、

希望で満たし、私の力を新たにしてくださいます。

御名のために、私をベストの治療へと導いてくださいます。

乳がんという嵐の中にあっても、

私は副作用も死も恐れません。

あなたがいつも私のそばにいてくださいますから。

あなたの知恵と、技と、愛が、

私を守り、慰めてくれます。

先の見えない不透明な中で、あなたは私のために抗がん剤点滴の部屋を用意してくださいます。

貴方は、私が求める時、直ちにお応えになり、私には十分な治療とケアが整えられています。

まことに、私のこの闘いが終わるときまで、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。

今も、そしてこれからも、私は貴方の手の中にとこしえに私の命を預けます。

 

今を喜んで生きる

癌が映像から消え去ったという知らせを皆に知らせた。

「おめでとう!」「ありがとう!」と心から喜んでくれる人たちと硬く抱擁しあっている頭の隅に、

「でも、きつい抗がん剤はまだ続くぞ。」

「 癌は映像から消えただけだ。治ったと思ったら大間違い」

という声が、あの不確かな肺の中の小瘤のように残っている。

でも、この声に喜びをつぶされてはいけないと思った。不透明な中にいるからこそ、良い知らせを心から家族や仲間と分かち合い、喜びを倍にしなければと、金曜日はまたお寿司を食べにいき、祝日だった昨日は、息子たちと、知的障害を持ちながらもずっとおつきあいを続けているマイカを家に呼んでBBQを楽しんだ。

癌は明日戻ってくるかもしれない。でも、それを心配することは、明日大地震や交通事故にあうかもしれないと心配するのと同じだと思う。

たとえ再発や転移の確率が高いとしても、明日のことは誰にもわからないのだから。

自分にできるベストを尽くしたら、後は全知全能の神に預けろと、聖書は繰り返し教えている。

長生きしても、喜びも、希望もないのなら、それはただ息をしているだけで生きている意味がない。

良い事が起きても、明日、それを失うかもしれないと心配していたら、せっかくの喜びを台無しにしてしまう。

うれしいことが起きたときは、神様にたくさん感謝して、心から喜ばなくっちゃ!

そして、悲しいことが起きた時は、神様がすぐ隣にいてくださっていると信じ、神様に助けてもらう。

困ったときも、聖書は神様に知恵を求めろと教える。

家でも、仕事でも、健康でも、家族でも、あって当然のものなんて何もないんだから。回りをみて、なんで私は。。。と考えるのは大きな誘惑!今与えられているものに感謝しなくっちゃ。

たとえ髪が永遠に生えてこなくても、体が醜くなっても、頭の回転が遅くなったって、創造主の目にとって、私たちの価値は変わらない。

「恐れるな。私は貴方を決して離れない。」と、神様は約束してくださったんだから。

神様から呼び戻されるその日まで、一日、一日を、その一時、一時を、不安や苦痛に盗まれず、いつも喜んで、感謝して、さらに実りある人生にしていけるようでありたい。

 

神よ、どうして私をお見捨てになったのですか

これは、イエスが生まれる千年以上も前にイスラエルの王だったダビデが書いた言葉(旧約聖書詩編22)で、又、イエスが十字架上で死の苦しみにもだえているとき叫んだ言葉。

昨日はGood Friday(聖なる金曜日)だった。イエスが十字架にかけられた日のことで、それなのにgoodと呼ぶのは、この日、彼が私たちの身代わりとなって、私たちと神の間を遮断していた原罪(神から離れた罪)を、死をもって取り除いてくれたと信じるから。

なぜ神の子であるイエスがこのような言葉を発したのか、今まで理解できないでいた。でも、自分自身や他の癌の人たちの恐怖や絶望感、苦痛、悲しみを経験して、やっと、なぜかが理解できたように思えた。

苦しみを受けた救い主

病人を癒し、死人まで生き返らせるような奇跡をおこし、神の国がどんなところなのか、天地を創造した神は、私たちに何を望まれているか、を説いて、大勢の群衆を惹き付けたイエスは、当時の宗教的リーダーたちの嫉妬を買って、たちまちのうちに、神の子と名乗る恐れ多き冒涜者として捕らえられ、極刑にかけられた。

イエスは自分のそんな運命を知っていた。

神の一人子でありながら、人間の子として生まれてきたから、彼は私たちが感じるように、痛みも恐怖も悲しみも全て感じられた。彼は捕らえられる前、ゲッセマネの園で3度長い命乞いの祈りを捧げている。

