私を励ます言葉

主は私の腫瘍科医

ジョージの聖書勉強会で、詩編23「主は私の羊飼い」を自分の職業や生活にあうように書き換えてみようという課題が出された。

旧約聖書に含まれるこの詩編は、ダビデの星で有名な、イスラエルの王でソロモンの父だったダビデによって紀元前10世紀頃書かれたものとされている。(ちなみにイエスを生んだマリアの夫ヨセフはダビデの子孫。)

神のことを羊飼いとして書き表したのは、ダビデ自身が王となる前、羊飼いであったからだろう。

もし私がこの詩編にならって表すなら、神様は腫瘍科医。

以下、私用バージョンの詩編23。(オリジナル日本語訳はこちら。)

 

主は私の腫瘍科医。

私には足りないものがありません。

主は私を診察台に横たわらせ、私の全ての不安に耳を傾けてくださいます。

主は、私の体の中の目に見えない超微小な癌細胞さえも一つ残らずご承知だと私を説得し、

希望で満たし、私の力を新たにしてくださいます。

御名のために、私をベストの治療へと導いてくださいます。

乳がんという嵐の中にあっても、

私は副作用も死も恐れません。

あなたがいつも私のそばにいてくださいますから。

あなたの知恵と、技と、愛が、

私を守り、慰めてくれます。

先の見えない不透明な中で、あなたは私のために抗がん剤点滴の部屋を用意してくださいます。

貴方は、私が求める時、直ちにお応えになり、私には十分な治療とケアが整えられています。

まことに、私のこの闘いが終わるときまで、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。

今も、そしてこれからも、私は貴方の手の中にとこしえに私の命を預けます。

 

神様は間違いは犯さない

マザーテレサの本”The Joy In Loving”に見つけた言葉。

「神様は何をされているのか、私には分かりません。

神様のみぞ知ることです。

でも、一つだけ確かなことは、

神様は決して間違いは犯さないということです。」

 

なぜ癌になったのか?   なぜ転移してしまったのか? なぜーーーーーー?

「なぜ?」という疑問はいくつ湧いても、答えは決してみつからない。

袋小路に入ったねずみのように、苦しくなるばかり。

マザーテレサも終わりのない大貧困の中にいて、神様のしていることがわからないと悩んだことがあっただろう。

でも、そうだ!神様は決して間違いは犯さない!そして神を信じる者と、どこまでも一緒と約束してくださった。

それだけ分かったら、それが全ての突破口。

元気を受けとって、さあ、今日も抗がん剤を受けに出かけよう!

 

たとえわずかな確率でも。。

下の話は回覧メールとして転送されてきた話。

2本足で生まれた犬が生き残る確率はどれほどだっただろう?生を否定するわずかな確率に、希望と信仰と愛で打ち勝った犬。この話は、癌闘病者にも通じると強く勇気づけられた。

以下日本語訳

Faith (信仰)と名付けられた犬

この犬は2002年のクリスマスイブに生まれました。

犬はたった2本の足だけで生まれ、当然歩けませんでした。

母犬でさえ、この犬を欲しがりませんでした。
Baby Faith

最初の飼い主は、2本足では生きられないと、安楽死させることを考えました。

でも、Jude Stringfellowさんがこの犬に会うと、彼女は犬を引き取る事を希望しました。

訓練して、歩けるようにしてあげたいと心を決めたのです。

彼女はこの犬に“Faith”(信仰)という名前をつけました。

faith the dog

最初に、Faithをスケボーの上に乗せ、動きを感じさせました。

それからピーナッツバターをスプーンにのせて、Faithに2本足で立ち、ピョンピョンとぶように誘い、できたらご褒美として与えました。Judeさんのもう一匹の犬もFaithを励ましました。

驚いた事に、わずか6ヶ月で、Faithは2本足でバランスをとり、跳ねて前に進むことを覚えました。まるで奇跡のようでした。

雪の中でさらに訓練を続け、Faithは人間のように2本足で歩くようになったのです。

faith the dog

Faith は、今では歩くのが大好きです。どこへ行っても、人々はFaithに魅惑されます。

世界中に噂が駆け回り、新聞やテレビにも登場するようになりました。

Faithのことを書いた、‘With a Little Faith’ という本も出版されました。

映画ハリーポッターに出演の話さえありました。

飼い主のJudeさんは教職を辞めて、世界中にFaithを連れていき、たとえ体は不自由であっても、完璧な魂を持つ事はできる
と伝え歩きたいと計画しています。

faith the dog

faith the dog
人生にはいつも逆風が吹きますが、気持ちを上向きにするためには、違う角度から人生を眺めることが大切です。

このメッセージが新しい考え方を皆さんにもたらし、皆さんが美しい一日、一日に感謝できるようになれたら、幸いです。

心の平安を失うか、保つかの選択

気持ちを上向きにするためには違う角度から人生を眺めてみよと薦める上記の犬の話。

同じような言葉を’The Upper Room(二階の広間)’というクリスチャン月刊誌に見つけた。

ノエルさんはある日突然会社からリストラを言い渡された。数日間、落ち込んだ後、

「神様はこのことから何を学べとおっしゃっているのだろう?」

「どんな新しいドアを開けてくださるのだろう?」と、考え直す。

全ての試練はよりキリストに近づくための招待状と、不安を期待にすり替えた。

不安に心を奪われるままにするか、神に心を託して、平安を保つかは、私たち次第と結論づけている。

天のお父様、心が乱れるとき、失望に打ち砕かれる時、貴方の愛から目を離すことがないよう助けてください!

