May, 2016

告知から6周年

「癌です。」と、告知を受けてから、丸6年が経った。

激しい衝撃を受けて、オロオロとうろたえたあの日は、まるで昨日のことのように思える。

手術に先立って使った4ヶ月の抗がん剤は癌を縮小できず、逆に広がって、どの医師からも、非常に困難なケースと言われ、4年は生きられないだろうとさえも言われた。

全摘手術に放射線療法を受け、抗がん剤療法は止まる事なく継続し、ありとあらゆる副作用を経験。2年間の寛解はあったものの、進行し続ける癌に、3ヶ月毎にとるCTスキャンでは、ビクビク緊張してばかり。

この間、心労がたたったのか、夫のジョージはパーキンソン病となり、同時に声帯も麻痺して一時は、一生声無しかとさえも思わされた。その上昨年5月にはリストラにあい、今年は空き巣にも入られた。(後から聞いた話では、やはり彼らは銃を持っていたと言う。家にいなくて本当よかった!)

次から次へと襲いかかる人生の嵐に、波乱万丈の6年間だったと言っても大袈裟じゃないかもしれない。

それでも、2014年には、念願のイスラエルを訪れることができ、日本には毎年のように帰省してきた。ジョージは仕事を続ける場所を与えられ、保険も、家も、車も、失わずにすんでいる。親身になって支えてくれる友や家族にも恵まれた。

何よりも今日があるのは、本当に奇跡!

これも大勢の人達が私のために祈ってくれていて、大好きな神様がいつもそばにいてくださっいるからだろう。

来年はどうなっているだろう?と言う気持は相変わらずで、闘病はますます厳しく、一寸先は闇。でも、この先何が待ち受けていようとも、最後はハッピーエンド、勝利で終わることが分かっている。そう聖書に約束されているから。これもイエス様のおかげ。

明日は3週間ぶりの点滴日。
無事パスできたらハワイ行きが実現するけど、まだ咳が残ってる。
闘病7年目をハワイからスタートできるか、また体調を崩してベットの中か、五分五分。

イエス様!よろしくお願いします!

辛抱強く待つ

体温計に出た数字は37.4℃.

抗がん剤点滴の後、体がだるくて熱を計ったら、やっぱり微熱がでていた。こういうことは、点滴後時々経験しており、体調が悪くなることを警戒して、点滴日を、ハワイ出発前日から、金曜日に変更した。

白血球を増やす注射、解熱剤、サプリ、を取って、明日は元気を取り戻せることをひたすら祈り、夜を明かした。

翌日土曜日、依然微熱は続き、何もやる気がしない。

「ハワイダメかな?」と、ついつい呟やいてしまうその横で「一日づつだよ。十分休みなさい。」と、ジョージが言う。

聖書を開いて、詩篇を読んだ。

「どうか、私の祈りをお聞きください。私のうめきに目をとめてください。
私の王、私の神よ、私の助けを求める叫びに耳を傾けてください。
他の誰でもない、貴方だけに私は祈っています。
主よ、朝毎に私の声をお聞きください。
毎朝、私は貴方に願いを託し、それが聞かれることを待ち望んでいます。。。。」(詩編5)

命を狙われて、洞穴から洞穴へと逃亡し、必死に助けを求めていた(後にイスラエルを統一する)ダビデの言葉が心に響き、同じような気持ちで祈った。

そして、母の日の今日、熱が下がった!

別荘をお借りする友人からは、車のキーを受け取り、子供達からは、「お母さん、ハワイで会おうね!」と、母の日のカードが届いた。ジョージは、スーツケースを出して荷造りを始めてる。

出発まで後4日。明日はさらに元気になることを期待しつつ、辛抱強く、祈りが聞かれるのを待つ。

ついに飛行機の中!

