私を励ます言葉

♱ 心をつくして主に信頼せよ

♥箴言3:5−8

心をつくして主に信頼せよ、

自分の知識にたよってはならない。

すべての道で主を認めよ。そうすれば、

主はあなたの道をまっすぐにされる。

♥イザヤ書 41:10

恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。

♥詩編23 主は私の羊飼い

主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。

主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。

主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。

たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。

私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。

まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。

♥詩編3

主よ。なんと私の敵が増えてきたことでしょう。

私に立ち向かう者が多くいます。

多くの物が私のたましいのことを言っています。

「彼に神の救いはない。」と。

しかし、主よ。

あなたは私の回りを囲む盾、私の栄光、

そして私の頭を高く上げてくださる方です。

私は声を上げて、主を呼びもとめる。

すると、聖なる山から私に答えて下さる。

私は身を横たえて、眠る。

私はまた目をさます。

主がささえてくださるから。

私をとり囲んでいる幾万もの民をも私は恐れない。

主よ。立ち上がってください。

私の神。私をお救い下さい。

あなたは私のすべての敵の頬を打ち、

悪者の歯を打ち砕いてくださります。

救いは主にあります。

あなたの祝福があなたの民の上にありますように。

詩編 121

私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。

私の助けは、天地を造られた主から来る。

主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。

見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。

主は、あなたを守る方。主は、あなたの右の手をおおう陰。

昼も、日が、あなたを打つことがなく、夜も、月が、あなたを打つことはない。

主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる。

主は、あなたを、行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも守られる。

♥マタイ6:26

空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。

♫On the Sunny Side of The Street

教会のハピネスアワーで習った歌。たとえ嵐の中にいても考え方次第で人生明るくなると歌ってる。メロディーは馴染みがあったけど、歌詞を知らなかった。これも私のipotに入るお気に入り!

歌詞: Dorothy Fields   訳:畑中久美子

Grab your coat and get your hat
コートをつかんで、帽子を持って、

Leave your worry on the doorstep
心配事は玄関のところに置いて、

Just direct your feet
To the sunny side of the street
ただ、通りの陽の当たるところへ足を向けるんだ。

Can’t you hear a pitter pat
ピタパタいう音が聞こえるかい

And that happy tune is your step?
あのハッピーな音は君の足音さ。

Life can be so sweet

On the sunny side of the street
通りの陽の当たる側では、人生は楽しい。

I used to walk in the shade
ずっと日陰ばっかりを歩いて来たよ

With those blues on parade
憂鬱なことばかり起こったよ。

But I’m not afraid
だけどもう怖くはない。

This Rover crossed over
こんな根なし草みたいなオレだけど、通りの向こう側に渡ったからさ。

If I never have a cent
お金が1セントもなくたって

I’ll be rich as Rockefeller
ロックフェラー並みの金持ちさ

Gold dust at my feet
On the sunny side of the street
通りの陽の当たる側では、靴に砂金がついてくる。

♱ 私を守る武具

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはきなさい。これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。救いのかぶとをかぶり、また聖霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも聖霊によって祈りなさい。—エペソ人への手紙6:13−6:18

♫What a Wonderful World (この素晴らしき世界)

歌:Louis Armstrong 日本語訳:http://htrjazz.hp.infoseek.co.jp/lyrics/8.htmより

I see trees of green
red roses, too
I see them bloom
for me and you
And I think to myself
“What a wonderful world !”
木々の緑
赤く萌える薔薇
あなたとわたしのために咲き繁る
そしてわたしはひとりつぶやく
「なんて世の中は素晴らしい!」
I see skies of blue
and clouds of white
On the bright sunny day,
or in the dark sacred night
And I think to myself
“What a wonderful world !”
紺碧の空
純白な雲
輝くように晴れた日も
神秘的な夜も
そしてわたしはひとりつぶやく
「なんて世の中は素晴らしい!」
I see the colors of the rainbow
so pretty in the sky
And also on the faces
of people going by
I see friends shakin’ hands
sayin’ “How do you do?”
I know they’re really saying
“I love you”
七色の虹が
空に美しく映える
通りゆく人々の上にも輝く
握手を交わす人々
「はじめまして」と挨拶を交わしている
だけど本当は「愛しています」といっているのさ
I hear babies cry
I watch them grow
I know they’ll learn
much more than I’ll ever know
And I think to myself
“What a wonderful world !”
赤ん坊のなく声
彼らが育つのを見守る
彼らはわたしが想像する以上に
いろんなことを学んでいくだろう
そしてわたしはひとりつぶやく
「なんて世の中は素晴らしい!


