March 9th, 2016

艱難を喜ぶ

聖書には試練に関する教えがいくつも出てくるけれど、イエスの弟子パウロは「艱難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が救済への希望を生み出す。それを知っているから、艱難さえも喜ぶことができる。」とローマ書(5:3)の中で書いている。

先日、映画 Karate Kid (邦題 ベストキッド)で空手を少年に教える先生役のスタントを務めた、出村文男のドキュメンタリーを見た。

様々な苦労を重ねながら、アメリカ空手世界の巨頭となった彼のドキュメンタリーを見て、上の聖句を思い、試練が強い人格を作り上げていくことを実感した。

出村文男は1938年に日本で生まれ、早くに父を失い、貧苦を味わいながらも、日本の空手チャンピオンになる。その時からアメリカ移住を夢見て、当時師範を探していたアメリカ空手のパイオニアに誘われ、カリフォルニアに移住。
でも、移住当初は、お金もなく、英語も知らず、家族友人もなく、ガレージで寝起きしたり、日本を思い泣いたこともあったそうだ。

ちょっと脱線するけれど、ドキュメンタリーの中に出村氏が母を語る場面があった。
小さな八百屋を経営していた未亡人となった母親はその売り上げを盗まれた時、「盗んだ人はきっとお金に困っていたに違いない。必要が満たされたんだからこれでいいよ。」と、怒ったり悔しがったりする代わりに、泥棒に同情を示したと、出村氏は語っていた。

最近泥棒に入られた私は、すぐさまうちの賊たちのことを思った。
うちに入った泥棒たちは、お金に困っていたとは思えない。むしろ、麻薬とか、快楽のためのお金を欲しがっていたのだと思う。それでも、彼らが良い家庭環境を持っていなかった可能性は十分ある。

私も出村氏の母のように、同情を示し、彼らのために祈り、許すことをしなきゃいけないなと考えさせられた。

異国の地で、ゼロからスタートした出村氏であったけれど、彼の空手道は徐々にアメリカで多くの人からその技を認められるようになる。すると今度は、戒律を重んじる日本の空手陣から厳しい非難を浴びるようになり、しまいには、空手協会から脱会を強制されることになった。

試練はいくつも続いたけれど、その試練は、彼をくじけさせる代わりに、より忍耐強く、謙虚に、感謝深く、優しく、奇抜に、且つ、空手への情熱を高め、彼をアメリカ空手界の名手というだけでなく、尊敬される人格者としても名声を広めさせていった。そして、成長した彼の姿は、厳しい非難を浴びせていた日本の師範の心をも柔らげた。

聖書が言う、救済の希望とは、イエスによってもたらされた神との和解、死後の永遠の命のことで、この世の成功だけに止まらないけれど、出村氏の話は、試練がプラスに働くことを理解するのに十分説得力があった。

私の試練も、私を成長に導く、神様が許された機会であるならば、長いトンネルを通り抜け、神とであう時の自分を想像し、勇気が湧いてくる気がしている。