時計を横目で見ながら慌しく搭乗後、「神様、ありがとう!」と、何度も感謝した。

昨日の午後4時頃までハワイ行きは依然はっきりしないまま,私はまた病院にいた。

医師に、翌日からハワイに行く予定なのだけれど、肺炎治療後、金曜日に抗がん剤点滴をしたら、また調子が悪くなり、未だに元気は60-70%と伝えた。

医師は聴診器を背中から右側と左側を何度も代わり番こにあてて、右側の空気の流れが左より弱いとおっしゃる。

「レントゲンと血液検査を受け、また戻って来てください。」

そう言われ、「右側の空気の流れが弱い」と言う言葉を気にしながら、検査を済ませて、再び外来の待合室に戻った。

1時間、2時間が経っても、一向に名前を呼ばれない。

ヒューヒュー言う咳、金曜日頃から時々感じるズキンとする胸の痛み。

気になる医師の言葉の上に、そんなことをさらに考えると、レントゲンはどんな映像を捉えただろうと、悪い想像をする。

ここまできて、また入院なんて言われたらどうしよう。

待ち時間が長くなればなるほど、落ち着かなくなり、結果が怖くなり、ハワイキャンセルを考えると泣きたくなり、「神様、怖いよ~。」と、また祈った。

やっと、名前を呼ばれて、言われたことは、

レントゲンは、2週間前と変化がなかった。依然ある前回突然画像に現れた2.7cmの陰は肺炎かもしれないし、癌かもしれない。でも、ハワイはいっても良い。海に入っても良い!

と言うわけで、ハワイ行きはこの時点で、やっと確実となり、始めて楽しくなった。

夜、聖書クラスに行くと、数人の女友達がフラダンスの衣装を来て集まり、私達のハワイ行きを歓迎してくれた。

一月以上に及ぶ、体調不調を思うと、ハワイ旅行実現は夢のよう!
これもまた神様がくださった奇跡と思える。

ハワイ旅行が少しでも快適なものとなるようにと、ありとあらゆる準備をしてくれた友、何日も私の回復を祈り続けてくれた友達にひたすら感謝!

ホント、神様はいつだって素晴らしい!

夢のバケーション

時間が経つのはなんて速いんだろう。
ハワイに到着してもう半分が過ぎてしまった。
来る直前まではっきりしなかった体調は、抗生物質のおかげか、信じられないくらい回復、あんなに途切れることなく続いていた咳も全く少なくなった。
ハワイ到着初日は、ホノルル市に住むバーチュアル乳癌コミュニティーで知り合った日系三世の友を訪ねた。

彼女の癌は、ホルモン陽性、HER2陽性で、全身に転移しながらも、告知の1990年からは26年、転移再発した1997年からは19年目を迎えている。
共通する悩み、不安、ストレスはもちろんのこと、その合間に見つける息抜きの時間等、用意してくださった沢山の料理を食べながら、時に笑いこけながら、楽しく過ごした。
彼女とこの世での再会があるかどうかは分からない。でも、会えたことで、メールをしている時よる何倍も親しくなれたように思え、感謝した。

ハワイ2日目の翌日は、いよいよマウイ島へ移動。夜には息子たちも到着した。

 

image念願の海亀を見、巨大な何千種類もの大木と、色鮮やかな花と、幾つもの滝があるジャングルの中をドライブし、沖まで泳いでスノーケリングもできた!

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スノーケリングを楽しんだ宿裏庭先の海

厳しい現実から離れ、癌患者であることを忘れているこの一時は、本当のバケーションだと、心から感謝を捧げている。

 

帰りたくない

鳥のさえずりと、波の音に目を覚まし、朝毎に裏庭の岩岸から透き通る水面下に泳ぐ海亀を探した。水平線にそびえる山はオレンジと緑、茶色のパッチワークで飾られているようで、四方を、色とりどりの大花と緑、そしてコバルトブルーの海に囲まれたこの空間は、まさに時間のないパラダイスのよう。
そんな癒しのバケーションも明日でおしまい、ロスに戻る。

戻ったら、その日のうちにCTスキャンで、翌日は点滴が待っている。

この7週間、肺炎でほとんど治療は中断、期待の口径抗がん剤アフィニトールは打ち切りになってしまったから、CT結果について、腫瘍科医は良い結果は期待できないと悲観的。
癌が進行していたら、また次の策に行き詰まる。

ここにいる方が、抗がん剤より効果があるんじゃないの?

あー、帰りたくないなあ〜!