What a Wonderful World w lyrics – Louis Armstrong

⧈ 決してあきらめないで!

1992年

その若者はバルセロナ夏期オリンピック男子400m走の本命だった。

しかし、ゴールから約250mの時点で、思いもかけない出来事が起こった。

膝腱が裂傷したのだった。彼は半分までびっこをひいて走った後、痛みでうずくまった。

救急隊員が彼のところに駆けつけた時、彼は(レースを続けるか、棄権するか)決断をくださなければならないことを知っていた。

痛みにもかかわらず立ち上がると、彼は再びびっこをひきながら走り始めた。

すると突然、 警備員と争いながら、大柄の男が人混みを押し分けて出て来た。

若者の父親であった。

「もう走らなくたっていい。」涙を流している息子に父は言った。

「いや、走る。」息子は宣言した。

「そうか。それなら一緒に最後までがんばろう。」父は答えた。

父は息子を抱き寄せると、びっこの彼と一緒に走り始めた。

ゴールのまぎわで、父は息子から離れ、6万5千人の観衆が大喝采をする中、

若者はレースを完走した。

Redmond (レドモンド)は一位ではなかったかもしれない。。。しかし、彼は彼のレースを完走した。

痛みにもかかわらず、涙を流しながらも、

倒れた息子を抱き起こした父の強い愛に勇気づけられて、

若者は持てる力を全て出し切ることを決意した。

何が父をスタンドから息子のところに走らせたのか?

それは、我が子の激痛に耐える顔であった。

息子は苦しみながらも、レースを完走したいと願った。

だから、父は息子のそばに来て助けたのである。

神様も同じ。

私たちが苦しみに出会うとき、完走したいと闘うとき、

そばに来て助けてくださる。

あなたはどうか?

あなたのレースはどうか?

あなたも苦しみの中にいるだろうか?

あきらめてしまおうと思っていないだろうか?

神様はあなたが完走することを、強くあることを望んでおられる。

あなたを愛しているから。

彼に心を開いてみないかい?

(訳:バウム和世)

♫|You Raise Me Up (あなたが抱き起こしてくれるから)

詞:Brendan Graham     訳:バウム和世

When I am down and, oh my soul, so weary;

落ち込んで、私の魂が弱りはてるとき、

When troubles come and my heart burdened be;

困難に出会い、心が重くなるとき、

Then, I am still and wait here in the silence,

そっと静かにここで待つ。
Until you come and sit awhile with me.

あなたがそばに来てしばらく一緒に座ってくれるまで。

You raise me up, so I can stand on mountains;

あなたが抱き起こしてくれるから、だから山の頂きにも立つことができる。
You raise me up, to walk on stormy seas;

あなたが抱き起こしてくれるから、嵐の海をも歩くことができる。
I am strong, when I am on your shoulders;

あなたの肩によりかかる時、私は強くなれる。

You raise me up: To more than I can be.

あなたが抱き起こしてくれるから、もてる力以上に強くなれる。

There is no life – no life without its hunger;

飢えのない人生なんてない。
Each restless heart beats so imperfectly;

それぞれの休まる事のない心がとても弱々しく鼓動している。
But when you come and I am filled with wonder,

でも、あなたがここに来て、神秘で私を満たすとき、
Sometimes, I think I glimpse eternity.

私は 時に永遠を垣間見るような気がする。

You raise me up, so I can stand on mountains;

あなたが抱き起こしてくれるから、だから山の頂にも立つことができる
You raise me up, to walk on stormy seas;

あなたが抱き起こしてくれるから、嵐の海をも歩く事ができる。
I am strong, when I am on your shoulders;

あなたの肩によりかかる時、私は強くなれる。
You raise me up: To more than I can be.

あなたが抱き起こしてくれるから、私は持てる力以上に強くなれる

♱ 哀歌 3:18−26

主に望みを託していた全てを失った!

