セカンドオピニオン

次の抗がん剤はナべルビン

UCLA大学病院を訪問

腫瘍科主治医がフロリダにまでも私の抗がん剤を見つけるために意見を求めてくれている間、私とジョージも第二オピニオンを求め、ハーセプチンの生まれたUCLA大学病院腫瘍科、Dr.Graspyを訪ねた。

「きみは地図からはるかに外れているからね。何が効くかというのは難しい質問なんだ。」と、まず言われる。

でも、ドクターによれば、化学療法の目標は再発を抑えることだから、再発をみるまでは抗がん剤が失敗したとは言えないのだそうだ。

大きな腫瘍は消えなかったが、もしかしたら私の試みた抗がん剤は転移を抑えていたかもしれないとおっしゃる。そして、以下のことを助言してくださった。

アドバイス要約

1.私の癌がHER2 陽性なのかどうか、再度調べること。(検査方法によって結果が違う場合がある。)陰性とでたなら、ハーセプチンは無効。

2.HER2 陽性であるなら、次の化学療法としてナべルビン(Navelbine) とハーセプチンを推薦。 ハーセプチンは1年のみならず、出来る限り長く続けること。(彼の患者さんの中には再発をみないまま、14年間ハーセプチンを続けている方がいるそう。)

3.TOPOテストという遺伝子テストをし、それが陽性であれば、アドリアマイシン(Adriamycin)を使う価値はあるが、そうでない限りこの薬は心毒性が強く、ハーセプチンとの組み合わせではさらに心臓に影響を与える確率が高くなる。

4.放射線療法は私の生存率を高める。必須。

5.栄養剤は飲んでも抗がん剤の効果を邪魔することはない。癌が治るかもしれない、再発を抑えられるかもしれないと気分がよくなるならそれも一つの効果。

6.再発がおきた場合でも、癌を打つ手はまだある。

月曜日から再スタート

本日以上の事柄を主治医に持ち帰り、彼女の集めた情報とあわせて検討。その結果、1と3のテスト結果がでるまで、とりあえず月曜日(10/11)よりナビルビンから再スタートすることにした。

乳がん治療の最高峰の医師からも意見が聞けて深く感謝。

再びUCLAへ

予約の時間から待つ事2時間。診察室に通されても、なかなか先生がこない。なにしてるんだろうと、開いたままの診察室のドアから外をみると、Dr。Glaspyが眼鏡をかけて机に向かっているのがみえた。あー、先生私のカルテを見てくれているんだ。。。先生はこの部屋にまだ入ってこないけど、私の診察はすでに始まっているのだと思ったら、待ち時間は全く気にならなくなった。

UCLAは昨年乳房全摘手術の後の病理検査の結果、抗がん剤をやり直しするようにと言われ、第二オピニオンを求めに来たとき以来6ヶ月ぶり。

診察室に入ってこられた先生はまず、私の脇の下を触診。それから以下のことを推薦された。

放射線療法、ハーセプチン&タイケルブ

1)まだがん細胞は脇の下に残っているだろう。できるだけはやく放射線療法を開始して、これをたたきなさい

2)癌が他に散っていないのは、ハーセプチンが功を奏しているから。タイケルブと兼用したら、効果はさらに高まる。ハーセプチンを止めてはならない。あと1年は続けなさい。

3)ナベルビンとハーセプチンの組み合わせは最強の組み合わせだった。それが終わった今、抗がん剤のゼローダは必要ない。ゼローダはナベルビンほどの効果が期待できないから。

4)タイケルブで心配すべき副作用は下痢である。下痢がひどくなったら服用量を減らせばよいが、下痢をコントロールできることを祈りなさい。

5)ハーセプチンは私の心機能に影響を与えてはいない心機能が上り下がりするのはよくあること。アドリアマイシンとの兼用では要注意が必要だが、そうでない現在、自覚症状がない限り、MUGAスキャンの結果は心配しないでハーセプチンを続けなさい。

6)まもなく(恐らく来年までには)素晴らしい新薬TーDM1が許可される。これが出たら、HER2陽性乳がんはもう恐れずにすむであろう。1年たって、まだ癌が残っていても、この新薬が待っている。

7)癌は消えていなくても、抗がん剤が効かなかったと思ってはならない。転移、再発を抑えることが抗がん剤の目的で、癌はまだリンパ節で止まっているのだから。

流石、アメリカのトップを行くDr. Glaspy。彼の意見は斬新で、希望がもりもりと湧いて来た。 全面的にDr. Glaspyと協力体制をとってくれるカイザーの医師たちにも感謝。

勝利は近い!