 強い絆が生存率を高める

先日のGoogle ニュースでは、家族の絆が強い癌闘病者、友人との絆が強い癌闘病者は士気が高まり、そうでない闘病者と比べ、死亡率が低いという研究報告がされたと伝えていた。

犬のFaithが、飼い主から深い愛情をかけられて歩きだしたように、私たち癌闘病者も愛を深めることで生存率を高めることができる!

家族や友人は愛し合い、互いに助けあうためにある。

そして、私たちを愛して下さる神様を愛し返す信仰も、同じように生存率を高めるだろうと信じる。

今日、アメリカは感謝祭。絶え間なく支えてくれる家族、友人に心から感謝。そして、私の人生にこんな素晴らしい人たちを与えてくださっている神様にも深—く感謝!

 
 

癒しの動物ビデオNo.2:神様の愛の気配

「神様を信じたら幸せになれる?」

友達が聞いた。

「そうだったら、信じてもいい。」

とても正直な意見だと思った。

私たちはたぶん誰でも、裕福になって、好きな物を手に入れて、好きなことをして、健康に、何不自由なく長生きできることを「幸せ」と思い、それを願って努力し、願を掛けるんだと思う。

そして、それと裏腹に、災いが起きると、「神様なんていない!」と裏切られたような気持ちになる。

でも、神の子でありながら、人の子として生まれて来たイエス自身、家畜小屋で生まれ、一生家も財産も持たず、ダビデやソロモンのように、国を治めることもなく、わずか33歳で、十字架という極刑に処せられて死んだ。

彼に続いた弟子たちも、皆イエスに従ったからこそ故、迫害され、むち打たれ、投獄され、そして処刑されていった。

聖書は、私たちが描くような幸せは約束していない。むしろ、イエスに従ったら、試練は免れないと警告している。でも、死んだら終わりである富をこの世で得るよりも、愛である神と永遠に生きることの方がはるかに幸せで、イエスに従ったなら、それを得ることができると約束している。

治療方法のない難病にかかった友、余命6ヶ月と宣告された友、何十年も閉ざされた心の病で苦しんでいる友、老いて、光も音も失い、食べる喜びさえも失ってしまった友。。。

まるで絶望の深淵に落ちていくようなときさえも、神様は「決して貴方を一人にしない」と、その暖かい懐に私たちを抱き抱えてくださることを約束してくれている。

それが、聖書を信じる者にとっての希望であり、幸せだと思う。

ダウン症の幼児にそっと近寄って、「君のことが大好きだよ。」とでも語りかけているような犬のビデオを見て、富や長寿は定かではないけれど、どんなときも愛してくれる神様のことを思った。

この犬のように、神様の愛は思いもかけない形で、私たちが弱っているとき、慰めてくれるんだと思ったら、胸がキュンと熱くなった。

このブログから上の画像へのアクセスができなくなりましたが、http://youtu.be/JA8VJh0UJtgから同じ画像がご覧になれます。

イエスのところにおいで

上向きにひっくり返って起き上がれなくなった羊を、根気づよく時間をかけて助ける羊飼いのビデオを見た。

このビデオの中の羊は、上向きにひっくり返ってしまっただけで足が麻痺して動けなくなっており、このまま助けてもらえなければ、じきに死んでしまうのだそうだ。羊は強情なのに、臆病でか弱くて、すぐに病気になったり、野獣に襲われたりするらしい。だから、羊飼いの仕事は大変な労がかかるらしい。
聖書の中で、人間と神との関係は、そんな羊と羊飼いに例えられている。

ジョージが教えてくれたこの歌を聞きながら,起き上がれなくなった羊を一生懸命助けようとする「偉大な羊飼い」である神様のことを思った。

Come to Jesus

(イエスのところにおいで)

by Chris Rice

 

Weak and wounded sinner

弱り果て、傷ついた罪深い者

Lost and left to die

迷い果て、取残されて死んでいく

O, raise your head, for love is passing by

顔をあげてごらん、愛がそばを通るから

come to Jesus

イエスのところにおいで

come to Jesus

イエスのところにおいで

come to Jesus and live!

イエスのところに来て生きるんだ

 

Now your burden’s lifted

今あなたの重荷は担がれ

And carried far away

遠くに運び去られた

And precious blood has washed away the stain—-so

そして尊い血が汚れを洗い流した—————だから

Sing to Jesus

イエスに歌を

Sing to Jesus

イエスに歌を

Sing to Jesus and live

イエスに歌を捧げて生きるんだ

 

And like a newborn baby

小さな赤子のように

Don’t be afraid to crawl

はうことを恐れてはならない

And remember when you walk, sometimes we fall—so

そして、歩く時、私たちは時に転ぶ事がある。——ならば

Fall on Jesus

イエスの上に転べ

Fall on Jesus

イエスの上に転べ

Fall on Jesus and live!

イエスの上に転んで生きるんだ

 

Sometimes the way is lonely

道が寂しくて、

And steep and filled with pain

険しくて、苦痛で一杯なときがある

So if your sky is dark and pours the rain —then

そして、もしあなたの空が暗くて、雨が降り注いでくるならば

Cry to Jesus

イエスに泣き叫べ

Cry to Jesus

イエスに泣き叫べ

Cry to Jesus and live

イエスに泣き叫んで、生きるんだ

 

O, and when the love spills over

そう、愛が溢れて

And music fills the night

音楽が夜を満たす時

And when you can’t contain your joy inside—then

喜びを抑えきれない時は

Dance for Jesus

イエスのために踊れ

Dance for Jesus

イエスのために踊れ

Dance for Jesus and live

イエスのために踊って、生きるんだ

 

And with your final heartbeat

そして最後の鼓動と一緒に

Kiss the world goodbye

この世界にお別れのキスをし

Then go in peace, and laugh on glory’s side—and

それから心安らかに旅立ち、栄光の側で笑え、そして

Fly to Jesus

イエスのところへ飛び立て

Fly to Jesus

イエスのところへ飛び立て

Fly to Jesus and live!