この苦しみと住処さえないという思いは辛くて言葉にもならない。

失ったものを嘆き悲しむこの悲痛な時を私は決して忘れないだろう。

しかし、次のことを思い出す時、私は依然しつこく希望をいだくのだ。

主の誠実な愛は決して絶えることがない!

主の情けは決して尽きることがない。

主の忠誠は偉大だ。彼の慈悲は朝毎に塗り替えられる。

私は自分に言い聞かせる。「主は私の全財産。だから私は彼を待ち望む!」

主は、彼に頼る者、彼を求める者にとって素晴らしい。

だから主の救済を静かに待ち望もう。

(New Living Translationから 日本語訳: 和世)

インディアンの伝説

新しい抗がん剤を始める朝、23年前一人息子を自殺で失い、以来 Good Grief Support Group という 非営利団体をつくって同じように愛する家族を失った人たちの支援を続けているSam & Lois(サムとロイス)が以下のインディアンの話を送ってくれた。

チェロキーインディアンの伝説

父は息子を森へ連れて行くと、目隠しをして一人そこへ残していく。息子は翌朝、朝日が目に感じられるまで、目隠しを取らずに一晩中木の幹に座っていなければならない。誰にも助けを求めることは許されない。

夜を無事過ごすことができたら、彼は一人前の男となる。

他の少年に自分の経験を話してはならない。なぜなら、少年たちは、独力で一人前にならなければならないから。

これは恐ろしい経験であった。森に残された少年はあらゆる物音を聞く。野獣が近くまでしのびよっているに違いない。もしかしたら人間さえ襲ってくるかもしれない。

草や大地を吹きつける風が、腰の下の木の幹を揺する。しかし、目隠しを外す事もなく、彼は冷静にこれに耐えた。これが男になる唯一の道だから!

ついに恐ろしい夜が明け、太陽が昇ると、少年は目隠しを外した。

すると、父がそばに座っていた。

父は息子を守るため、一晩中そばにいたのだった。

ーーーーーーーーーーー

私たちも決して一人ではない。

たとえ私たちは気がつかなくても、すぐそばの幹に座って、神が私たちを見守っていてくれる。

苦難が襲いかかるとき、私たちはただ彼に手を延ばせばよい。

見えないからといって、神がいないということではない。

”目に見えるものに頼るのではなく、信じる心をもって歩くのだから”

(訳:和世)

癒しの動物ビデオ

息子たちが私を喜ばせようと、可愛い動物ビデオを見つけては送ってくれる。

カイザー病院からのニュースレターによるとペットはストレス解消に大きく貢献し、血圧をさげ、 心臓発作を起こした患者では、ペットを飼っている人とそうでない人との間の1年後の死亡率が、1:5と大きな違いがあったそうだ。

一緒に散歩をすれば活動量も増える他、慰め、励ましとなり、内にこもりがちになる病人の気持ちを外へ向けるのにも役だつとあった。。

動物大好きの私には、息子たちの送ってくれるビデオは間違いなく癒しの一部!

以下、思わず微笑んでしまう可愛い動物ビデオ。(タイトルをクリックして下さい。)

1. 手をつなぐラッコ

2.     ロットウェイラー子犬ビーグルに襲われる!

3.  遠吠えをコピーする子犬ビーグル

4.  “超可愛い!”生後3週の子犬ビーグル

5.  歌を歌うビーグル

6.  完璧ビーグル犬遠吠え

7.     メレンゲを踊る犬

8.  大猫のハロウィーン

この祈りに答えてください

いっさいの希望を失った私は、恐怖に取りつかれ、身震いして います。

昔、神様はすばらしい奇蹟の数々を行なわれたではありませんか。

かわききった地 が雨を慕うように、私は神様に両手を差し伸べています。

主よ、すぐにもこの祈りに 答えてください。 悩みはますます深刻になります。 どうか見放さないでください。 で ないと、私は死んでしまいます。

朝のうちに、神様の恵みを見せてください。 神様 に全てを捧げる私に、どの道を選ぶべきか教えてください。 私は真剣勝負で祈 っています。

主よ、敵からお救いください。 私はあなたのふところに飛び込んで危 険を避けます。

あなたは私の神様ですから、ご意志にそった行動をとらせてください。 恵み深い御霊によって、私を祝福の道へと導いてください。

(詩編143;4−10)

義足の子馬

E-メールで回ってきた元気が湧いてくる実話!

