March, 2016

夜中の電話

2月の家計簿決算を終えて、さあシャワーを浴びて寝ようと思った時だった。
突然電話がなった。夜中の1時になろうろしていた。

こんな時間に誰だろう? まさか、日本の母に何か起きたとかいう知らせじゃないよね、と思って電話の発信者表示を見る。
すると、そこには見慣れない市外局番の電話番号があった。

こういう名前の代わりに電話番号が表示される電話はよくあり、いつもなら無視して留守電に答えてもらう。たいていの場合は無言で終わる。でも、夜中のことだし、電話を取った。

「ハロー、ハロー。。」何度か呼びかけたけれど応答がない。

それで、電話を切ると、すぐにまた同じ発信者から電話が入った。

「和世さんですか?Long Beach(私の住んでる町Torranceから車で30分ぐらいのところにある町)警察ですが、パスポートをなくされましたか?」

こんな時間に警察から電話?
なんで警察って表示でないの?
怪しい。。。

そう思って、「はい。」と答えながらも、すでに寝込んでいたジョージを起こし電話の応答を代わってもらう。

パスポートを見つけたので、今から届けたい。住所を教えて欲しい。と、相手は言ったそうだ。

でも、夜中のこの時間に??!

「警察の方だという証明があるでしょうか?泥棒からの電話かもしれないと心配なのですが。」

そうジョージが聞くと、名前と電話番号をくれ、「こちらに電話して確認してください。」との返事。

電話をいったん切って、もらった電話番号にかけ直す。

今度は女性の声で、警察署であること、その名前は刑事の一人であると言われる。

でも、一週間前、家に入った泥棒の一人は女性だった。

まだまだ信用できない!

そこで今度はTorranceの警察署に電話。事情を説明し、再度刑事の名前を確認してもらう。

刑事名に間違いはないけれど、心配だったら、届けてもらう代わりに、受け取りにくいと言ったら良いとアドバイスをうけ、その通りに再度電話。

「夜が明けたら取りに行きます。」と言って、電話を切ったものの、まだ緊張はほぐれない。

確認は取れたけど、実在の刑事の名前を使っているという可能性はまだある。

全てが偽りで、賊が数人でこちらに向かっているとしたら。。。

再び貴重品を隠し、ジョージはアラームボタンのついた車のキーをいつでも押せるようにと握って、万が一に備える。

さらに、シャワーを浴びたいという私に、風呂場の内側からカギをかけ、いつでも911(日本の110番)に電話できるよう、受話器をそばに置くようにと。

闇に包まれた夜。なんだか罠にはまったように二人だけじゃ心細く、深夜に早起きする友達にもメールして、警戒態勢を取ってることを知らせた。

そして、シャワーを浴びながら、「何事も起きませんように。」と祈った。

数時間が経ち、夜は無事に明け、いつもと同じ静かな朝が来た。フ〜。

なんだか自分がドラマの中にでもいるみたい。うちなんて、何も盗むものないのわかっただろうに。。。

私達、まだ過剰に神経質になってるのかもしれないけど、油断禁物。

警察署に行ったら、どこでパスポート見つけたのか、なぜ夜中に届けようとしたのか、聞いてみたい。

それは明日わかる。

犯人逮捕

昨日警察からの電話で、4人グループの犯人の一人を逮捕したと知らせがあった。

捕まった一人は、私達の寝室から盗んだセキュリーティーボックスをまだ持っていたと言う。

ロングビーチの刑事が見つけた期限の切れたパスポートは、刑事と連絡が取れなくて、まだ取りに行ってないけれど、彼が夜中に電話をしてきたのは、犯人の一人を追い詰めて、捨てられたパスポートが私達の物と確証を取り、
逮捕に踏み切るためだったんじゃないかと想像している。

残りの4人も監視中で、逮捕されるのは時間の問題であるようだ。

空き巣にあってからわずか一週間。こんなに早く犯人を見つけてくれるとは思っていなかった。これなら時計も、スペアーキーも、税申告のための書類も戻ってくるかもしれない。

トーランスとロングビーチの警察の力に感心すると同時に感謝で一杯。もちろんスピード解決に導いてくださった神様にも!