下はYOUTUBEで見つけたDr。Glaspy。

子供のころおばあさんが乳がんでなくなったことが医師になる大きな動機となったこと。乳がんの研究は目覚ましく、全てが整いつつある。自分が亡くなるまでに乳がんは解決される、孫たちは、乳がんを恐れる必要がなくなるだろう,勝利は近い、我々は間違いなく勝つと語っている。

タイケルブの次の策

UCLAのDr。Glaspy に湿疹を引き起こしているタイケルプについて再び質問に出かけた。

診察に先だち問診をした助手と一緒に診察室に入ってこられた先生は首を左右にふりながら深刻な表情で私をごらんになった。

私に必要なのはT-DM1

タイケルブがあわないとなると、次に考えられるのは新薬のT-DM1。しかし、この薬はまだ正式に世に出ていない。それが先生の首を左右にふらせた理由のよう。

5錠を2錠に減らし、タイケルブに少しでもからだが慣れてくることを期待していたのに、先生は、この湿疹がアレルギー反応だとしたら、体が慣れる前に、ショック死を起すかもしれないと、恐ろしいことをおっしゃる。

「次に湿疹が出たら、もう飲むのは止めなさい。」と。

「T-DM1は君のような患者のための薬なんだ。手に入るものならすぐにも君にあげたい。」と、先生。私もすぐに欲しいです!

UCLAでは、このT-DM1の治験が近い将来実施されるらしく、それに参加できるよう2ヶ月おきに電話して確かめなさい。或は主治医を通して、薬を特別に認可して欲しいと,製薬会社に懇願する手もあると、希望的観測。

T-DM1にたどり着くまではアバスチン

しかし、それが実現しない間はどうするかということで先生の口から出て来た薬の名前はAvastin (アヴァスティン)。

この薬、ハーセプチンと同じ、抗体薬(分子標的薬)なのであるが、実はこれ、数ヶ月前、ニュースで、効果よりも害の方が多いので、乳癌の適用薬から名前をはずされることになると聞いた。怖い薬がなくなってよかった、と思った札付きの薬なのだ。

そのことを質問すると、認可を取り消されるかどうかという段階にあるのは確かだが、この薬が危険だというのは、おおげさで、先生はあくまでも効果があるとおっしゃる。

ただし、高血圧になったり、血栓ができたり(これが脳にとべば脳溢血、心臓にできれば心筋梗塞をおこすことになるらしい。)腎臓にたんぱく質がたくさん溜まって、腎不全を起す可能性もあるとのこと。

やっぱり怖いじゃん!と思うけど、ハーセプチンだけでは、目にみえない癌が成長してくるだろうと先生。

家に戻ってHerceptin/Avastinで検索してみたところ、Dr。Glaspyによるこの組み合わせで、余命2ヶ月といわれた乳がんから救われた女性のニュースをみつけた。

教会のカレンのご主人は脳癌を2年近く煩っているが、Avastinで癌腫が小さくなっているとも聞いている。

Avastinで効果がでた、副作用は怖くなかった、という情報を集めたら、不安が消えるだろうか?

仮に恐ろしい副作用が出たとしても、それが一つのデーターとなって後世の役にたつのであれば、それも意味があるかもしれない。

神様、次の冒険も、あなただけが頼りです。私に前に進むたくさんの勇気をください!