地にひれ伏し、血の汗を流しながら「激しい苦痛と絶望」に襲われながらイエスは祈ったと聖書にある。

「父よ。もしできることなら、この杯(十字架刑という運命)を取り除いてください!」(マタイ26:39)

癌患者が、死に瀕する者が感じるのと同じ、否、もっと恐ろしい恐怖だったに違いない。

しかし、イエスの祈りは、「でも、私の願い通りでなく、あなたの願い通りになりますように。」と締めくくられた。

万物の創造主である神は、何でも願い事を叶えてくれる「魔法のランプ」とは違う。神は、人が神を捨てた罪、死に相当するこの原罪から人を救おうと考えておられた。

神は、その重責を我が子イエスに任せられ、イエスは恐怖にもだえながらも、神である父を愛するがゆえに、私たち人間を愛するがゆえに、敢えてそれを受けた。

 

十字架の重さ

イエスは私たちが神と和解できるように、私たちの罪を背負って、血と涙を流しながら亡くなってくださったのだった。

癌になるまで、私は日本からロスにやってくる渡航臓器移植患者家族支援を続けていた。

死に近づいていくだけの長い闘病生活の末、脳死の方から新しい臓器をいただいて助かる臓器移植にかかわりながら、患者家族の苦悩と喜び、そして、その裏でドナー(臓器提供者)家族が通る苦悩と悲しみを知ったとき、イエスは、私にとって、究極のドナーだと思った。

癌になってこの3年間、何度も「神様どこにいらっしゃるのですか?速く私の祈りに答えてください!助けてください!守ってください!」と祈ったけれど、「どうして私をお見捨てになったのですか?」という言葉は、十字架の上で、イエスが、断末魔の苦しみと悲しみを味わっていたから発せられたのだろう。

人となって、神の子は、私たちと同じ恐怖と苦痛を受けられた。

そして、その苦しみや悲しみは、私が受けるべき罪の酬いだったと思ったら、こらえられずに、涙が頬をつたって落ちてきた。

神は、イエスは、こんなにまで重たい代価を払ってまでも、私を、私たちを愛してくださっているんだと思ったら、胸の芯まで差し込むような強い感情に襲われた。

十字架上でイエスが息をひきとったのは金曜日の午後3時頃だった。なのに、あたりは真っ暗で、イエスが亡くなった瞬間大地は揺れ動き、祭司しか入れなかった神殿の礼拝場所を仕切っていた幕が上から下まで真っ二つに裂けた。

幕が裂けたのは、私たちの罪が許されて、神と私たちを隔てるものが何もなくなったということを意味するのだと言う。

 

復活の力

そして、3日目の日曜日、イエスは復活する。死が打ち破られた勝利の日である。

私たちが善行を重ねるからではない。イエスが身代わりになってくれたから、永遠の命が得られることになった。

イエスが旧約の中で予言された救世主(キリスト)であることが証明された。

神の御国への招待状は全ての人に与えられ、あとはそれを私たちが受けとるかどうかを決めるだけ。

神からの招待状を受けとる者にとって、死は終わりではない。

この復活祭(イースター)、天の父とその一人子イエスがくださった勇気と希望と、かけがえのない愛の重さを噛み締め、それをを見失うことなく、これからもどこまでもついていきますと祈る。

 

 

 

 

 

 

 

日本旅行記その2:癌患者の路線

「癌になってからなんとなく一人ぼっちになってしまったみたいな気がして。。。」

「周りで気になっていた競争は癌になったとき吹っ切れて、もう私には関係ないと思ったら気持ちが楽になった。」

浜松で出会った癌友の方々がそうおっしゃったとき、今一つどういうことなのか、ピンとこなかった。でも、1週間ここに滞在して、彼女たちがおっしゃっていたことがわかってきた。

アメリカと比べて日本の道路は車線が少ないのと同じように、人生という名の道も日本は路線が少なく、メイン路線から外れると仲間を見つけるのが難しい。

どこへ行っても話題がメイン路線内のことばかりだとすると、明日のことは分からない癌患者は、メイン路線から外れたことになり、脱落者のような気がしてきてもしかたがない。

砦を築くメイン路線vs愛に投資する路線

夜9時過ぎの電車に乗ったら、私のあとから、塾帰りと思われる子供たちが英語の本を片手にドッと乗ってきた。日本の子供たちは大学受験を目指して朝から晩まで勉強に励んでいる。こんなに勉強で忙しければ家のお手伝いやアルバイト、ボランティアなどする余裕はないだろう。