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宿から見た夕焼け

 

自然の治癒力

点滴用の椅子に腰掛けると、廊下を挟んだ向かい側の患者さんと看護婦さんの会話が聞こえてきた。

「姉たちは今週マウイなんですよ。。。」

「マウイ」と聞いて、思わず、「私もマウイから帰ってきたばかりなんですよ。」と会話に飛び入り。

私のお世話をする看護婦さんも交えて、ハワイの話で盛り上がった。

「あんなに出てた咳が、あっちに着いた途端なくなってね。なのに、こちらに戻ってきたらまた咳が始まって、これはあちらの気候が良いせいなのか、それとも空気がきれいだからなんだと思うんですよ。」

と言うと、そうだ、そうだ、と皆同感。

「ホノルルに住んでる癌友は4期のHER2なのに、もう20年近くもサバイブしていて、やっぱりハワイは体に良いのでしょうね。カイザー(病院)があちらにもあるんだから、癌患者は皆ハワイのカイザーに転送されたらいいのに!」

と言うと、これも皆笑顔で同感。

後から受け取った血液検査では、血糖値とコレステロールの値が、今までにないほど改善していて、コレステロールなど、もう癌になる前からずっと200台だったのが、一月前の246からなんと一気に194まで下がっていた。

まさか、1週間だけのバケーションで改善したとは思わないけれど、人ごみから離れた汚染されていない大自然には癒しの力があるのかもしれない。

全ては完璧だった創世記に出てくる天地創造を思い、そして、これからやってくる神の国を思い、あの美しい景色を心の中で反芻している。

 

悪い報せ

昨日、ブログを更新した直後だった。病院からメールが入り、CTスキャンの結果を知らされた。

肺の癌が、12月に比べ、数もサイズも一気に増大。

医師から良い結果は期待できないと言われ、ある程度の覚悟はしていたけれど、こんなに悪い結果は初めて。

昨年、T−DM1を止めて、今の薬に変更するまで5週間ほど無治療の期間があったけれど、今回の進行度はその時の進行具合をはるかに上回る。

聞かされたのは要約だけだったので、果たして他の臓器への転移が見つかったかどうかはまだ確認していない。

肺炎の診断を受けた時、肺炎と癌との区別がつきにくいから、スキャンは3−4週間後と言われた。ハワイに行く直前まで調子が悪くて、抗生物質を続けて出してもらい、やっとそれを飲み終えたところだけれど、それを思うと、もしかして、その肺炎の影響がまだスキャンにも出ているということもあるかもしれない。

冷静にと自分に言いつつも、抗がん剤変更は間違いない。

昨年から進行を止められず、スキャンの度に大きく広がっている癌。これは6年間、ずっと頼りの綱で使い続けているハーセプチンがいよいよ効かなくなった、ということなのかも、と思え、そうなると、ハーセプチンが含まれるスレイマン先生の推薦案も、様々な治験も効果が期待できないように思え、もう何を使ったら良いのか、まるで見当がつかなくなる。

腫瘍科医との次の予約は来週火曜日。何か良い案が出てくると良いのだけれど。困った。
神様の導きをまた祈るしかない。

祈り

「ああ、主よ、いつまで私のことをお忘れになるのですか?永遠にですか?
いつまで顔をよそに向けられるのですか?
悲しみを心に毎日感じなながら、
いつまでこの苦しみを受け続けなければならないのですか?
いつまで敵は私に拳を上げ続けるのですか?

振り向いて、お答えになってください。ああ、私の神、主よ!
私の瞳に輝きを取り戻させてください。さもなければ、私は死んでしまいます。
敵に、「あいつをやっつけた!」と言わせないでください。
私が落ちていくのを喜ばせないでください。

でも、私はあなたの決して変わらない愛を信頼しています。
あなたが私を救ってくださったことを喜びます。
私は主のために歌います。
主は私にとっていつも素晴らしいお方だから。」〜〜詩篇13より

教会に行ったら、皆が私のために祈ってくれた。
笑顔に囲まれて、ハワイの話などしていたら、元気がどくどくと、戻ってきた。
明日の腫瘍科医との面談に向けて、次の抗がん剤探しの宿題も済ませた。
大好きな神様が、正しい治療へと導いてくださることを願って、奇跡への扉を開けてくださることを願って、明日を待つ。