イエスのところへ飛び立って永遠に生きるんだ

訳:和世

勇気をもらった映画

“God Is Not Dead (神は死んでいない)”という映画を見てきた。

どんな内容なのかは知らず、ただ題名に惹かれて、あまり期待もせず出かけた。

でも、思いもよらず、最後まで惹き付けられ、勇気が湧いてきた抜群の映画だった。

神は存在しないことを教えようとする大学哲学教授と、自分の信仰を否定できないクリスチャン生徒が主人公であるこの映画には、普段、誰もが経験する弱肉強食のしがらみやプレッシャー、不公平さ、世の流れや権力に反したとき出会う拒絶等が描かれていた。

しかし、映画に出てくるクリスチャンたちは、そんな環境に置かれながらも、強い流れに飲み込まれることなく、敢えて試練を受け入れながら神に忠実であることを選んでいた。

映画の中の出来事が普段読んだり目にしたりしていることで、とても身近に思えたけど、特に仕事に夢中になっているリポーターが第四期の癌と告知され、ショックを受ける場面はとてもリアルに感じた。

昨日から癌かもしれない頭のコブが気になって、気分が塞ぎがちだったけれど、私が直面している難題は何も珍しいことじゃなくて、誰にでもあること。

人は皆それぞれ、違った試練に出会っている。—————そう思わされた。

でも、神様は私たちから目を離さず、私たちが何を心配しているか、百もご承知。神様は死んでいない!

神様は私の祈りに耳を傾け、絶えず正しい方向に導いてくださっている。

世の中、急速に変化していて、善が悪になり、悪が善になっている。このままでいったらどうなっちゃうんだろうと不安になるけど、神を信じる者は勇気を持って立ち上がっている。

自分のことばっかり考えてないで、神様が私に望んでおられることにこそ目をむけていかないと。。

映画は、私の祈りへの、神様からの返事のような気がした。

映画の中で何度も出てきたせりふだけれど、私も復唱したい。

“GOD IS GOOD ALL THE TIME!”

“神様はいつだって素晴らしい!”

絶望から這い上がったEd

「いつの日か、全てが終わる。でも大切なことは、後どれだけ生きられるかではなく、どう与えられた時間を生きるかだ。」

これは、治療法のない難病ALS (筋萎縮性側索硬化症)にかかった牧師Edの言葉。

日に日に死に近づいて行く自分を感じながらも、生きる目的と希望を見つけた彼のドキュメンタリーをみた。

いづれ歩く力を失い、食事も呼吸もチューブに頼るようになる。2〜5年後には、喋ることもできなくなり死ぬ。ーーーそれが自分の未来と知らされた時、牧師として、大勢の人に希望を与え続けてきたはずのEdは奈落の底に落ちた。

聖書を開くことも、祈ることもできない日々が続いた。

そこから少しづつ、重たい心を引きずるように、Edは、聖書の言葉をカードに書き写し始めた。

「『私は決してあなたを離れない。あなたを見捨てない。』そう主はおっしゃったから、私たちは『主が私を助けてくださる。だから私は恐れない。』と、自信を持って言い切ることができる。」(ヘブル人への手紙13:5-6)

絶望感にどうしようもなくなる度、最初のカードに書いたこの聖句を毎日、何度も何度も読んだ。

息子がイラクに派兵されることになった時は、もう二度と生きて会うことがないかもしれない息子にこのカードを渡した。それから、息子の命と、自分の未来を,切望する代わりに、神に委ねた。

1年半後その息子は無事戦地から戻ってきた。

そして、「このクリスマスが最後かもしれない。もう終わりだ。」と思い、仕事も、生き甲斐も、希望も、全てを失ったと思ったEdも、10年たった今、まだ生きている。

「人は明日のことが不安になると、しばしば今日、目の前にある美しいもの、豊かなこと、満たされていることを見逃してしまう。」

でも、

『空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。』(マタイ6:26)

神が助けてくださっている。自分の人生は、最後の息を引き取るまで終わりではない。

全てがなくなったところから、再びイエスに従って、イエスのように生きたいと望むようになると、同じ病にかかった人達が、一人、また一人とEdのもとにやってくるようになった。

絶望感で一杯だったEdに、神は新しい仕事を授けられ、彼は再び生きる目的を見つけた。

死の恐怖を前にしたら、人の力などたわいも無い。でも、イエスを持って死を打ち破ってくださった神に頼るなら、希望はなくならない!たとえ体は朽ち果てていっても、愛が勇気を与え続けてくれる!

「恐れるな。私が一緒だ。」

力強い神の約束を、私も最後まで忘れないでいたいと思った。

母を亡くした少女の歌

Rhema Marvanne

3歳のとき、母は卵巣がんになった。そして、6歳のとき、母は36歳の若さで天に帰っていった。
2008年11月のこと。

亡くなった母を恋しがる娘(Rhema Marvanne レイマ マーバン)に父はゴスペルソングを教えた。

絶望と、苦しみと、悲しみの後、母が愛した歌と信仰は少女に受け継がれ、レイマはゴスペルシンガーとなった。

死から新しい芽が吹き出した。神様が、絶望を希望に変えられた。

7歳でありながら、人生の苦難と神の恵みを知っているとしか思えないほどの歌唱力。

これからも神様の愛に導かれて、お母さんに負けないくらい身も心も強く、美しい大人へと成長しますように。。。

 