これで枕を高くして眠れる。

神様はいつだって素晴らしい!

艱難を喜ぶ

聖書には試練に関する教えがいくつも出てくるけれど、イエスの弟子パウロは「艱難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が救済への希望を生み出す。それを知っているから、艱難さえも喜ぶことができる。」とローマ書(5:3)の中で書いている。

先日、映画 Karate Kid (邦題 ベストキッド)で空手を少年に教える先生役のスタントを務めた、出村文男のドキュメンタリーを見た。

様々な苦労を重ねながら、アメリカ空手世界の巨頭となった彼のドキュメンタリーを見て、上の聖句を思い、試練が強い人格を作り上げていくことを実感した。

出村文男は1938年に日本で生まれ、早くに父を失い、貧苦を味わいながらも、日本の空手チャンピオンになる。その時からアメリカ移住を夢見て、当時師範を探していたアメリカ空手のパイオニアに誘われ、カリフォルニアに移住。
でも、移住当初は、お金もなく、英語も知らず、家族友人もなく、ガレージで寝起きしたり、日本を思い泣いたこともあったそうだ。

ちょっと脱線するけれど、ドキュメンタリーの中に出村氏が母を語る場面があった。
小さな八百屋を経営していた未亡人となった母親はその売り上げを盗まれた時、「盗んだ人はきっとお金に困っていたに違いない。必要が満たされたんだからこれでいいよ。」と、怒ったり悔しがったりする代わりに、泥棒に同情を示したと、出村氏は語っていた。

最近泥棒に入られた私は、すぐさまうちの賊たちのことを思った。
うちに入った泥棒たちは、お金に困っていたとは思えない。むしろ、麻薬とか、快楽のためのお金を欲しがっていたのだと思う。それでも、彼らが良い家庭環境を持っていなかった可能性は十分ある。

私も出村氏の母のように、同情を示し、彼らのために祈り、許すことをしなきゃいけないなと考えさせられた。

異国の地で、ゼロからスタートした出村氏であったけれど、彼の空手道は徐々にアメリカで多くの人からその技を認められるようになる。すると今度は、戒律を重んじる日本の空手陣から厳しい非難を浴びるようになり、しまいには、空手協会から脱会を強制されることになった。

試練はいくつも続いたけれど、その試練は、彼をくじけさせる代わりに、より忍耐強く、謙虚に、感謝深く、優しく、奇抜に、且つ、空手への情熱を高め、彼をアメリカ空手界の名手というだけでなく、尊敬される人格者としても名声を広めさせていった。そして、成長した彼の姿は、厳しい非難を浴びせていた日本の師範の心をも柔らげた。

聖書が言う、救済の希望とは、イエスによってもたらされた神との和解、死後の永遠の命のことで、この世の成功だけに止まらないけれど、出村氏の話は、試練がプラスに働くことを理解するのに十分説得力があった。

私の試練も、私を成長に導く、神様が許された機会であるならば、長いトンネルを通り抜け、神とであう時の自分を想像し、勇気が湧いてくる気がしている。

レントゲに映った癌腫

先週抗がん剤点滴から2日目の晩、久しぶりに38度の熱を出した。

それに先立ってした血液検査では、PTTと呼ばれる血液凝固までにかかる時間を示す値が、極端に高く(ということは出血した場合、なかなか血が止まらないということ。)危険な数値を示したため、アフィニトールを1日お休みして、翌日再検査を受けた。

再検査では肩甲骨付近に埋め込んだポートからではなく、腕の静脈から血液採取。その結果、数値は正常値に戻ったのだけど、アフィニトールは、手持ちの分を飲み終えたら5mgにと言う指示から、その日より即5mgに減量と言う指示に変わった。