次の作戦

ハーセプチンはHER2 陽性乳がんには必須の抗体薬。この薬が開発されてから、それまで予後の悪かったこのタイプの乳がん患者の生存率は画期的に伸びた。
でも、この希望の薬も効果が現れるのは約半数の患者のみで、効果が見られても、いずれ癌に抗体ができて、効かなくなると言われている。

私も、乳房全摘手術前に始めた抗がん剤治療から、今日に至るまで6年間この薬を使い続けてきたわけだけど、タイケルブを加える前の1年間は、癌が進行し、タイケルブを外した過去2年間、再び癌が進行し続けていることを考えると、ハーセプチンは効力を失った、あるいは、効果が最初から最小なのでは?と思えてくる。

CT結果を受け取った時、主治医は次の策として、UCLAのスレイマン先生が推薦してくれたMM302という改良したアドリアマイシンとハーセプチンの治験について「どうか?」と言ってきた。

アドリアマイシンはHER2陽性患者によく使われる薬でありながら、最初の主治医がこれを私に使おうとした時、UCLAの医師から勧められた(TOPO)遺伝子テストで、この薬は私には効果がないという結果が出、今まで一度も使わずに来た。

改良されたとは言え、そのアドリアマイシンと疑問を持ち始めたハーセプチンのコンボとなるとどんなものか?と思い、この治験の全責任者であるテキサスに住む医師にメールを出し、質問してみた。

答えはすぐに来たけれど、「MM302があなたに効果があるかどうかは、遺伝子テストの結果がどうであれ、治験の結果をみるまでわからない。主治医とよく相談して決めてください。」と言う内容だった。

次に、ハーセプチンが効かない場合の治験を探してみた。

昨年考慮した、白血球の一つ、T細胞を強化し、体に戻す注目の免疫療法治験は参加者が満たされたようで、現在は参加者リクルートが中止。

2番目に見つけた治験は、すでに世に出ている脊髄疾患の薬(Jakafi)がハーセプチンへの癌抗体を抑えるという仮説のもとに勧められている治験。でも、これは場所がニューヨークで、最初の3週間は毎週、その後も3週間ごとにクリニックを訪れることが条件になっており、カリフォルニアに住んでいる私には無理。

3番目は、第3相まで来ている、ハーセプチンのように抗体の働きをする新薬Margetuximabの治験。治験の場所もロングビーチと、近くて魅力的だったけれど、治験参加資格に、転移後受けた抗がん剤治療(レジメン)は3つまでとあり、この時点で私は失格。

4番目は、これもハーセプチンに代わる口径新薬Poxiotinibの第二相治験。場所はニューヨークと、カリフォルニアでは、サンフランシスコの北にあるGreenbraeの2箇所のみ。
Poxiotinibは中国が開発した薬で、HER2陽性乳がんの他、胃がん、頭頚部がんへの治験も同時に行われているそうだ。第1相の治験では、今までハーセプチンやT−DM1のようにがん細胞標的薬を持ってしても進行を抑えられないでいた乳がん患者の60%に効果があったと言う。

外来日だった今日、以上の情報を主治医の前に広げ、結局、Greenbraeで行われているPoxiotinibの治験の可能性をもっと探求してみることで同意を得た。

その間、現在のアブラキサンとハーセプチンにタイケルブを加えることにした。

タイケルブは、一般にハーセプチンが使えなくなった時に代理に使う薬だけれど、最近の研究によると、IL-8と呼ばれる薬と併用した場合、がんを増やしていく乳がん幹細胞を抑える効果が、ハーセプチンよりはるかにあることがわかり、ハーセプチンと兼用した場合の効果も証明されている。
(タイケルブとIL-8の治験は探してみたけれど、見つけられなかった。)