驚くばかりの恵み (Amazing Grace)

驚くばかりの恵みなりき      
この身の汚れを知れるわれに。

恵みはわが身の恐れを消し   
まかするこころを起させたり。

危険をも罠をも避けえたるは   
恵みのみわざというほかなし。

みくにに着く朝いよよ高く      
恵みのみ神を讃えまつらん。」

敵が増えてきた

「主よ、なんと敵が増えてきたことでしょう!右も左も敵ばかりです。大勢の者が、『奴に神の助けなどありはしない!』と言っています。」

3000年ほど前、イスラエルを統一した王ダビデが王座を狙う息子アブサロムに追われて逃亡していたときに残したとされる旧約聖書の中の詩編3章はこんな言葉から始まる。

この詩編を読みながら、何度共鳴したことだろう。

“増えてきた敵“は癌ばかりではない。人生が思いもかけない展開を示し、いくつもの難題が次から次へと襲ってくることがある。

イエスを知る前は、そんなことになったらどうしよう!と、貯蓄や心を強くする心理学、占いにさえも救いの道を求めていた。

「しかし、主よ。あなたは私を包囲する盾。私のうなだれた頭をもちあげてくださる方です。」(詩編3:3)

洞窟から洞窟へと逃げながら、じわじわと攻めよってくる敵の数に圧倒されながら、ダビデは必死で神にしがみついたと想像する。

「私は主を叫び求めた。すると、主は聖なる山から応えてくださった。」(詩編3:4)

「私は横になり、眠りに落ちた。
しかし、無事目覚めることができた。主が私を守っていてくださったから。
私は四方を取り巻く何千という敵を恐れない!」(詩編3:6)

恐怖に負けてしまう代わりに、ダビデは勇気を得た。

イエスを知り、私もダビデと同じ神のみを頼るようになった。

「私たちは四方から難題に攻められていますが、押しつぶされてはいません。
苦闘していますが、絶望してはいません。追いつめられてはいますが、決して神から見放されてはいません。倒されても、滅ぼされてはいません。」(コリント人への第二の手紙4:8−9)

「主をいつも信頼していなさい。主こそが、(何があっても壊れない)永遠の岩であるから。」(イザヤ書26:4)

聖句に励まされながら、

「ああ、神よ立ち上がってください!
私を救ってください!
敵の横っ面をひっぱたいて下さい!
悪者の歯を砕いてください!
勝利はあなたから来ます。ああ、主よ。
貴方の民を祝福してくださいますように」(詩編3:7−8)

と、ダビデのように祈る。

King David

ミケランジェロのダビデ像

 

私が天国で出会う神様

木曜日のESL ( 英語を外国語とする人たちのための) 聖書クラスは、一週間のうちで、私が最も楽しみにしている時間。

5年前、癌と診断され、仕事を辞めたとき、

もしかしたら、自分の人生もう長くないのかもしれない。それなら、死んだあとに出会う神様のことをもっと知りたい。———

そう思って参加し始めたのがきっかけだったけれど、これは、正解だった。

イエス様は、「求めなさい。そうすれば与えられます。」(マタイ7:7)
とおっしゃったけれど、その通り。

私がいつか出会う神様がどんなお方なのか、湧き水のように聖書は答えてくれている。

昨日は、私の大好きな詩篇23を読んだ。

「主は私の羊飼い。
私には乏しいことがありません。」

イスラエルの王になる以前、羊飼いだったダビデが、自分を羊に例えて書いたこの詩を、悲しくて、怖くて、心が鉛のように重くなる度、何度も読んで泣いた。

そう、ダビデが「自分には素晴らしい神様がいるのだから、何も心配はいらない。」と言い切ったように、同じ神様が私の面倒をみてくださっている。

「主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。」

私に必要な糧を与え、疲れた心を休ませてくださる。

「主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。」

弱っている私に勇気と元気をくださる。
神様の名誉に恥じないように、正しい道へと導いてくださる。

「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。
あなたが私とともにおられますから。。。
私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。」

死の恐怖が迫ってくるときも、私と一緒にいてくださり、わたしに愛を十分に注いでくださる。

「私の杯は、あふれています。
まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。
私は、いつまでも、主の家に住まいましょう」

ダビデがそう宣言したように、私も宣言していい。

病に苦闘するときも、愛する者を失う時も、飢えや寒さに怯える時も、たとえ頼る人が誰もいなくなっても、真っ暗なトンネルの中にいても、私たちと一緒にいてくださる神様がおられるから。

そんな神様の懐に駆け込んだ気持ちになって泣いたら、その都度、神様は私の涙を拭いてきてくださった。

三千年前に書かれたこの詩が、何億人という人を励ましてきたように、これからも多くの人を励まし続けていきますように!

私のヒーロー:余命数週間の19歳

死ぬ権利を主張して、自ら命を断った脳癌女性のブログにコメントをくださった方から、同じように脳癌で余命数週間と宣告されながら、バスケの試合に出た19歳女性がいると知らされた。
さっそく検索して、それがLauren Hill(ローレーンヒル)という女性であると知った。

Prom Queen

高校プロム女王(卒業ダンスパーティー、人気投票一位)に選ばれた時のローレーン

19歳なのになぜ?! こんなに身も心も美しい彼女がなぜ?!

神様のなさることは分からない。

でも、一つだけ確かなのは、彼女は世界中の人に勇気を与えているということ。
治療法のないこの恐ろしい癌のことを世に知らせているということ。

彼女は地に落ちて、たくさんの実をつける一粒の麦。私のヒーロー!