以後、鼻血は止まったものの、発熱と一緒に慢性的に続いている咳がひどくなり、熱は下がっても、咳が止まらなくなった。

そのことを主治医に伝えたら、一般内科の診察を受けるようにと言われ、今日、検診と胸のレントゲン撮影を受けてきた。

医師は、肺の音は綺麗で、肺に水が溜まっている様子もないので、肺炎ではないこと、ウイルス性のものか、あるいは、止まらない鼻水が喉の方に落ちて咳が出ている可能性もある、と言いながら、レントゲンの映像をコンピューターに写し、「ここに癌腫が見えますね。あとは、私には異常なしに見えます。」とおっしゃった。

確かに、右肺上方に白い丸い影が見える。

医師が比較している9月のレントゲン写真にも、同じ位置に同じような白い影を認め、「大きくなってますか?」と思わず質問。

「少し大きくなっているようです。でも、これは9月との比較ですから。4月にCTを取るなら、前回12月のCTと比較しないとね。その結果では安定と言うことになるかもしれませんよ。」

放射線科医がさらに詳しく判定するので、新たに何か所見が見つかったら連絡があるとのこと。

確かに、12月のCTでは癌が成長していたから、12月との比較でないと、正しいことはわからない。でも、「大きくなっている、」と言われ、良い気はしなかった。

以前、もう1年以上も続いている咳に、「癌のせいかも。」と、今の腫瘍科医に言われたことがあるけれど、ひどくなった咳が、癌が大きくなっているからだとしたら、嫌だなあ〜。

アフィニトール、規定量の50%じゃ、効果は期待できないってことだろうか?
アフィニトールが効いてない場合のために、また新たな薬探しをしなきゃならないんだろうか?等と考えながら帰宅した。

今夜は久しぶりに次男夫婦がサンフランシスコから間もなく到着する。

もやもやとまた不安材料がお皿にのってしまったけれど、久しぶりの家族の時間だもの。神様がくださる憩いの時と思って、頭を切り替え、楽しむことにする!

陰は癌じゃなくてポートだ!

昨夜、床について、いつものように祈りを捧げていたら、突然ひらめいた。

レントゲンに映った白い陰は、癌腫じゃなくて、点滴のために埋め込んだポートだ!

ポートとは、点滴の時、血管に直接針を刺す代わりに使う、皮膚下に埋め込むカテーテルの先に着いた、丸い2−3センチほどの大きさの針挿入部分。

私は左脇下のリンパ節を全て取ってしまっているので、点滴や採血には右腕の血管しか使えない。その血管を頻繁な針挿入から守るため、2012年ポートを右肩甲骨のやや下に埋め込んでいる。

そのことを知らない一般内科医は、きっとそのポートを癌腫と間違えたのだろう。

白い陰の位置といい、大きさといい、あれはポートに違いないと思ったら、一気に気持ちが楽になり、ぐっすりと眠れた。

気分晴れて水族館へ

気分一新、雨も止んで、晴れ上がった今日は、一月遅れの次男の誕生日を祝うため、長男も一緒に家族揃って、数年前オープンしたLong Beachにある水族館へ出かけた。
Long Beach Aqualium

カラフルな熱帯魚、色鮮やかなサンゴやイソギンチャク。
 
 

 

 
 
 

幻想的に舞い踊るクラゲ。Jelly Fish

 

 

 

 

 

 

夢の中の仮想の生物としか思えないSea Dragon等。。

leafy Sea Dragon

leafy sea dragon (葉っぱのような海獣)。海藻の中にじっとしているとつい見落としてしまう。水中を舞うように泳ぐ姿はなんとも優雅。


全てを創造された神様のデザイン力ってなんと素晴らしいんだろう!