日本人の平均貯蓄高は世界一だそうだが、大人たちは、老後を心配して休みを惜しんで働き、貯蓄に専念する。

「金持ちの財産は彼の砦、弱い人の貧乏は破滅」という言葉が聖書の中(箴言10:15)にあるけれど、砦を築くことを何よりも優先するメイン路線から外れても、「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」(マタイ22:37)、「隣人を自分のように愛しなさい。」(マタイ22:39)という聖書の言葉が生活の中心となる家庭や教会や、クリスチャンの友があったら、困らない。

この、聖書の言葉を何よりも優先する路線は人気路線ではないけれど、たとえ癌になっても、死が近づいてきても脱落を心配する必要がない。心は感謝に溢れ、希望は途絶えることがなく、いつも愛されていると感じ、心の不安や重荷は下ろすところがある。

私のために祈り、応援してくださっている人が大勢いるから、ピンクリボンのネックレスをつけて、「私はがん闘病者」と、胸をはって歩くことができる。

浜松で出会った癌友と、癌になったことで、私たちは何が人生で本当に大切なのかその優先順位がはっきり見えてきた、と確信しあった。

富よりも大切なもの。それは夫婦の絆、家族の絆、人との絆、そして神との絆であり、「あなたを消して一人にしない」と約束してくださった神様は、手を差し出して私たちがその手をとるのを待っていてくださっている。

「落ちこぼれた」「希望を失った」と思っている人がいたらぜひ知ってほしい。神様と一緒に歩んだら、何も恐れるものはないよ。体が朽ちても心は負けないよ!一人で頑張らなきゃと思わなくてもいいんだよ。
愛である神様と一緒に、愛に投資するこの道をどこまでもずっと歩いていけたら、きっと人生の終わりで、「幸せだった」と自分の人生に満足できるだろう。

どんな境遇にあっても満足できる生き方

「わたしは、どんな境遇にあっても、足ることを学んだ。」

ローマに捕らえられ、明日は死刑になるかもしれないという、不透明な日々の中で、イエスの使徒パウロが、支援を受けたピリピの教会に宛てた手紙の中での言葉。

自分の力は、置かれている状況に左右されることなく、キリストから来ているからというパウロの言葉は、「貴方は私の羊飼い。私には乏しいことがありません。」(詩編23)と言い切った、羊飼いでイスラエルの王となったダビデの言葉と共鳴しあい、ずっと私の目標となってきた。

癌だと言われたとき、私の人生長くないのかもしれないと思った。ならば、どう生きるべきか、と考え、「私について来なさい」といったイエスにもっと近づきたい、もっと神様に喜んでいただけるような生き方をしたいと思った。

仕事を辞め、ジョージが教える聖書クラスに参加を始め、非営利団体である一粒の麦の活動に癌家族支援を加えた。

傍胸骨リンパ節転移で3年を越えた癌との闘いは精神肉体共に、緊張の連続。追いつめられたことも幾度かあったのに、不思議なことに、感謝と喜び、そして時に、充実感さえも私を離れなかったことは意外な事実。

イエスから目を離したらいけない。
嵐の波が高ければ高いほど、私を守ってくださるイエスの言葉に耳を集中し、決して私を離れないと約束してくれたことを毎日肝に銘じた。

思いもかけず、寛解をすることができ、癌の脅威は遠ざかったものの、人生やっぱりストレスの連続。
なんだか、癌のときよりもっとストレス感じてるんじゃない?と思う時もあるほど。
でも、再びパウロの言葉を思い出し、手に負えないことは、「あなたの重荷を私に下ろしなさい。」と言って下さる私の「羊飼い」に任せて、与えられていることに感謝して今日を過ごさなきゃ!
感謝、感謝。それがどんな環境にあっても満足する第一のカギ。

 

 

 

 

 

大泣き

別世界のように静かで、癒された山の旅から戻って来た翌日の晩のこと。

夕飯の支度をしていた私のそばにジョージがやってきて、昨夜一晩中水が流れっぱなしだったと、水道の蛇口を勢い良くひねりながら言った。

ジャーという音を聞きながら、太い水の流れを凝視しながら、「まさか!嘘でしょ?!」というと、「こんなじゃなかったけど、このくらい。。」と言いながら水の出を直している。

ムカムカっと強い衝動が湧いてきて、みるみる泣きたくなった。

「信じられない!本当だったら、私マジでぼけてる!」

国際免許証を日本に行く前になくした事はブログに書いた。なくしものやわすれものは今に始まったことじゃないけれど、近頃、さらに輪をかけて悪化して、鍋、釜をこがしたり、ガレージや玄関のドアを開けっ放しのまま外出してしまったり、カギや財布、さらにはバッグまでみつけられなかったり、計算も綴りも益々できなくなってきた。

白髪や皺が増えたとか、文字が見えない、体が延びない、曲がらない、姿勢が前屈みになってきたとか、体の老いは、抗がん剤が追い打ちをかけて、加速していると感じながらも、体は衰えても、心はいつまでも成長できる、と前向きできたつもりだったのに、頭もボケてきてしまったとは、なんと情けない。。。

こんなじゃ、私、危なっかしくてなにもできないよ。

何もできない!