ハーセプチン&タイケルブ「もう半年続けなさい。」

今後の治療について、セカンドピニオンを求めて、UCLAに4度目の訪問をした。

ハーセプチンとタイケルブのコンボを始めたのは昨年4月。予想されていた副作用の下痢は克服したものの、ひどい湿疹が体中にあらわれて、タイケルブを何度も中止。量も5錠のところを2錠に減らし、少しずつ体を慣して、再び5錠にひきあげたのは昨年8月だった。それから数えて6ヶ月後の2月末で、いよいよこの抗がん剤療法も終了すべきかどうか、それが今日の訪問の焦点だった。

Dr.グラスピーは、まず12月のPETスキャンの結果を喜んでくださる。

「君の癌は初発で、転移はなかったけれど、かなり進行していたから、完治は無理かもしれないという思いがあった。それが少なくとも目にみえる腫瘍はなくなったのだから、僕も大変うれしいね。」

「でも、僕が君だったら、あと半年は続ける。」

「自分よりでかい奴と殴り合いをしたら、相手を倒しても、徹底的にノックアウトするまでは立ち去るべきではない。そうでないと、相手はすぐに立ち上がって仕返しをしてくるだろう。」

「癌がハーセプチンやタイケルブに耐性をつくってしまうということはないですか?」と質問すると、

「その可能性はあるかもしれないが、効果がでているものをここで止めてしまって、癌がぶり返してくる方がもっと心配だ。まだ君の体の中に癌は残っていると思うよ。」

これから登場してくると噂されている新薬についても質問してみる。

「ハーセプチンが効かなくなったら、同じハーセプチンを使った新薬TDM-1もダメということはないですか?」

「大丈夫。ハーセプチンとTDM−1は別もの。」

「主治医は長期の投薬で、心臓に与える影響を心配しているんですけど。。?」

「その可能性も確かにある。心臓の定期検査は続けなければならない。でも、心臓に悪影響がでるとすると、長期使用後というより投薬初期なんだ。」

「ハーセプチンが効かなくなるというのは、むしろ癌が脳に転移した場合に起きる。ハーセプチンは脳に入れないからね。でも、タイケルブは脳への転移にも効果があるんだから。君の場合は安心していいんだよ。」

「心臓が悪くなった、副作用がこたえる、というんなら治療もうちきらなければならない。医療費(ハーセプチンとタイケルブのお値段は保険なしでは月1万ドル以上)も継続するとなれば問題だろう。でもまだパンチできるなら、手をゆるめるな。パンチし続けろと言いたい。」

Dr.グラスピーの話を聞きながら、そうか、そうか。やっぱり私の癌はタダモノじゃなかったんだ。と、ヒヤッとすると同時にここまで乗り越えられてきたことが改めて奇跡のように思えた。

「去年6月に会ったときに、『半年後に、副作用をのりこえられ、癌が抑えられたら上出来。』と言ったのを覚えているだろう?その通りになったんだから、これ以上うれしい結果はないよ。」

Dr.グラスピーの言葉が「奇跡」という思いをさらに強めてくれる。

「ありがとうございました。」と、心からのお礼を言って、病院を出た。

Dr.グラスピーに何度貴重な分かれ道で救われたことだろう。私の主治医がいるカイザー病院では、なんと手厚く治療をしてもらってきたことだろう。退職した学校区では医療費の心配をしなくてすむ保険を与えてくれ、退職後も同じ保険を失わずにすんでいる。

今日の午前中、ジョージ率いるESL(英語を第二外国語とする人たちの)聖書クラスで、Grace(恵み)とは、返礼できないほどの、理由もないのに受けとるBlessing(神様からの祝福)と勉強したけれど、私はまさに、そのGraceを経験しているんだと、神様の愛がじわじわと骨の芯まで感じられてきた。

先のことは分からない。癌は戻ってくるかもわからない。副作用で体が参ってしまうかもわからない。でも、神様は「今」をくださっている。与えられたこの貴重なギフトを、精一杯神様に喜んでいただけるように使っていかなきゃ。スタートラインに立つ走者のように、希望とやる気が久しぶりに湧いてきた。