昨年10月、18歳の誕生日から49日目に非常に珍しく、手術が不可能なDIPG (びまん性内在性橋グリオーマ)という脳癌で、長くて余命2年と宣告された。

DIPGというのは呼吸をコントロールする脳幹の中で、昆虫の触覚のように神経細胞の回りに根を延ばしていく、普通なら小児に発生する癌。予後は悪く生存率はゼロだそう。

診断をくだされたとき、両親は気分が悪くなって、一瞬気を失いそうになったのに、彼女が医師に質問したことは、小学生の時から始めた大好きな「バスケを続けられますか?」だった。

大学に進み、抗がん剤や放射線療法を受けながら、明日はもう起き上がれないかもしれない、という思いの中、彼女は大学での初試合に参加したいという夢を持って、バスケ部に入部した。

stretching

その直後、今年9月、医師は「もう何も打つ手がない。残された時間は後数週間」と告げた。
時間がなくなる前に、彼女の夢をなんとか叶えてあげたい。
大勢の支援者たちの努力で、11月15日に予定されていた試合は11月2日に繰り上げられた。
DIPGの治療研究への寄付となる1万枚のチケットは販売開始後わずか数分で完売したそうだ。

「絶対諦めない。生きることを忘れて身をひくことなど、一度も考えたことがない。」

そう言う彼女が、泣き崩れたことがあった。
そのとき、彼女は神様に、なぜ自分は生まれたのか?問いたと言う。
「貴方が私をこの世に送られた目的が何であれ、私はそれを果たす用意ができています。」
そう祈り、そして、
「しゃべれない子供たちに代わって、(この知られていない癌のことを)できる限りあらゆる機会を利用して世に知らせていく。」
それが、自分の生の目的と悟った後は、国内外を問わず、インタビューは全て受けている。

「なぜ私は生まれてきたか、それを忘れないことが、私の原動力です。」

癌の嵐を見ないで、イエスのみを見つめて前進する彼女。

シュートで4点を獲得する機会と、彼女のチームに勝利を与えた夢の試合が終わると、1万人の観客から大喝采を浴びて、「人生で今日が最高の日です。」と涙に声を詰まらせて喜びを表現したローレーン。

神は彼女の頭に油をそそぎ、彼女の盃は溢れた。

tears

癌は彼女の体を容赦なく蝕んでいる。刻々と時間を奪っている。
でも、彼女は負けていない!
ステロイドで顔は浮腫んでも、目や耳、筋肉が衰弱していっても、彼女は輝いている!

誰よりも一刻、一刻を大切に生きている!

Lauren、貴方は満開の桜のように、最高にきれいだよ!「なぜ?」という問いは、もう関係ないね!

Tshirt

「22(Laurenの背番号)のためにプレイする。
 ”強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるから。” –ヨシュア記1−9」
  と書かれたLaurenチームのTシャツ

一寸先は闇。。だけど

次男が洗車を巡って、ガソリンスタンドの店員と大げんかをした。

「だました!」という息子に「オマエのツラは決して忘れないぞ!」と相手は言ったそうだ。

銃社会であるアメリカ。話を聞いてすぐ頭に浮かんだのは、バンとやられなくてよかった、と言うこと。

実際、息子には、時と場所を間違え、銃殺された友がいる。

夫の友人には、酔って喧嘩し、逆に人を殺してしまった息子を持つ人もいる。

同じ次男が翌日サンフランシスコに向けて移動する際、フリーウェイでタイヤがパンクして、到着に3時間も遅れたとも聞いた。

高速で走る車のタイヤがパンクしたなんて、これも恐ろしい話。

毎日高速道路を使って通勤している三人の息子と嫁たちのことが急遽心配になった。

60になったジョージはパーキンソンで高血圧。

転んで打ち所が悪く、植物状態になり亡くなったり、心臓発作や脳溢血で亡くなった友の話、を聞く度、次は彼の番かも?とこれも心配になる。

私の癌や治療の副作用も、もちろん心配の大種だけど、心配の種は数え出したらきりがない。

ニュースを読み聞きすれば、益々この世の中、一寸先は闇と思えてならない。

今日があるのは奇跡、明日の保障は誰にもない。

恐怖におびえて、あまりに大きなショックに会って、鬱になり、果てには狂ってしまった人、自殺してしまった人を何人も知っているけど、無理はない。

私だって、聖書がなければ、同じ運命に出会っているだろう。

イエスは言った。

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。(マタイ11:28〜30)」

イエスの言葉に従って、全ての不安、悲しみ、苦しみをイエスに訴える。

そして、聖書を開き、神の約束を確認する。

神が今迄私に示されて来た救い、恵みを思い出す。

そう、神様は、今迄ずっと私のそばにいて、私を守り、導いてきてくださった。

そして、これからもずっと、何が起きても私を見捨てないと約束してくださった。

「恐れるな!」

その言葉を再び噛み締めたら、後は光のみ見つめる。

一人でがんばらなくてもいい。

寄り添える、決して失望することのない神がいて、本当によかったと思う。

 

“For Those Tears I Died (そんな涙のために私は死んだ)”
(信仰により麻薬中毒から救われ、できた曲だという。)
作詞作曲:Marsha Stevens 

あなたは、私のそばに来て、私の悲しみを全て分かち合ってくださるとおっしゃった。

あなたは、私の明日のためにいて下さるとおっしゃった。

私はもう少しであなたを追い払うところだった。

でも、あなたは、約束されたように、ここに来て私といてくださった。

私はただ、祈りさえすればよかった。

 

そして、イエスは言った。

「水のそば、私のそばに来なさい。

あなたが乾いていることを私は知っている。拒まれることはない。

闇の中であなたが泣いた、一粒、一粒の涙を私は感じたよ。

そして、そんな涙のために、私は死んだことを、あなたに何度も伝えた。」

 

貴方の義はとてつもなく偉大で、私には理解できません。

主よ、でもこれは、全て計画されたことと、知っています。

貴方はここにいらして、これからもずっと一緒にいてくださることを知っています。

貴方の愛が私のくさりを外し、貴方の中で私は自由になりました。

でも、イエス様、なぜ私なのですか?