Molly(マーリー)は、ハリケーンカタリーナが南ルイジアナを襲ったとき、飼い主に捨てられた灰色がかかった子馬。数週間あてもなくさまよった末、救助されて捨て家畜が集められる農場に送られた。

しかし、その農場でピットブルに襲われ、瀕死の重症を負う。噛み付かれた右前足の感染のため、担当獣医はMollyを獣医学部のあるルイジアナ州立大学に送った。でも、大学でもどうしてよいかわからず、Mollyはあわや安楽死のケースと思われた。

しかし、 Mollyを見たドクターRustin Mooreは気持ちを変える。

子馬は傷ついた足が痛まないように注意深く反対側を下にして横たわり、人間に手当をすることを許した。傷ついた足をかばいながらも、体重を常時動かして良い方の足に負担がかかりすぎないようにしていた。

生き伸びるためになくてはならないすべを知っている賢い馬だったのだ。

ドクターMooreは膝から下を切断することに同意。臨時の義足が作られた。クリニックを歩いて退院し、ここからMollyの話がいよいよ始まる。

Mollyは100万に一頭の奇跡的な馬だった。強くて、でも穏やかで、痛みに対処する意思を持っていた。大変な状況にあることを理解していることが回りにいる者によく伝わってきた。

そしてもう一つ忘れてならないことは、Mollyの飼い主が、一生面倒をみようと覚悟を決め、一心に、手厚く世話をしていることだった。

Mollyの話はカタリーナ後のルイジアナでの生活のたとえ話となっていく。

小さな子馬は体重を増やし、たて髪にはくしがいれられた。人用義肢専門職人によってつくられた義足を付け、Mollyは生まれ変わった。

Mollyはその小さな足を前に出し、そばに来て、義足をつけてくれと頼み、またあるときは、外してくれと頼むのだった。獣医から逃げることもした。「3本足の馬においつけないなんて、ちょっとかっこわるいですよね。」と、獣医は笑う。

何より大切なことは、Mollyには今新しい仕事があるということ。飼い主とシェルター、病院、老人ホーム、リハビリセンターなど、 希望を必要としている人達がいるところにはどこへも出かける。人々はMollyの勇気に感動し、そしてMollyもそれを楽しんでいるように見える。

「Mollyが今、とっても大切な役割をになっていることは一目瞭然。」と言うのはドクターMoore。Mollyはハリケーンから生きのび、大怪我からも生きのびた。

今、Mollyは人々に希望を与えている。

「Mollyの足がもとにもどることはないけど、状態は徐々によくなっていくことでしょう。私にとってMollyはニューオリンズのシンボルです。」と獣医は締めくくった。

ハッピーフェイスのついた義足の底。Mollyの行く所、どこにもハッピーフェイスが残される。:-)

英語原文はこちら

勇気が人生を変える

私に絶えず励ましの手紙やカードを送ってくれる人の一人、ディーディーは、教会で出会った、80代とは思えないほど活力に溢れる人。彼女から受けとったカードの表紙にあった言葉。

人生はその人の持つ勇気に比例して、縮小したり拡大したりする。–Annis Nin—

♱ 肉体は衰えても。。

犬の散歩の途中、近所の高齢者専用住宅に住むご夫人アイリスさんとであった。

カツラの変わりに帽子をかぶっていたので、私の異変にはじめて気がついた彼女からどうしたの、ということになり、癌の話になった。

大丈夫?」とすぐさま心配してくださるアイリスさんに、「怖い事しょっちゅうですけど、今は大丈夫です。」と答えると、「今日からあなたのために祈るわね。例え何が起きようとも、希望は決してなくならないのよ。」と励ましてくださる。

「はい。死んでも希望があること、私も信じています!神様は今ここにも、私と貴方の間にいてくださっていると思っています。」と私。

「その意気よ!がんばって!!」とますます声に力を込め、拳をあげてエールを送ってくれたアイリスさんと別れると、なんだか微笑んでみたくなり、駆け出してみたくなり、そして以下の聖句を思い出した。