教会の奉仕も、ジョージの支援も何もできない!

山にいる間、あんなに感謝と平安と、希望で心は満ちあふれてたのに、まるで針で突かれた風船のように、全てが消えてなくなって、悲壮感で一杯になった。

癌闘病で信仰は深まったと思ったのに、これからジョージの良きパートナーになるんだ、って思ったのに、祈る気にもなれなくて、何これ?

私の信仰なんてこんな薄っぺらいものだったんだ、と思ったら、益々惨めになって、ベットに転がりこんで子供のように大泣き。

びっくりしたジョージに、「誰でもやる間違いだよ。なんでそんな大げさなの?」って言われて、「あなた、何も分かってない。」と、益々声を大にして泣く。

目がお岩のように腫れ上がった翌日、依然、立ち直れない私に、ジョージが真剣な顔をして言った。

「サタンの声を聞くな!君がどんなに弱くても、頼る神様は万能じゃないか。僕にとって、君は一番大切なパートナーなんだから。君がこけたら、僕もこける。神様はまだ君に大事な使命を与えようとしている。諦めちゃいけない。『自分はダメだ』という声を聞くか、『負けない!』と思うかは君の選択だ。神様の名誉のために、悲劇のヒロインは返上しなきゃ。」

素直に「はい」と言えない自分を押し切って、やっとこさっとこ「わかった。」と短く答えた。

「いつか僕も君のように落ち込む日がくるだろう。そしたら、その時は、君が同じように励ますんだよ。」と付け加えるジョージ。

それから、二人で手をとって、神様が力を与えてくださるように祈った。

3日目の昨日。午前中、点滴に行き、T-DM1を受けながら、聖書を読んだ。午後は新しく始まる女性聖書勉強会のミーティングに参加し、夜は日曜学校のレッスンプランをたてた。

「あなたは私のもの。私はあなたの名を呼ぶ。

深い水の中を通るときも、困難に出会うときも、わたしはあなたと共にいる。

悩みの河の中を通っても、あなたはおぼれはしない。

火の中を歩いても、焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。

私は主、あなたの神、イスラエルの聖なる神、あなたの救い主。

。。。。。。

私の目にあなたは高価で尊い。私はあなたを愛してやまない。

恐れるな。私はあなたと共にいる。」—イザヤ書43:2−5)

点滴の副作用で眠れない夜、心にしみる聖句にまた涙を流している。

 

 

 

子を亡くしたマリアのこと

聖書クラスで、イエスの母であるマリア懐妊(ルカ1章)の話を読んだ。

マリアは13−14歳で、ヨセフと婚約中だった。当時、この年齢での結婚は珍しくなかったらしい。

聖書によれば、天使ガブリエルから神の子を身ごもることを知らされると、マリアは、「どうしてそんなことが?!」と驚きながらも、「こんな身分の低いものを選んでくださって」と感謝し、「主の御心のままに」と、素直に受け入れる。

イエスの母、マリアはカソリックでは聖母と呼ばれ、イエスに劣らず、崇められているけれど、プロテスタントの教会では、マリアはあくまでも人であり、カソリックほど大きな扱いはしない。

でも、今週はそのマリアのことをいろいろ考えている。

神の子の母となる大役をつかわされて、彼女はどんな気持ちだっただろう。
同じルカの書によれば、彼女はイエス受胎を多いに喜んだとある。

従順で、謙虚で、そして深い信仰を持っていたのだろうと想像する。

神に選ばれたことは、確かに喜びに絶えない、最高に名誉なことに違いなかったわけだけど、神に選ばれた他の「聖者」と同じように、マリアも想像もつかない辛苦を味わうことになる。

我が子の死刑を、辱めを受け、十字架の上で苦しみ死んでいく息子をみつめなければならなかった。

旧約の中にでてくるアブラハムも、老いて生まれた一人息子イサクを生け贄にしろと神から言われるが、息子を殺そうとする直前に、天使が現れて、「もうよろしい。おまえの神への忠誠心はよくわかった。」と、それが信仰を試すテストであったことを知らされる。

アブラハムはイサクを失わずにすんだのに、マリアの前にはイエスの死刑を止める天使は現れなかった。

3日後にイエスが復活して、彼女の悲しみは再び喜びへと逆転したに違いないけれど、マリアは、子供を亡くす多くの母親の悲しみ、死んでいく我が子の前で、無力である空しさ、絶望感を体験したことになる。

苦しみに喘ぐ息子の前で、それでもマリアは信仰を持ち続けただろうか?