面白おかしい生き物たちの名前を見ながら、この世の最初の人間、アダムも同じように出会う植物、生物たちに名前をつけたのだろうと思いを馳せ、そして神の国である天国は、この美しい水槽の中より、もっと何倍も美しく、全てが手の届くところにあるのだろうと、想像を膨らませ、感動を覚えた半日だった。

怖い薬物相互作用

アクション映画伝説の人にブルースリーがいる。

次男夫婦と、先日ドキュメンタリー映画でみた空手マスター、出村文男は、ブルースリーにも武道(ヌンチャク)を教えたことがあるんだって、と話していたら、ブルースリーは何で若くして(32歳)亡くなったのかという話になった。

興味をもった私はさっそく検索。

突然香港で亡くなった彼の死因については様々な憶測が出回ったらしいけれど、真実は、薬の相互作用で脳が異常に膨れ上がったためだったらしい。

強い薬を複数使っている私は、ヒヤッと冷たい気配を察知。

彼は慢性的な背骨の痛みのために、痛み止めを常用していたそうなのだけど、亡くなった日、頭痛を訴え、アスピリン系の頭痛薬も服用。その後昏睡状態となり、病院に運ばれた時には、すでに呼吸が停止していたとのこと。

1年ほど前、ジョージも声帯手術をした時、鎮痛剤を飲んだ後にビールを一杯飲んだら、急に血圧が下がり、意識を失い大騒ぎしたことがあった。幸い、横に寝かしたらすぐに意識が戻ったからよかったけれど、ブルースリーのように命を落としてしまうこともあると思うと怖い、怖い。

癌だと言うと、よく人から様々なサプリや健康食品を勧められるけど、自分でも、過去に、肝臓に良いと知って、グレープフルーツを毎日食べ始めたら、実は、グレープフルーツはT-DM1の副作用を強めてしまうと知り、慌てたことがあった。

突然、昏睡状態になって死ぬというのは、安楽死の薬物作用と同じだろうか?と次の疑問が湧き始めているけれど、今は、ブルースリーの話を肝に銘じ、薬の説明書はよく読み、他の薬ばかりか、サプリやビタミン剤を併用する時でも、医師に相談して安全を確かめなければと思った。

同志の死

臓器移植を希望する患者家族支援をする非営利団体トリオジャパン局長を長年務められた荒波嘉男さん(73歳)が3月3日大腸癌のため亡くなられた。

荒波さんを知ったのは、渡米移植支援を始めた、今から18年ほど前のこと。

渡米移植を希望する患者家族をロスに送られる荒波さんと、ある日突然その患者家族の皆様を迎えるようになった私は、頻繁にメールのやり取りをするようになった。

移植支援に関わり始めたその最初の年のクリスマスに、「移植支援を通し、神様と出会い、イエス様を私の救い主として受け入れました。」と、伝えると、「私もクリスチャンです。」と返事がきて、私たちは同じ楔で繋がれた同志と、飛び上がりたくなるほど嬉しかった。

荒波さんは、先天性の胆道疾患をもったお嬢さんを、臓器移植を希望したオーストラリアで亡くされ、それが臓器移植支援を開始された動機だと聞いた覚えがある。

無償で、奥様と共に、渡航移植希望家族のみならず、国内での臓器移植促進にも多大の時間と努力を注がれた。

ドナー(臓器提供者)の少ない日本で、移植なしでは死んでしまう患者さんを海外に送りながら、救った命はどれほどあったことか?

一度、身に覚えのないゴシップに巻き込まれ、激しい非難を浴びせられたり、バッシングにあったことがあったと聞いている。でも、そんな時も、真実はいづれ明らかになると、敵に歯をむきだすこともなく、黙々と移植支援を続けられた。

そんな荒波さんが、私が癌になってから数年後、4期の大腸癌と告知され、奇しくも、癌闘病でも同志となった。

「治験薬と従来の薬と、どちらを選びますか?」と医師に問われた時、迷わず治験薬を選んだそうだけれど、その理由は、少しでもデーターを提供して、将来の治療に役立ちたいと思ったからと伺った。

