March 17th, 2016

同志の死

臓器移植を希望する患者家族支援をする非営利団体トリオジャパン局長を長年務められた荒波嘉男さん(73歳)が3月3日大腸癌のため亡くなられた。

荒波さんを知ったのは、渡米移植支援を始めた、今から18年ほど前のこと。

渡米移植を希望する患者家族をロスに送られる荒波さんと、ある日突然その患者家族の皆様を迎えるようになった私は、頻繁にメールのやり取りをするようになった。

移植支援に関わり始めたその最初の年のクリスマスに、「移植支援を通し、神様と出会い、イエス様を私の救い主として受け入れました。」と、伝えると、「私もクリスチャンです。」と返事がきて、私たちは同じ楔で繋がれた同志と、飛び上がりたくなるほど嬉しかった。

荒波さんは、先天性の胆道疾患をもったお嬢さんを、臓器移植を希望したオーストラリアで亡くされ、それが臓器移植支援を開始された動機だと聞いた覚えがある。

無償で、奥様と共に、渡航移植希望家族のみならず、国内での臓器移植促進にも多大の時間と努力を注がれた。

ドナー(臓器提供者)の少ない日本で、移植なしでは死んでしまう患者さんを海外に送りながら、救った命はどれほどあったことか?

一度、身に覚えのないゴシップに巻き込まれ、激しい非難を浴びせられたり、バッシングにあったことがあったと聞いている。でも、そんな時も、真実はいづれ明らかになると、敵に歯をむきだすこともなく、黙々と移植支援を続けられた。

そんな荒波さんが、私が癌になってから数年後、4期の大腸癌と告知され、奇しくも、癌闘病でも同志となった。

「治験薬と従来の薬と、どちらを選びますか?」と医師に問われた時、迷わず治験薬を選んだそうだけれど、その理由は、少しでもデーターを提供して、将来の治療に役立ちたいと思ったからと伺った。

私にはとても真似できないと、「あなたの隣人を自分自身のように愛せ。」という教えを貫き通す彼に脱帽の思いだった。

入退院、手術も幾度も繰り返し、一時は寛解した様子であったけれど、結局癌は戻ってきて、昨年暮れに、もう打つ手がなくなったとメールが届いた。

それでも、最後までトリオの事務所に通い、少しでも患者さんたちのために尽くしたいとおっしゃり、その通り実践された。

こんなにも誠実で勇敢な人と知りえて、曲がりなりにも共に奉仕できた私は本当に幸せだったと思う。

クリスチャンは死は終わりではないと信じる。

死はむしろ、永遠の命の始まりで、私たちを創造された神様と出会う天の国は、涙も苦しみもなく、病気にも死ぬこともない新しい体をいただき、この世よりもはるかに美しく、幸せに暮らせるところと信じる。

尊敬する荒波さんが亡くなられたと知り、なんだか力が抜けてしまったような気分はやめない。

でも、神様の約束があるから、見事に与えられた人生を貫き通した荒波さんは今、死を打ち破り、神の御国にゴールインして、癌からも癒され、歓喜で溢れておられることだろう。

「荒波さん、おめでとう!」と、空を見上げてエールを送る。