揺れた一週間

期待はずれのUCLA訪問

肺転移がはっきりして、癌闘病の局面はすっかり変わってしまった。

突破口を見つけるんだ!と思って訪問したUCLA。でも、ドクターとのミーティングは期待はずれに終わってしまった。

「TDM−1をあげれるものならあげたい。でも、君はタイケルブを取っているから治験参加資格がないんだ。しかたがないから従来の抗がん剤にもどるしかない。アバスチンはどうした?」

「アバスチンはもう乳ガンのリストから名前を外されましたから。。。」

そう答えたら、それには何も言わず、次に薦められたのはゲムシタビン。

「癌が治るという確証があるなら副作用が辛くてもしかたがないが、そうでないなら体に少しでも優しいほうがいいだろうから。」

「パクリとハーセプチンで肺に転移した乳ガンを抑えた方がいるんですけど、パクリはどうですか?」

「試したければかまわないが、副作用が辛いぞ。」

6週間ゲムシタビンを続けて様子をみる。ダメなら他にも試してない薬はあるのだからそれらを試したら良い。

結局、TDM−1に手が届かなければ、これといった名案はないのだという印象を受けて帰宅した。

 追いつめられた重圧

夜、崖っぷちに立たされている自分のイメージが頭に浮かび眠れなくなった。

介護老人ホームから老人病院へと移されていった父もこんな恐怖を感じただろうか?

人工心肺器に頼りながら、いつくるかわからないドナーを待った臓器移植の患者/家族の方達も、こんな重圧を毎日感じていたのだろうか?

何度も起きて、聖書を広げてみたけれど、心が集中しない。

しかたがないので、ただひたすら祈った。

ばん回!

T−DM1のみが私に希望を与える薬であるならと、ジョージはT−DM1を「懇願」という手で手に入れると、友人、知人に応援を求めるメールを打ち始めた。

 

そして、アニーからの激励の長いメール。(アニーは若いとき、突然旦那が二人の子供を連れて雲隠れ。以来70歳を越える今日まで一人暮らし。ベトナム戦争によって負傷,7回以上に及ぶ手術の末、四肢麻痺となった弟がいる。わずかな収入で細々と生活しながらも、素晴らしいキルトで障害者や癌患者支援のNPOを続けている。)

「いったことのないところへ一人で足を踏み入れていかなければならないと想像することはもちろん怖いよね。でも、神様は私たちと一緒にその一歩、一歩を歩いてくださる。神様は私たちの羊飼いであり、私たちを憩いの泉に導いて休ませて下さる。

一日、一日を、今日がこの世の最後と思って生きましょう。そうしたら、人生で大切な事を忘れずに実践できるから。壊れた関係を修復する。大切な人たちに、どんなに感謝しているか伝える。行く所々で親切な行為にエネルギーを注ぐ。それが私たちの命のエネルギーを新たにするのだから。。。。」

主は私の羊飼い。

私には乏しいものがありません。

主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。

たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。

あなたがいつも私と一緒におられますから。

あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。

わたしを苦しめる者を前にしても

あなたは私に食卓を整え、私の頭に香油を注ぎ、

私の杯を(祝福で)溢れさせて下さいます。

まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。

私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。

 

後にイスラエル建国の王となるダビデが、命を狙われて洞窟から洞窟へと逃げ回っていた死と隣あわせのとき書いたとされる詩編23。

 神様が、この先の見えない暗闇の中にも、私に心の糧を与えてくださり、愛と勇気で満たしてくださることを感じながら、新しい週を迎える。

 

 

 

 

ハーセプチン生みの親、Dr.スレイマンを受診

ハーセプチンを発明したUCLAの腫瘍科医、Dr.Slamon (スレイマン)への受診が昨日、ついに実現した。

“Living Proof (邦題「希望のちから」)”というハーセプチン誕生までを物語る映画の中の主役Dr.スレイマンは若いやせ型の医師だったので、同じようなイメージを抱いてワクワクしながら出発。でも、現実のドクタースレイマンは大柄の、大変貫禄のある50代と思われる先生だった。