アブラハムのように、「神様は決して間違いは犯さないはずだから。」と信じ続けただろうか?

救い主の母という大役のために選ばれたマリアだから、「助けてください!」と心が引き裂かれる思いで祈りながらも、きっと、神を信じ続けたことだろうと思う。

深い悲しみや恐怖の闇に突き落とされた時、私たちを支えてくれるのは、やはり、天地を創造し、私はあなたを決して一人にしないと約束してくれた神への信仰なのだと思う。そして、イエスとマリアの多大なコストによって、死が破られたから、イエスが蘇ったように、イエスを救い主と信じる者は皆永遠の命を約束されている。

神様はいつだって素晴らしい!

明日(?)CT結果

一週間がなんと速いことだろう。

先々週の血液検査で血小板の値が低すぎて点滴を延期したので、ペパーを見送った月曜日、再び血液検査に行った、結果は91。100まで届いて欲しかったけれど、一応点滴に必要な最低値75を越えたので、火曜日は予定通り点滴を受けた。

T−DM1の量を83%に減らし、その上3週間毎のはずを4週間に延期したのだから、私の計算が正しかったら、体に入った点滴量は60%近くまで減ったことになる。それでも、歯をみがくと血が出るし、土曜日になったら目から出血しているのに気がついた。たぶんまた血小板が低下しているのだろう。

点滴の後にはいよいよ前回の怪しい小瘤が癌なのかどうなのかを確かめるCTを取った。明日あたり結果が届くんじゃないかと思ってる。

クリスマスシーズンで、人を呼んだり、呼ばれたり、楽しい時間ももちろんあるのだけれど、先々週はペパーのことで頭は一杯で、その上、世の中、クリスチャンの信仰を脅かすニュースが相次いで、それが私生活にも及びはじめて、CTの結果を心配する暇もなかった。けれど、これでCT結果も悪かったら、ストレスは倍増すること間違いなし。

でも聖書は

「艱難に出会うときには、喜びなさい。なぜなら、艱難は忍耐を生み、忍耐は品性を生み出し、練られた品性は希望を生み出し、この希望は失望に終わることがない。神の愛が私たちの心に注がれるから。」(ローマ書5:3)

と言い、そして、

信仰のために苦難に出会うのであれば、それはイエスの受けた苦しみをわかち合うことであって、最後には彼の栄光を分かち合うことになるのだから、喜びなさい。貴方を創造された神を信頼しなさい。神は決して貴方を見捨てない、(ペテロ第一の手紙4:13−24)とも。

やっぱり頼るところは”天の父”しかない。

 

 

 

終わりよければ始め良し

気温は20℃。空には雲一つない晴天が広がり、街道の木々は黄色や赤に色を変えた葉を依然つけてキラキラと輝いていた。

2014年の元旦も、その前日の大晦日も、とても美しくて、穏やかな天候だった。

元旦、ジョージとビーチを散歩しながら、つくづくこの気候のよい南カリフォルニアに住めることを感謝したけれど、きっとこれは、素晴らしい大晦日を過ごせ、心も幸せ気分だったからだと思う。

 

大晦日は日中、渡米臓器移植支援を通して出会った、8年前に心臓移植をされ、日本から旅行にいらしたクリスチャンのご夫妻と再会した。夜は友人たちと、以前から約束していた心臓手術の成功、ジョージの声帯治療の成功、そして、私のCT朗報祝いを兼ねた忘年会を過ごした。

楽しくて、友達の信仰に勇気づけられて、2013年を締めくくるのに最高の日だった。

「始めよければ終わり良し」ということわざがあるけれど、私の場合は逆。終わりがよくて、新年に向けて多いに希望が湧いてきた。

Psalm 1

“神の戒律を喜びとし、朝夕にそれを瞑想する人は、流れのそばに植えられた木のようである。季節ごとに実を結び、葉は枯れることがなく、何をしても栄えるだろう。”(箴言1:2−3)

今朝、上記の聖句を読み、私もこんな枯れることなく、豊かに実を結ぶ木のようになりたいと、真に思う。きっと今年もいろいろな試練が待ち受けているだろうけれど、連日続けて、「そばにいるよ」という神様のサインをいただいているようで、心は晴れ晴れ。出だしは快調!

神様はいつだって素晴らしい!