結婚のパラドックス

聖書の言葉(第一コリント人への手紙13:4)に「愛は長く耐えること(long suffering)。」というのがある。
これが真実だから、結婚のとき、「死が分かつまで、富めるときも、貧しいときも、健康な時も病める時も、愛し続けます。」と誓うのだろう。

でも、アメリカでは2組に一組、日本でも3組に1組は離婚しているというのだから、結婚(長く耐えること)が難しいのは一目瞭然。

妻には妻の言い分があり、夫には夫の言い分がある。双方の意見が異なるとストレスになり、それが高じると病気にさえなってしまう。でも、最後に「ありがとう」を言われると、そんな苦労も水の泡になって消えるんだと思う。

私には長年舅、姑に仕えてきた友達がいる。
まだ子供が小さいとき、子供の目の前で、お舅さんから口の利き方が生意気だと叱られ、夫は見て見ぬ振りをし、悔し涙を流したこともあったそうだ。実家に戻りたいと何度も思い、でもその度に、実家のお母様から「負けるが勝ち」と諭され、耐えて仕え通し、最後には舅、姑ばかりか、旦那様、親戚からも頼りにされ、感謝される立場に立つようになったそうだ。
こう言う話を苦労が報われたと言うのだろう。

こんな思いはたくさん、と離婚した私は、彼女の話を聞いて身の縮む思いだった。

「ありがとう」という言葉はとてもパワフルだと思う。
大したことしてない時には礼儀文句の一つにしか聞こえないけれど、苦労した後の「ありがとう」はそれまでの苦労を一気に忘れさせてくれるから。

死を迎える時、家族や友人から本心本位の「ありがとう。」という言葉を聞けたら、後悔なく、旅立てるんじゃないだろうか?
そして、その後に出会う神様が、「よく耐え、よく仕えた。」「私があなたに与えたXXを愛し通したね。よくやった。」と、褒めてくださるとしたら、こんなに嬉しいことはないんじゃないだろうか?

こんなに苦労するなんて、結婚間違えた。と思っても、難しい相手を愛し続ければ、思いもかけない嬉しい言葉が返ってくるのだから、「これはパラドックス」、とジョージに話したら、「それが、『自分の命を救おうとするものは、それを失い、それを失うものは、保つのである。』という聖句(ルカの福音書17:33)の意味。」と教えてくれた。友達のお母様がおっしゃった「負けるが勝ち」という言葉も、この聖句と似ていると思った。

誰も認めてくれていない、誰も私の苦労を分かってくれていない、と思っても、神様は見ておられる。
「あなたの荷を私に預けなさい。」ともおっしゃってくださっている。

私は先に述べた友人の足もとにも及ばない。神様は2度目のチャンスを下さったのに、このままだと、お褒めの言葉はいただけないかも!あと残り少ない人生。神様にいっぱい頼って頑張らなきゃ。

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