午後1時からの予約に、ほとんど時間通り、診察室に現れ握手を求められると、この方が乳ガン治療に革命を起こした巨頭と、いたく恐縮した。

すでに私のセカンドオピニオンを取りに来たという受診目的をご存知で、質問をされる代わりに、10月のCT結果をみて、「癌がまた活動化した可能性があるね。」とおっしゃる。

「主治医はただの風邪のせいかもしれないと言ってるんですけど。。」と口をはさむと、「医師は最悪の状態をいつも想定していなきゃいけない」と、さっそく癌が動いているという想定のもとに話が始まった。

ドクタースレイマンから薦められたことは以下の通り。

1)次のCTをできるだけ早くとって、怪しい陰が癌かどうかを確かめる。

2)パクリの副作用が強そうだけれど、これは悪化するときはドッと急激に悪化するので、減量ではなく、もう今の時点で止めた方がよい。代わりにゼローダを使用。

3)癌が活発化しているならば、一番望ましい薬はやはりT−DM1。(T−DM1が市場に出てくるのは今のところ来年2月末か3月上旬と噂されている。)

4)T−DM1が使えるようになるまでは今年6月に認可されたPerjetaをハーセプチン+ゼローダと一緒に使ってみる。

5)癌が安定しているのなら、ハーセプチン+タイケルブ+ゼローダをできるだけ長く試してみる。

6)ワクチンについては未だ良い結果が治験から得られていないが、癌耐性を抑えるIL6抑制剤の治験は期待できるかもしれない。

怪しい陰が癌かもしれないと分かっていたつもりでも、Dr.スレーマンからも同じことを言われてやはり緊張。
パクリを今すぐ止めなさいと言われて、この副作用も、そんな深刻なの?!と、緊張。
私の癌に効く薬はなかなか見つからないようだけれど、ゼローダは効くだろうか?
T−DM1が出てくるまであともう少しなのに、また参加できる治験探しをしなきゃならなくなるのだろうかと、しばらくのんびりしていたのに、現実に呼び戻された。
でも、貴重な意見をいっぱい聞けて感謝。

帰宅して、さっそく主治医にメール報告。クリスマスまでは癌のことは忘れていられると思ったけれど、なんだか、またローラコースターが動きだしそうだ。


ドクタースレイマンを主役としたハーセプチン誕生までの実話に基づいた映画“Living Proof” (邦題 「希望のちから」)は2008年の作品。

ドクタースレイマンが手術

13日にハーセプチンを発明したドクタースレイマンに第二オピニオンを取りに行く予定だったのに、前日突然電話があって、「ドクターが本日手術をしたので明日の外来はキャンセル」と言われた。

電話では簡単な手術だったから心配ないとの話だったけれど、彼のように巨大なお医者様は神様みたいに不死身で、病気など縁がないと思ってしまっていたのでびっくり。

先生も恐らく60近いお年。その上、世界中を講演で飛び回っていて、さぞ過密なスケジュールをこなしておられるだろうから、病気になったっておかしくない。

数日して予約が11/20に変更と連絡が入り、よかったと思っていたら、またも今朝電話で、ドクターがまだ回復途中なので、明日の予約もまた延期と言われた。

何の手術だったのだろうと気になりながらも、質問するのもためらわれ、ただ、「先生大丈夫ですか?」と聞くと、「大丈夫です。」と簡単な返事。

まだ手術から1週間だから、開腹手術だったら確かに仕事復帰までそのくらいの時間は必要だろうと思いつつ、2回もキャンセルになってやっぱり気になる。

たいしたことないと良いのだけど。

先生にはまだまだ活躍していただかなきゃ心細いから、本当に「大丈夫」で、一日も早く元気になって、また仕事に専念できますようにと祈る。

出てきた治療終了の可能性

先生が手術されたことでのびのびになっていたドクタースレイマンとの予約がやっと本日実現した。

サンタモニカにあるドクタースレイマンのオフィス。ドクタースレイマンは昨年、乳ガン幹細胞をやっつける研究でノーベル章医療部門で候補の一人となったと、ニュースで読んだ。

サンタモニカにあるドクタースレイマンのオフィス。   昨年のニュースによると、ドクタースレイマンは乳ガン幹細胞をやっつける研究でノーベル賞医療部門候補の一人となった。

11月の予約が2度キャンセルされてから、病院からなかなか連絡がなかったので、ずっと先生の体調を心配していた。けれど、手術の理由はアキレス腱を切ったからだったとか。たいしたことなくてよかった!