過去に2年間、タイケルブをハーセプチンと共にすでに使用した私の場合、この理論が依然通用するのかどうかはやはりやってみるまでわからない。

癌治療は全てギャンブル。でも、次の案が出て、軌道修正できたからちょっと安心。この後も続けて正しいベストの治療へと導かれることを祈る。

知り得て良かったこと

悪い検査結果を受け取れば、人は誰でも落ち込む。

痛みが増していくのも、出来る事が少しずつなくなっていくのも、悲しく、辛いことに違いないだろう。

咳が止めどもなく続き、肺炎がなかなか治らなかった時、もうこのまま元気は取り戻せず、寝たきりになるんだろうか、と弱気になったことがあった。

でも、天地を創造された神がおられると信じ、私の犯した罪を償い、永遠の命を受け取ることを可能にしてくださったイエスを信じる者として、死は、どんなに醜く、苦しいものであっても、新しい命への通り道であることに変わりはないと信じて疑わない。

死の向こうには、絶大な希望が待っていると思うことは、生き方を変える。

癌からサバイブできるかどうかは、もちろん大切なことだから、「神様、癌を治してください。奇跡を起こしてください。」と祈る。

でも、癌が治るかどうか、少しでも延命できるかどうか、ということ以上に、神にとっては、その過程をどう生きるかということの方がはるかに大切なのだと思う。

聖書は、神の一番大切な教えは、「誠心誠意をもって神を愛し、隣人を己を愛するように愛すること。」と教えている。

私にはこれを実践する素晴らしい手本がいくつも与えられている。少しでも上手にこの教えを実践しなければならない。

闘病について言えば、持てる力を尽くして、最後まで諦めずに闘うことを神は望んでおられるのだと思う。

全力を尽くしたら、あとは、「私の命は神の手の中。」と、信頼するのみ。

決して間違いは犯さない、万能で、愛のかたまりである神を知り得て、本当に良かった。

免疫療法は命がけ?

癌治療は当たるも八卦、当たらぬも八卦のギャンブルだけど、その中でも、治験参加(特に早期)のリスクは高くて、当たれば万々歳、そうでないと、命を落とすことにもなりかねないとさえ思える。

TIL(腫瘍内浸潤リンパ球)療法と呼ばれる最先端の免疫療法については以前もこのブログで紹介したけれど、今日、参加された方からの最新情報をバーチュアル乳がんコミュニティーInspireで読んだ。

治験に参加された女性は、10年間の寛解後、3年前に再発、そして全身転移。いきなり余命3年の告知を受けた50代のJudyさん。

TIL療法は皮膚癌(メラノーマ)やリンパ腫ではすでにいくつもの成功例を出しているらしいけれど、乳がんでは、彼女が初体験者だったそうだ。

記事によれば、まず手術により癌腫を取り出し、それを24個に薄切り。

次に研究室で、TILがどれほど癌を攻撃するかを観察した。この時は攻撃したのは24個のうちわずか4個だけだったものの、この4個を攻撃したTILは、癌だけを狙う800億に増やされた。

ここまでは「凄い!」と息を飲んだのだけど、次のくだりを読んで、怖くなった。

増大されたTILをからだに戻す前、Judyさんは大量の抗がん剤により、癌を認知しない白血球を全て消滅させなければならなかった。。!

白血球は感染から守る働きをするから、その白血球がなくなったら、簡単に死んでしまう。本来ある白血球をゼロにするのにどれほどの時間が必要だったのか、新しい白血球が入れられるまでのその間、Judyさんの体はどんなだっただろうと想像する。どうりでこの治験参加者は集中治療室に入らなければならないわけだ。

過酷な治療を終え、退院した彼女は、しばらく寝たきりの状態が続いたらしい。でも、5ヶ月が経った今、癌はほぼ消えてなくなり、もう痛み止めも必要なく、普通の生活を謳歌していると言う。

医師は、まだこの治療が成功したかどうか、結論を出すのは早いと言い、彼女の経過観察はさらに続く模様。

もう打つ手がないというところまで追い詰められての治療だったわけだけど、彼女の勇気には全く頭が下がる。

良い治療が開発されるのは、Judyさんのように勇気ある患者さんが何人も治験に参加しているからに違いない。

自分で探し当てたPoziotinibの治験だけど、その詳細を知って、怖くなってしまった私は、Judyさんの足元にも及ばない。

癌治療は怖がってたらできない。勇気が一杯必要だと思った。