私にはとても真似できないと、「あなたの隣人を自分自身のように愛せ。」という教えを貫き通す彼に脱帽の思いだった。

入退院、手術も幾度も繰り返し、一時は寛解した様子であったけれど、結局癌は戻ってきて、昨年暮れに、もう打つ手がなくなったとメールが届いた。

それでも、最後までトリオの事務所に通い、少しでも患者さんたちのために尽くしたいとおっしゃり、その通り実践された。

こんなにも誠実で勇敢な人と知りえて、曲がりなりにも共に奉仕できた私は本当に幸せだったと思う。

クリスチャンは死は終わりではないと信じる。

死はむしろ、永遠の命の始まりで、私たちを創造された神様と出会う天の国は、涙も苦しみもなく、病気にも死ぬこともない新しい体をいただき、この世よりもはるかに美しく、幸せに暮らせるところと信じる。

尊敬する荒波さんが亡くなられたと知り、なんだか力が抜けてしまったような気分はやめない。

でも、神様の約束があるから、見事に与えられた人生を貫き通した荒波さんは今、死を打ち破り、神の御国にゴールインして、癌からも癒され、歓喜で溢れておられることだろう。

「荒波さん、おめでとう!」と、空を見上げてエールを送る。

笑顔

自閉症かもしれないと心配するお母さんに連れられて、検査を受けに来た1歳半の男の子が、「笑って」とお母さんに言われると、目を細め、口を左右に広げて笑顔を作ってみせた。

表情が可愛くて、通訳をする私も、思わずニコッとしてしまう。

88歳の母がスカイプのスクリーンの中で、笑顔を見せる。皺だらけの顔なのに、やはり素敵に感じられ、こちらも笑顔を返す。

笑顔は、涙や、気難しい顔と同じように、すぐさま相手に伝染する。

涙顔だったり、眉を寄せて、難しい顔をされると、こちらも同じように気持ちが沈んだり、緊張した気分になる。

でも、笑顔を見せられると、仮にこちらが沈んでいたり、心配ごとがあったりしても、気分が明るくなる。

コラムニストで、倫理、政治、宗教に関する本もたくさん出版しているユダヤ人のDennis Prager (デニスプレガー)は、ニコニコ明るい気分でいることは、周りの人たちを幸せ気分にするために大切な義務であると教えるけれど、その例の一つとして、レストランに行って、ウエイトレスが悲しい顔や、難しい顔をしていたら、お客は食事を楽しめないと言った。

確かにその通り。

病院に行くと、看護婦さんはいつも笑顔を作って迎えてくれるけれど、そうでなかったら、ただでさえ、病院は避けたいのに、ますます足が遠のいてしまう。

内心は、ムシャクシャしていても、そのことから一時目を離し、気配りを優先したら、笑顔も無理にではなく、自然と作れるんじゃないだろうか?

19歳で、脳がん(グリオーマ)のために1年前亡くなったローレンの最後の写真は、死の数日前でありながら、笑顔で手を振っているものだった。

現実を否定するのではなくて、暗闇の中にあっても与えられる恵みに目を向けたら、感謝の気持ちが湧いて、笑顔が作れるんじゃないだろうか?

癌はもちろんだけど、そうでなくたって、死が近づいてくると、希望はしぼみ、苦痛、不安は増大する。

それでも、私も、絶えず光を与えてくださる神様に焦点を当て続け、死の向こうにある希望に目を向け続け、最後の最後まで笑顔を作っていられるようでありたい。

諦めたらいけない理由

確率と期待とは相互関係にあるように思う。
プラスの確率が高ければ賭けてみようと思うし、マイナスの確率が高ければ、敬遠したり、肩を落としたりする。

でも、世の中、確率だけで説明できないことが多々ある。

二千年ほど前の金曜日、イエスが十字架刑にかけられて死ぬと、彼を神の子と慕っていた弟子たちの希望も、跡形もなく消え失せた。イエスは死刑後、蘇ると弟子たちに予言していたのにもかかわらず、全ては落胆のうちに終わったように思えた。

かつて、共産国ソビエト領であったルーマニアで貧しいジプシーの子供達を援助するミッションに参加している友人の娘さんが春休みを利用して戻ってきた。

貧しい故に十分な教育が受けられず、教育がないため女の子は12−13で妊娠し、25を超える頃には父の違った子を6人も7人も持つようになり、収入もなく、子供を捨てる。捨てられた子は希望のない生活から逃げるため、学校にもいかず麻薬にはまり、同じサイクルを繰り返す。