 

今日の面談の焦点はいろいろでてきた副作用対策としてのキモホリデーについて。

「どんな副作用があるんですか?」と聞かれ、

「血小板減少と、AST(肝臓、心臓機能等の目安となる酵素)の値の上昇。体の硬直感や手足のしびれ、それから最近になって出て来た乾燥肌とかゆみ等です。」

と答えながら、血小板とASTの数値を現す表を見せた。

「血小板はまだ心配いらない。でも、ASTの値は増え方が加速しているから、このままT−DM1を続けると、さらに増えて問題になるだろう。T−DM1は中止して、ハーセプチンとパージェタに切り替えることを勧めます。」

カイザーの主治医は1−2ヶ月T−DM1を中止して、体を休め、それからまたT−DM1を始めては、と言い、私もそれに気持ちが傾いていた。

でも、ドクタースレイマンは、治療は継続するべきという考え方。ハーセプチンとパージェタなら、血小板や肝臓への副作用はないという。

影響がでているこの2種の数値が少なくとも正常になるまでハーセプチン+パージェタを続け、癌が活性化するようであれば、またT−DM1にもどす。或は、パクリを加える。そのまま調子がよければずっとハーセプチン+パージェタを継続する。

「ずっと」とはどれくらいのことか?という質問には、

5年寛解が継続したら終了という医師もいるけれど、自分は3年と思っている、とおっしゃる。ということは後1年半ということ!

話題のワクチンについても質問してみた。現在ワシントン州のシアトルで、治験がおこなわれているらしい。測定可能な癌がなくても、私が希望するなら、恐らく治験に参加できるだろうから連絡してみたらよい、とおっしゃった。でも、ワクチンが効果あるかどうかはわからないので、ワクチンを受けたとしても、ハーセプチンとパージェターは続けるべきとのこと。

「正しいことをされてきたと思います。このままの調子でいけたらきっと大丈夫でしょう。」と、最後はうれしい言葉をくださった。

次は、17日の金曜日に主治医と面談があるので、今日のアドバイスをもとに今後の方針について話し合う。

まだまだ油断はできないけど、なんだか治療終了も夢でないような気がしてきた。

信じられないけど、夢が夢で終わらないといいな!

 

 

ドクタースレイマン(ハーセプチン発明者)再訪

14日、1年ぶりにUCLAのドクタースレイマンを訪れた。

ドクタースレイマンはハーセプチンを生み出し、それまで予後の悪かった乳ガンHER2+の患者の生存率を画期的に変えた、医学史に名を残すお医者様。

ハーセプチンがなかったら、私はとっくの前に死んでいただろう。

そんな偉大なお医者様に第二オピニオンを聞きに行ける私は本当にラッキー。

今回は、末梢神経傷害を起こしている抗がん剤パクリを中止した場合の次の手を相談するのが目的だった。

質問用紙に、末梢神経傷害対策として、パクリの量を減らすという案はどうだろう?と書いたのだけど、最初先生は、「それも手かもしれない。」とおっしゃった。

でも、病室の中をかかとやつま先で歩いたり、目を閉じてバランスをとったり、握力や反射神経等、その他いろいろな診察を受けると、「パクリはもう止めなさい。」とおっしゃった。

自分でもこれ以上悪くなると深刻かも、と思っていたので、これは予想内のこと。

でも、意外だったのは、「パクリを止めて、ハーセプチンとパージェタだけにしなさい。」と言われたこと。

2年間の寛解を続けた後、癌が再び動き出したのは、このコンボを使っているときだったから。

それを言ったら、

「CT結果が続けて安定しているからです。癌が成長したら、その時はゼローダを加えることを勧めます。そして、その後はT−DM1(カドサイラ)。」

「どちらもすでに試していて、副作用が進行して止めました。他の案はありますか?」

と問うと、副作用がひどくなる場合は薬の量を減らしてみる。その他の案はまたその時に考える、というお返事。

私は強力カードを全部出してしまったから、後はこれらをだましだましできるだけ長く使わなければならない、ってことなのか、或は

癌の治療というのは、副作用とのにらめっこなので、癌が進行するのは時間の問題と分かっていても、副作用から逃げるために敢えて休息したり、減量したりするってことなのか。。。等と考えさせられている。