 

イエスは言った。

「水のそば、私のそばに来なさい。

あなたが乾いていることを私は知っている。拒まれることはない。

闇の中であなたが泣いた、一粒、一粒の涙を私は感じたよ。

そして、そんな涙のために、私は死んだことを、あなたに何度も伝えた。」

 

イエス様、あなたに私の心も魂も捧げます。

神なしでは、私は決して完全にはなれないことを知っています。

救い主よ、あなたは全ての正しいドアを開けてくださいました。

地上のつつましい浜辺から、感謝し、貴方を褒め讃えます。

私を受けとってください。私は貴方のものです。

 

イエスは言った。

「水のそば、私のそばに来なさい。

あなたが乾いていることを私は知っている。拒まれることはない。

闇の中であなたが泣いた、一粒、一粒の涙を私は感じたよ。

そして、そんな涙のために、私は死んだことを、あなたに何度も伝えた。」

 

(訳:和世)

胸キュンの夜

友達に誘われ、イエスの一生を描いた名画、彫刻を人間マネキンと合唱団、オーケストラの生演奏と共に再現したショーを見に行ってきた。

一つ一つのシーンが、美しい音楽と見事に織り込み合って強い感動を覚えたけれど、中でも始めて聞いた“Via Dolorosa”(ドドロッサの道)という曲が、去年歩いたエルサレムの町の景色と重なって、家に戻ってきてからも一晩中頭から離れず、YUTUBEで探し、イエスを思い胸を熱くして何度も何度も聞いた。


歌:Sandi Patti 訳:和世

Down the Via Dolorosa in Jerusalem that day
その日、エルサレムのドドロッサの道で
The soldiers tried to clear the narrow street
兵士たちは人を払いのけ、狭い通りをあけようとしていた。
But the crowd pressed in to see
A Man condemned to die on Calvary
しかし群衆は カルバリーの丘で処刑される男を一目見ようと押し合った。
He was bleeding 
from a beating, there were stripes upon His back
男はなぐられて血を流し、背中にはむち打たれた跡があった。
And He wore a crown of thorns upon His head
頭にいばらの冠をかぶり
And He bore with every step
全ての道のりを
The scorn of those who cried out for His death
「死ね」と叫ぶ罵声に耐えて歩いた

(chorus)
Down the Via Dolorosa called the way of suffering
苦しみの道と呼ばれるドロロッサの道を
Like a lamb came the Messiah, Christ the King,
(生け贄にされる)羊のように、救い主が、王が、通る。
But He chose to walk that road out of His love
 for you and me.
しかし、彼は、貴方と私への愛からその道を歩くことを選んだ。
Down the Via Dolorosa, all the way to Calvary.
カルバリーの丘へと続くドロロッサの道を

 

私や貴方が死んでも生きられるように、私たちの罪を全て背負ってくださった、ただ一人のお方。
イエスと、彼の父と、聖霊だけが私の愛する神様。
イエスが一緒なら、他に何もいらないと胸キュン。

頑張ってください!

「人は負けるのが悔しいの。」

と、空港でお友達になった、ギャンブルの町、ラスベガスで、かつて、トランプのカードを配るディーラーをしていた方がおっしゃった。

「負けるのが悔しいからお酒を飲むでしょ。そして絡んでくるのよ。」

なるほど。

聖書は人を羨ましがることは罪だと言うけれど、だからなんだ、と思った。

自分の手の届かないものを掴んだ人、自分より幸せそうに見える人、優れているように見える人を、私たちは羨ましいと思い、それが高じると、苦々しく思い、そして、蹴落としたくなる。

旧約聖書、創世記に書かれた人類最初の殺人は、アダムとイブの最初の息子ケインが弟のアベルを殺してしまったことだったけれど、これは神に好まれたアベルにケインが嫉妬したからだった。

殺人はもちろんのこと、ゴシップ、中傷、いやがらせも、嫉妬が原因の場合がかなり多いんじゃないだろうか?

アメリカから日本へ戻った友達が、アメリカで学んだボランティア精神を日本で実践しようとしたら、友達から、「あなたってそんないい子だった?」と言われ、やる気を失ったと聞いたことがある。

「出るくいは打たれる」という、これもよくある話。

でも、マザーテレサはこう言った。

「人は、往々にして不理屈、非理論的で、自己中心です。
でも、ともかく許してあげなさい。
親切なことをすると、人は、あなたのことを、自分勝手な下心があると批判するかもしれません。
でも、ともかく親切でありなさい。
あなたが成功すると、うわべだけの友人や真の敵ができるかもしれません。
でも、ともかく成功しなさい。
正直で、素直であると、人はあなたをだますかもしれません。
でも、ともかく正直で素直でありなさい。
あなたが何年もかけて築いてきたものを、誰かが一夜にして壊してしまうことがあります。
でも、ともかく築きなさい。
あなたが、平安や幸を見つけると、人は嫉妬するかもしれません。
でも、ともかく幸せでありなさい。
今日あなたが良いことをしても、往々にして、明日には忘れ去られてしまいます。
でも、ともかく良いことをしなさい。
世のためにあなたのベストを尽くしなさい。
それは決して十分ではないかもしれない。
でも、ともかく、あなたの持てる最善のものを世に与えなさい。
お分かりですか?
結局のところ、これはあなたと神の間のことなのです。
決してあなたと他の誰かのことではないのです。