“ だから私たちは決して落胆しません。

肉体は衰えていきますが、うちにある力は日ごとに強くなってゆくからです。
今の私たちの苦しみや悩みは、結局のところ、取るに足りないものであり、長くは続きません。
しかも、このつかの間の苦しみは、永遠に尽きない、あふれるばかりの、神様の祝福をもたらすのです。
私たちは、今の苦しみには目をとめません。
むしろ、今は見えない天にある喜びを望み見るのです。
目の前の苦しみはやがて消え去ります。
でもその後にくる喜びは永遠に続くのです。”
(コリント人への手紙2 4章16節—18節)

♫|Be Still, My Soul

愛する日本の皆のために、そして私自身のために。。。

1。
静まれ、私の魂よ。
主はそばにいる。
悲しみや苦しみの十字架を辛抱強く背負いながら
平安を取り戻し、必要を満たしてくださることを、あなたの神に託せ。
なにが起きようとも、主は決して裏切らない。
静まれ、私の魂よ。
あなたの一番の友、天の友が嵐の中を通り抜けながら喜びの終局へと導いてくれるのだから。

2。
(静まれ、私の魂よ。
神が、昔もそうであったように、未来へと導いてくださる。
希望も、自信も、何も揺るぐ事がないように。
今は不可解なこともいずれ全て解き明かされる。)
静まれ、私の魂よ。

主がこの世におられたとき治めていたその声を、
今も波や風は覚えている。

主が貴方の手を握ってくださる。だから、つまずいても倒れることはない。 (詩編37:24)

貴方の前を行くのは主である。主が貴方と一緒にいてくださる。主は貴方から救いを取り上げることも見捨てることもない。だから恐れてはならない。
(申命記31:8)

訳:和世

「あなたの信仰があなたを治したのです。」

聖書には、信仰によって、病から立ち直る、或は死からも生き返る奇跡の話がいくつものっている。魔法ではなく、イエスを我が主と仰ぐとき、信仰の力がやどるのだと信じる。

マタイ9:19−22

そこでイエスと弟子たちは、彼の家へ向かわれました。 その途中、十二年間 も出血の止まらない病気で苦しんでいた一人の女が、人ごみにまぎれて、うしろからイエ スの着物のふさにさわりました。 「このお方にさわりさえすれば、きっと治る」と 思ったからです。 イエスはふり向き、女に声をおかけになりました。「さあ、勇気を出しなさい。 あ なたの信仰があなたを治したのですよ。」この瞬間から、女はすっかりよくなりました。

主を待ち望め

主よ、呼び求めるわたしの声を聞き、憐れんで、わたしに答えてください。

心よ、主はお前に言われる

「わたしの顔を尋ね求めよ」と。主よ、わたしは御顔を尋ね求めます。

御顔を隠すことなく、怒ることなくあなたの僕を退けないでください。あなたはわたしの助け。救いの神よ、わたしを離れないでください

見捨てないでください。

たとえ父母がわたしを見捨てようとも主は必ず、わたしを引き寄せてくださいます。

主よ、あなたの道を示し平らな道に導いてください。
わたしは信じます

命あるものの地で主の恵みを見ることを。

辛抱強く主を待ち望め

雄々しくあれ、心を強くせよ。

辛抱強く主を待ち望め。

(詩編27:7−14)

I Won’t Let Go (決して離さない)

いつも応援してくれるいまだ会ったことのない義従姉妹が送ってくれた、昨年12月にリリースされたRascal Flattsの新曲。心に染み渡って、何度も何度も聞いた。