診察が終わって、診察料を払おうとすると、本来なら何百ドルとかかるのに、請求されたのは100ドルもしなかった。保険外で全額自己負担の患者にこのような特待をかけてくださるのはドクタースレイマンだからこそ、と、受付の女性が教えてくれた。

ハーセプチンの発明でノーベル賞候補にまでなった世界レベルのお医者様は、どうやら人徳もトップレベルということのよう。

こんなに素晴らしいお医者様に診ていただけて、し、あ、わ、せ、!

 

慢性感染のその後

恐らく慢性感染だろうと言われた歯インプラントの下の治療がやっと20日に決まった。

治療医を、信頼できなかった口腔外科医からインプラントを入れてくれた歯科医に変更したものの、癌の可能性を打ち消す生検をどうするかで、先週は二転三転、忙しかった。

インプラントの下の骨は顎の骨ということなので、ここに癌転移の可能性があるならと、腫瘍科医は顔の整形外科医を紹介してくれた。

私の保険はカイザー病院保険なので、同列病院でなければ適用せず、紹介先は、自宅から片道1時間の距離にあるデズニーランドのあるアナハイムカイザー病院となった。

少し遠いけど、予約は先週月曜日で取れた。

一方、生検のための組織サンプル摂取をお願いすることにした歯医者が、カイザー病院病理科に生検を依頼できるかどうか尋ねると、整形外科医でなくても、腫瘍科医が許可すれば、できると言われたと言う。

それで、今度は腫瘍科医にEメール。整形外科医との予約をキャンセルしてもよいかという質問も含め、この旨伝えた。

ところが、腫瘍科医からの返事は遅れ、予約キャンセルについてはっきりした返事がないまま月曜日になってしまった。

この間、土曜日、私の留守に、整形外科医から電話があって、なぜアナハイムまでわざわざくるんだと言ってきたと言う。

アナハイムまでのドライブが重荷になっていた私は、この伝言に、生検許可は、整形外科医に頼まなくても腫瘍科医に頼めと言ってるんだと解釈。月曜日の朝、メールはまだこないけど、腫瘍科医もきっと了解してくれるはず、と見込んで予約をキャンセルした。

すると、午後になって、「病理科は『カイザー病院外の医師からの生検依頼は受け付けない。』と言っている。整形外科医との予約はキャンセルしろという意味ではなかった。」と、腫瘍科医から予想外の返事が届いた。

え〜?!また振り出しに戻っちゃったじゃん!

と、大きなため息。

口腔外科医は癌の可能性を取り消したし、腫瘍科医は歯医者次第、歯医者は腫瘍科次第と言った生検のこと。もういい!止めた!と思ったのだけど、翌日になったら、予約キャンセルをした患者のために、再予約を取るようにというオートメーションの録音電話がかかってきた。

それで、これは神の助けかもしれないと思い、再度予約取り直しの電話をした。

歯医者との予約をすでに20日で取った後だったので、整形外科医との予約がそれ以前に取れなければ、生検はしないつもりだったのだけど、すんなりと、翌日の金曜日(13日)で予約が取れた。