–「マザーテレサの信条」より

(訳:和世)

そうイエスは言った

誰もいなかったんだね
気持ちを打ち明けれる人が

つらかったんだね
運がついていなかったから

人生に落ちこぼれて
自分には何の値打ちもないと下ばかりを向いていた

でも、もう一人じゃないよ
思い切って、一歩前にでてごらん
大丈夫,つまづいても、しっかり受け止めてあげるから

どんなに愛しているか知ってるかい?
あなたを救うために、私は命もおしまなかった

そうイエスは言った。

やり直せないと思ったんだね
失ったものはあまりに大きかったから

もう希望はないと思ったんだね
いくら探しても、しがみつくところがなかったから

「なぜ」という問いだけが渦巻いて
暗闇の中に落ちて行くようだった

でも、もう一人じゃないよ
思い切って、顔を上げてごらん
大丈夫、貴方の重荷は私が背負ったから

どんなに愛しているか知ってるかい?
あなたを救うために、私は命もおしまなかった

そうイエスは言った。

みにくいあひるの子が美しい白鳥になるように、
這うだけの青虫が空を舞う蝶になるように、
絶望を希望に変えてくださるイエスは
「私についておいで」

と、そう言った。

神からのメッセージ

コンピューターの前に座って、キーボードを打っていたら、突然間違いが起きて、過去に作った友達への寄せ書きが画面に現れた。

Joshua 1;9

「私は貴方に言わなかったか?
『強くあれ、勇敢であれ。
恐れるな。うろたえるな。』と。
貴方の神である主が貴方のいくところ、どこへも一緒なのだから」––旧約聖書ヨシュア1:9

Sheep

 

天地を創造した万能の神を主と慕う者は、皆、彼にとって愛しい子羊。

「主は私の羊飼い。私には乏しいものがありません。
主は私を緑の牧場に休ませ、静かな水辺へと導いてくださいます。
私の魂を生き返らせてくださいます。
主の御名のために、義の道へと導いてくださいます。
そうです。死の影の谷を歩いていても、私は災いを恐れません。
貴方が私と一緒にいてくださるからです。
あなたの杖と棍棒が私を慰めてくれます。
私の敵の前で、貴方は晩餐をととのえてくださいます。
私の頭に油を注ぎ、私の盃は溢れています。
私の命がはてる迄、まことにいつくしみと恵みとが私を追ってくるでしょう。
そして、私は貴方の家に永遠に住むのです。」ーー旧約聖書詩編23

もしかしたら、これは間違いではなかったのかもしれない。
ライオンのように勇ましい言葉に勇気づけられ、この可愛い子羊のように、私も神の手の中にいるのだと、深く慰められた。

私の葬儀の時の歌

ネット上にある転移乳ガンのバーチュアルコミュニティーに参加して、ブログと同じように、ジャーナルを連載し始めた矢先、「聖者の行進」を私の葬儀の時に使いたいと書いたら、複数の人たちから、「私はこの曲を使うわよ」と返事をいただいた。いづれも、死後の救済を信じ、神を信じる賛美の曲。

私と同じようなこと考えている人がいるんだと思ったら、希望がモリモリ湧いて楽しくなってきた!

葬儀の時には自分は死んでるわけだけど、霊が体を離れて廻りで何が起きているか見ることができるという話をよく聞くから、この世のフィナーレをこの目で見ることができたらよいのに、と欲も出て来た。

葬儀の曲のリストには「聖者の行進」や自分で作った曲も含まれているのだけれど、以下はさらに返事をいただいた方から加えた中の一曲。

私の葬儀に参列してくださる方には、いっぱい希望を抱いて、「Kathyはついに神様の身元に行って永遠の命をいただいたんだ!やったー!」と、喜んで帰っていただきたい。

誰に歌ってもらうか、演奏してもらうかも、考えてワクワクしている私は、イエス様を知る前とは、否、6年前の告知当時と比べたって、天と地の差だと自分でも驚いている。
神様のなさることは本当に信じられないほど素晴らしい!

私は想像することしかできません。

作詞作曲、歌 MercyMe   訳:和世

 

私は想像することしかできません。

あなたの傍を歩く時ってどんなでしょう?

私は想像することしかできません。

 

貴方の御顔が私の前にあらわれるとき、

私の目は何を見るのでしょう?

私は想像することしかできません。

 

あなたの栄光に包まれて、

私の心は何を感じるでしょう?

あなたのイエスのために私は踊るでしょうか?

それとも、息を呑んで、ただじっとたたずむだけでしょうか?

貴方の前に立つのでしょうか?

それともひざまずくでしょうか?

ハレルヤと、歌うでしょうか?

一言でも何か言葉を発せられるでしょうか?