道を閉ざす
嵐に襲われたように、

意志をくじかれ、

おまえはどうしてよいかわからないと思っている。

けれど、そんなことはない。

おまえは一人じゃないのだから。

私がそばにいる。

私が最後までおまえを助けよう。

持てるものを全て出し切って、力尽きたと思う時、

私がおまえの涙を乾かそう。

私がおまえの代わりに闘おう。

おまえをしっかり抱きしめ、決して離さない。

おまえが泣くのをみるのは辛い。

確かに人生は今暗闇の中にある。

それは誰にもあること。
そして私たちは雨を止めるにはあまりに無力だけれど、雨が降ったら私がおまえのそばにいく。
そばに行って、おまえを最後まで助けよう。

持てるものを全て出し切って、もう力尽きたと思う時、

私がおまえの涙を乾かそう。

私がおまえの代わりに闘おう。

しっかり抱きしめて

倒れたりなんかさせない

恐れるな。私がおまえを受け止めるためにここにいるじゃないか。

がっかりなんかさせない

負けやしない。

大丈夫だ。

そうさ。絶対に大丈夫。

私がそばにいるのだから。

私は最後までおまえを助ける

持てるものを全て出し切って、力尽きたと思う時、
私がおまえの涙を乾かそう。
私がおまえの代わりに闘おう。
しっかり抱きしめて、決して離しはしない。

そうだ。おまえを抱きしめ、離さない。決して離さない。決して。。。

(訳:和世)

死を恐れない

尊敬の人、マザーテレサの著書、“The Joy in Loving(愛する事の喜び)”にみつけた言葉

「どの宗教も永遠の世—死後の生—を信じます。この世の命が終わりではありません。終わりだと信じる者は死を恐れます。
死は神の家に行くこと以外のなにものでもないと正しく説明されるなら、死を恐れることはないのです。」

死はお産みたいなものじゃないだろうか? 怖くて、苦痛を伴うお産は新しい生命の始まり。それと同じように、死を通り抜けたら全てが完璧である神の国に入り、新しい生を受けることができるんだから!

下はC.S. ルイスの師である小説家、ジョージマクドナルドの言葉。

「宇宙の核であり、全ての始め、そして終わりである生きた神と心と心を交わせるまで、終わることなく続くのは恐怖に違いない。」

そう、天地を創造した神様と一緒だったら、不安も止まる!

「人が耐えられないほどに重荷を感じるのは、明日の心配が今日の心配に加えられるときである。友よ。決してそんなことをしないように。苦しくて、重くて、耐えられなくなったら、少なくとも次のことを思い出して欲しい。重くしているのは自分であって、神ではないということを。神は、明日(未来)のことは(私に)任せて、今日のことだけ心配しなさいと、執拗にあなたに言っているのだから。」(Annals of a Quiet Neighbourhood Sunday Magazine, 1866より)

最後は何度も投獄され、拷問され、殉死したパウロが獄中からピリピ教会にあてた手紙の中の言葉。

「 ある時は生きていたいと思い、また、ある時には反対の気持ちになります。 というのも、この世を去ってキリスト様のそばにいることほど、願わしいことはないから です。 そのほうが、地上にとどまっているより、どれだけ幸せかわかりません。」(ピリピ人への手紙1:23)

「何事も心配してはなりません。 むしろ、どんなことでも祈りなさい。 神様にお願いしなさい。 そして、祈りに答えて くださる神様に感謝するのを、忘れてはなりません。 そうすれば、人間の理解をはる かに超えた、すばらしい神様の平安を経験できます。 キリスト・イエスに頼る時、その 平安は、あなたがたの心と思いとを静め、安らかにしてくれるのです。」(ピリピ人への手紙4:6−7)

砂の上の足跡

すでに様々なところで紹介されてきている有名な詩。最初に読んだときは、ただきれい、素敵、としか思わなかったけれど、今は、この詩は私の経験にもぴったり、と思う。

訳はhttp://www.ieji.org/archive/footprints-in-the-sand.htmlから引用。

FOOTPRINTS IN THE SAND

砂の上の足跡

One night a man had a dream.
ある晩、男が夢をみていた。

He dreamed he was walking along the beach with the LORD.
夢の中で彼は、神と並んで浜辺を歩いているのだった。

Across the sky flashed scenes from his life.
そして空の向こうには、彼のこれまでの人生が映し出されては消えていった。

For each scene, he noticed two sets of footprints in the sand: one belonging to him, and the other to the LORD.
どの場面でも、砂の上にはふたりの足跡が残されていた。 ひとつは彼自身のもの、もうひとつは神のものだった。

When the last scene of his life flashed before him, he looked back at the footprints in the sand.
人生のつい先ほどの場面が目の前から消えていくと、彼はふりかえり、砂の上の足跡を眺めた。

He noticed that many times along the path of his life there was only one set of footprints.
すると彼の人生の道程には、ひとりの足跡しか残っていない場所が、いくつもあるのだった。