彼女の話を聞きながら、世の中、こんな貧困にあえぐ人たちの方が多くて、どんなに寄付を送っても、貧困の終わりなどないんじゃないかと思えた。

癌撲滅は間もなくと言われながら、年月だけが流れている。
期待されている免疫療法の一つ、白血球であるT細胞を強化して体に戻す治験に参加された方の報告によると、改良されたT細胞は、彼女の300種ほどある癌によって異常をきたした遺伝子のうち、わずか2種だけを認知したとあった。

たった2種だけ? 
遺伝子レベルにまで異常をきたす癌の脅威に圧倒され、癌撲滅の日など見ることはできないと落胆する。

でも、でも、金曜日に殺されたイエスは日曜日蘇った。

蔓延する貧困に終わりがなくても、26歳の友人の子は、これからもルーマニアで子供たちを救うための活動を続けたいと強い意志を示した。

T細胞が認知できた遺伝子異常は、わずか2種だけでありながら、この治験を受けた女性の癌は縮小し、彼女はまた生きる希望を繋いだ。

期待が叶う確率がゼロに見えても、あきらめちゃいけない理由があると思った。神は私たちが前進することをいつも願っておられ、そしてそれを助けてくださっているから。

復活祭の今日、死を打ち破り、復活という奇跡をもたらした神の驚くべき技と愛が、限りなくゼロに近い確率を吹き飛ばしてくれるように思え、私の落胆も希望に変わった。

肺炎入院

本当は今日から結婚記念旅行に出かける予定だった。

それが、火曜日の夜に嘔吐と下痢を伴う40℃近い高熱を出し、入院する羽目になった。

診断名は肺炎。

復活祭開けの月曜日も咳と、鼻水が酷く、夜にやはり熱を出したので、毎日服用しなきゃいけないアフィ二トールも、火曜日の点滴もキャンセルしていた。

水曜日の朝一旦頓服薬で下がったと思った熱は、午後になったら再び38℃を越え、重たい体を引きずって病院へ行った。

翌日の今日から旅行に出かけたい一心で、強気で試みたけど、そこでの血液検査で、強い感染にかかっていると言われ、入院を言いつけられた。

そしてレントゲンの結果、肺炎ということに。。

それでもまだ旅行が諦めきれず、ひたすら祈って、今日午後の退院を夢見たけれど、「そんなの無理です。最低後2ー3日はいてもらわないと。」と、先生に言われてしまった。

アメリカの病院はベット代が高く、日本だったら一週間は入院だろうと思われる時でも日帰りのケースが多々ある。だから、ここで数日入院しろと言われるのは、症状がよほど深刻ってことなんだろう。

旅行がボツになってひどくがっくりだけど、実は良いことも発見!

第一によいお薬のおかげで元気も食欲も戻ってきた。

第二に、入院翌日からお見舞いが殺到。その中の一つは、宿泊する予定だった貸別荘のオーナーからで、すでに私が癌闘病者と知って、キャンセルは心配するなと言ってくれていたんだけれど、私たちの結婚記念を祝うためバラの花を買って待っていてくれたのだと言う。それを知ったら、この病院のベットの中で感激して涙してしまった。
優しい彼に会うことができなくてとても残念!

そして第三の良いニュースは、抗がん剤は肺炎が治るまで全て中止となったのだけど、そのせいで、今まで上昇し続けていた肝臓酵素の値やその他血液検査の結果が、正常範囲にもどった!

今回の旅行は結婚22周年記念のはずだったけれど、思えば、このうちの6年は癌闘病を続けてきたことになる。
よく、ここまで生きてこられたなあと、これも感謝に数え、パーキンソンの夫ジョージと、この先も、人生益々厳しくなっていくけど、死が私たちを別つまで、少しでも多く思い出を重ね、最後の日に、互いに、結ばれてよかったと思えるようでありたいと祈った。