私は想像することしかできません。

私は想像することしかできません。

 

その日がやってきて、貴方の一人子の前に立つ自分を、

私は想像することしかできません。

貴方のことを永遠に、永遠に賛美する時のことを、

私は想像することしかできません。

そうです。

私は想像することしかできません。

 

 

美しい生き方

癌になった主人に寄り添って、病院のベットから離れなかった犬のビデオ“Denali”を見た。

Denali

2004年、飼い主ベンが癌になったとき(http://www.today.com/pets/denali-film-honors-dog-who-helped-man-rally-beat-cancer-t25756から)

このビデオは、主人が癌から癒された10年後、今度は自分が癌になって死んでしまった愛犬Denaliのために、飼い主であるベンという写真家が、愛犬の立場からナレーションを入れて作製した小ビデオ。

Denali & Ben

どこまでも忠実に、どこまでも一体となって愛を貫き通す人と犬。
大の犬好きの私は、こういう話にはいつもとても心を揺さぶられてしまう。

夜、聖書クラスに出かけて、愛の聖句として知られている第一コリント13章を読んだ。

「愛は辛抱強く、やさしい。
愛は人を羨むことがなく、おごり高ぶる事もなく、無礼でもない。
自分のやり方を押し付けることもない。
相手に不快を与えることがなく、過去にこだわらない。
不正義を喜ぶのではなく、真実が勝利を得る時をいつも喜ぶ。
愛は決して(愛する事を)諦めず、決して裏切らず、いつも希望に溢れ、そして、どんな状況にあっても耐え抜く。」( New Living Translation 和世訳)

この愛の定義を完璧に示したのはイエス一人だけれど、”Denali”のビデオに感激したのは、Denaliと飼い主のベンが、この聖書が定義する愛を実践していたからだと思った。

私が犬好きなのは、これが大きな理由だと気がついた。
ただ可愛いというだけじゃなくて、主人にどこまでも忠実で、決して諦めず、辛抱強く、決して裏切らす、どんな状況にあっても純粋に愛を貫き通すーーそこにたまらず惹かれるのだと気がついた。

聖書は、一番大切なことは、「主である神を誠心誠意、全身全霊をもって愛すること。他者を自分のように愛すること。」と教えるけれど、神様が犬を人間にお与えになったのは、その模範とするためだったんじゃないだろうか?

ビデオの中で、「犬の専門家は、『犬から学ぶことはたくさんある。自分の大好きな人がドアを開けて入ってきたら、それが日に5回であったとしても、(犬のように)大喜びすべきだ。』と、言う。」と述べているけれど、本当にそう実践できたなら、どんなに回りの人を幸せ気分にできることだろう。

どんな状況にあっても、たとえ末期の癌であっても、神への愛と人への愛を、聖書が教えるように実践していけたら、その人の人生は、その結末の如何にかかわらず、この“Denali”のビデオのように最高に美しく輝くのだろう。

まだ遅くない。私も自分の人生を美しく変えられると、涙を拭きながら、元気を得た。

4期トリプルネガティブから生還した女性

その人の名前はWendie den Brokさん。
2005年、36歳でトリプルネガティブ乳ガンの告知を受けた。
ちょうど、医学部に入学が決まったときだった。

医学部での厳しい勉強を続けながら、手術、放射線療法、抗がん剤と全ての治療をした。でも、1年もしないうちに癌が転移再発。
彼女に与えられた選択肢は限られ、癌はさらに進行していった。
彼女の医師は、最後の手として、乳ガンの抗がん剤としてはあまり使われていない2薬剤を勧めた。

この2剤をトリネガに使った研究は少なく、効果が期待できる確率は少なかったものの、なんと、この2剤がWendieさんを救った。

普通4期の癌は、完治は不可能で、特にトリプルネガティブは予後が悪いとされている。
大勢の人が苦戦する中、なぜWendieさんの癌が消えたのか、説明できる医師はいなかった。
でも、今、腫瘍科医となって活躍するWendieさんは、癌は同じ乳ガンであっても、人それぞれ違う病気と認識すべきなので、患者一人一人にあった治療を見つけていかなければならないと言う。
Windieさんはまさに、その、彼女にあった薬と出会ったということなのだろう。

副作用に耐え、余命は短いと言われながらも医師になる快挙を果たした彼女は、
「告知や先の見通しがどんなであれ、いつも足を前に踏み出し、前進していかなきゃいけない。」
とも言っている。

不可能という言葉を見事に翻してガンを克服したことはもちろんのこと、ガンの脅威に負けず、希望を持ち続け、目標に向かって前進し続けた彼女に、勇気を震い起こされ、感謝!

”私が泣く時”

「神様はなぜ私にこんな辛い思いをさせるんだろう。良い神様が見えない。」

だんだん進行していく癌に、信仰を揺るがされているとメールしてきた友がいた。

「辛い思いをさせているのは神様じゃないよ。神様はその逆。助けを求める私たちのそばにすぐに飛んできて、力をくださるお方。」

そう返事を出しながら、彼女のために祈っていた。そして見つけたこの歌。
私たちを愛してくださっている神様は、苦しむ私たちをみて心を痛め、私たちに愛を注いで下さる。苦しみを通り抜ける力をくださる。
友にこの歌をぜひ聞いて欲しい。


When I Cry (私が泣く時)

主よ、あなたが私にしてくださった全ての良い事を書き綴りながら、私は決して不平を並べることはしませんでした。
でも、今、私は希望を見失い、どうしてよいかわかりません。
私の世界は崩れ落ち、心は裂けている。でも、あなたの心も同じように裂けていると思うと慰められます。

<コーラス:
私が泣くとき、あなたも泣いている
私が痛みを感じるとき、あなたも痛みを感じている
大事な人を失ったとき、あなたも悲しみを感じている
そして、私がうなだれる時、あなたは、あなたの恵みで私を満たしてくださる。
なぜなら、私が泣く時のように、あなたの心を傷つけるものはないから>

暗闇の中で、顔を覆ってあなたに一人泣き求める
主よ、こんな思いをするのは初めてです
絶望の淵に立ち、失うものばかり
でも、あなたを信じています。
あなたは私がここを通り抜けられるように導いてくださる
私は一人ではないと知る事、それが救いです

<コーラス>

あなたは荒れ狂う海を静めたお方
あなたは、盲人の目を開いたお方
あなたは、天と永遠の全てを見通された
そして、その全てを通して私をご覧になった

<コーラス>
訳:和世