He also noticed that it happened at the very lowest and saddest times of his life.
しかもそれは、彼の人生の中でも、特につらく、悲しいときに起きているのだった。

This really bothered him and he questioned the LORD about it.
すっかり悩んでしまった彼は、神にそのことをたずねてみた。

“LORD, You said that once I decided to follow you, You would walk with me all the way.
「神よ、私があなたに従って生きると決めたとき、あなたはずっと私とともに歩いてくださるとおっしゃられた。

But I have noticed that during the most troublesome times of my life, there is only one set of footprints.
しかし、私の人生のもっとも困難なときには、いつもひとりの足跡しか残っていないではありませんか。

I don’t understand why when I needed You most You would leave me.”
私が一番にあなたを必要としたときに、なぜあなたは私を見捨てられたのですか」

The LORD replied, “My son, My precious child, I love you and I would never leave you.
神は答えられた。 「わが子よ。 私の大切な子供よ。 私はあなたを愛している。 私はあなたを見捨てはしない。

During your times of trial and suffering, when you see only one set of footprints, it was then that I carried you.
あなたの試練と苦しみのときに、ひとりの足跡しか残されていないのは、その時はわたしがあなたを背負って歩いていたのだ」

Author Unknown
作者不詳

私が希望をみつけるところ

聖書は私にとって神様からのラブレター。

私を愛で満たし、信じたい、すがりたい、そして全てを捧げて従いたいと思わせる。

 

幾千とある神の中で、イエスだけが私の救い主であり、そのイエスと、聖霊と、彼を贈ってくださった天の父だけが私の神である。

私の命はこのお方の手の中。

 彼のために生き、彼のために死にたいと胸をジーンと熱くさせるゴスペルソング。

日本語訳は息子の亮が手伝ってくれた。

 In Christ Alone 

Songwriters: Getty, Julian Keith; Townend, Stuart Richard;  訳:バウム亮

In Christ alone my hope is found

私が希望を見つけるのはキリストにだけ

He is my light, my strength, my song

彼は私の光、私の力、私の詩

This Cornerstone, this solid ground

この礎石は、この硬い地は、

Firm through the fiercest drought and storm

どんなに厳しいひでりにも嵐にも揺るがない

What heights of love, what depths of peace

なんと大きな愛だろう、なんと深い平安だろう

When fears are stilled, when strivings cease

恐れが静まり、闘いが終わるとき

My Comforter, my All in All

私の慰め、全ての全てである

Here in the love of Christ I stand

ここキリストの愛の中に私は立つ

 

In Christ alone, who took on flesh

人間として現れたキリストにだけ

Fullness of God in helpless Babe

かよわい赤子の中に神の満身を満たした

This gift of love and righteousness

この愛と義の賜物

Scorned by the ones He came to save

彼が助けにきた、その人々によって罵られ

?Til on that cross as Jesus died

十字架上で死して

The wrath of God was satisfied

神の怒りは治まった。

For every sin on Him was laid

彼が私たちの全ての罪を背負ったから

Here in the death of Christ I live, I live

キリストの死により私は生きることができる

 

There in the ground His body lay

地の下に横たわった彼の遺体

Light of the world by darkness slain

暗闇に葬られた世界の光

Then bursting forth in glorious Day

そして、そこから放たれた栄光の日

Up from the grave He rose again

彼は死からよみがえった

 

And as He stands in victory

勝利に立つ彼のおかげで

Sin’s curse has lost its grip on me

私は罪の呪いから解き放された

For I am His and He is mine

Bought with the precious blood of Christ

イエスの尊い血をもって買われた私は彼のもので、彼は私のものだから

 

No guilt in life, no fear in death

人生の罪悪から免れ、死を恐れない

This is the power of Christ in me

これが私の中のキリストの力

From a life’s first cry to final breath

生命の最初の産声から最後の一息まで

Jesus commands my destiny

イエスが私の運命を定めている

 

No power of hell, no scheme of man

どんな地獄の力や人の企みさえも

Could ever pluck me from His hand

私を彼から引き離すことはできない。

Til He returns or calls me home

彼が再び戻るまで、私を呼び戻すまで、

Here in the power of Christ I stand

ここ、キリストの力の中に私は立つ