13日、”花の金曜日”の交通渋滞と格闘しながらアナハイムまでドライブ。

整形外科医は問診後、歯のCTスキャン画像を見て、「癌じゃないだろう。たぶん慢性感染。でも、生検をしたいのなら許可を出すよ。」とおっしゃってくださった。

アシスタントからホルマリンの入った組織サンプルを入れる容器を受けとると、歯医者が組織を収集後、サンプルを再びアナハイムの病理科まで届けるようにと言われる。

「アナハイムじゃなくて、家の近くのカイザー病院に届けるのはダメですか?」

と質問すると、アシスタントは、「それは私にはわからない。」

「誰に聞いたらわかりますか?」と聞いても、それも「分からない。」の一言。

「それではまた来ます。」

そう言って帰ってきたけれど、やっぱり納得できず、またあちこちメールを打っていた。

すると、昨日整形外科医からメールが届いた。

「金曜日はゆうずがきかずに申し訳なかった。トーランス(私の住んでる町)の病理科を利用することは少しも難しいことじゃないと思う。またすぐ連絡します。」

そして、今日、トーランスの病理科を利用できるとの確認メールを受けとった。

アシスタントのやり取りをそばに立って聞いていた整形外科医は私に同情してくれたのかもしれない。

慢性感染の治療は治すのが大変なんじゃないかという質問に、「感染部分は歯の下のほんの一部だけだから、大丈夫。治療可能」と答えてくださり、これもほっとさせられた。

長いドライブだったけど、行った価値があった。

口腔外科医が「癌かもしれない」なんて言うから、話がややこしくなってしまったけれど、やっと問題は解決して、後は20日の治療に臨むことになった。

ドアが開いた

5月に予約を申し込む電話をして、待つ事3ヶ月。いよいよドクタースレイマンと会う日が来た。

待合室で待ち、診察室に入ってからもさらに1時間ほど待つ。一緒に行ってくれたジョージが、「この5年半、待つことばかりだね。」と言ったけれど、確かに、診察を待ち、検査を待ち、検査結果を待ち、そして、癌を抑える夢の薬を待っている私。

試練は耐えること。スレイマン先生のところには、きっと、私みたいに打つ手がなくなったり、サジをなげられたりした人たちが、大勢先生を頼ってきているに違いない。ノーベル賞候補にまでなった超トップの先生に見てもらえるんだから、どんなに待たされたって文句など言えない。

そして、ドアをノックする音が。。。助手の若い女性と一緒に部屋に入ってこられた先生は、まるで再会を喜んでおられるかのように、なごやかな笑顔を作って,握手を求められた。

「どうされていましたか?」と聞かれ、癌が成長していること、でも、主治医は策がなくなって、体を休める意味もあり、一月ほど無治療状態であることを伝える。すると、先生の顔が真剣になって、「カドサイラは何回使いましたか?」といよいよ問診が始まった。

結局4つの策を教えてくださったけれど、一番のお薦めは、数週間前に見つけた免疫療法治験だった。

「この治験についてよく調べてごらんなさい。」というお言葉に、

「治験に参加できても、白血球を増やして、点滴の用意ができるまでに6週間から8週間かかると聞きました。そんなに長く、無治療の状態で待っていられないんじゃないかと思うんですけど。」と、聞くと、
「癌の成長はゆっくりだから、待てるかもしれないよ。」とのお答え。

ホント? だったらうれしい!と、パッと目の前が明るくなる。

そして、もし待てないようであれば、寛解に導いてくれたパクリと同じタイプのアブラキサンをハーセプチンと一緒に試してみなさいとのこと。
その他には日本のエーザイが開発したハラベンと、治験薬であるMM302、それから先生が最近、一部のHER2陽性に効果があると発表された、本来はホルモン陽性乳ガンの薬であるアフィニトールも候補に上がった。

どれを持ってしても、癌の成長を抑えられるチャンスは微小だけれど、4つも案を出していただいて、私はすっかり有頂天になって帰宅した。

次の焦点は、治験審査に合格するかどうか。治験参加資格を得たならば、その後には、保険が使えるか、東海岸にあるベテスダまで、何度も往復する旅費や滞在費を確保できるか、実際に点滴を受けるまでの長いプロセスを持ちこたえられるか、等、飛び越えなきゃならない高いハードルはいくつもある。

不可能に近い大きなギャンブルだけど、神様は2年間の寛解を可能にしてくださり、手が届かないと思ったカドサイラも使えるようにしてくださった。この後も、私の命は神様の手の中と信じて、神様の導きを待つのみ。