最後の最後まで諦めちゃいけない

「主は、私の人生を苦く、辛いものにされた。家を出た時の私は満ち足りて幸せだったのに、全てを失い不幸で一杯になって戻ってこなければならなかったとは’。。。」

紀元前1000年頃に生きたイスラエルの女性ナオミは、外地で夫も、二人の息子も次から次へと失い、彼女にどこまでもついていきたいと言い張る外国人である嫁の一人、ルツだけをつれて、祖国に戻ってきた。

女性は生活の全ての糧を男性に頼って生きなけらばばらなかった当時のこと。年老いて、再婚のチャンスもなく、ルツが一緒とはいえ、外国人女性である彼女にできることは収穫後の残り物を拾って売ることぐらい。

人生が思いもかけない方向に進み出す時、次から次へと試練が襲いかかる時、ナオミのように絶望の淵に追いやられることはよくある。

神を恨むナオミの言葉は、他人事と思えない。

でも、旧約聖書のルツ記は、ここから話が始まる。

わずかな収入を稼ごうと、必死にナオミのために働くルツは、裕福なナオミの親戚、ボアズから目をかけられ、いづれ彼の嫁となる。ナオミの姓は引き継がれ、その子孫からイスラエルのヒーロー、ダビデ王が生まれ、さらに数100年後、イエスの父となるヨセフも同じ家系から生まれることになる。

全てを失ったと思ったナオミの人生は外国人である義娘ルツにより、再び豊かに祝福され、救世主イエスの祖先と言う言葉に余る栄光さえも受ける結果となった。

人生が真っ暗闇に感じられる時、暴走したり、自滅したりしたくなる。与えられている恵も目に入らない。でも、神様は決っして裏切らない。

久しぶりに読んだルツ記、最初に心に響いたのは、「なぜこんなことが!」と思うような時でも、もう未来はない、と思われる時でも、神様は見捨てはしない。最後の最後まで信仰を持って生きなければ、と言うことだった。

そして、次に響いたのは、ルツとボアズのロマンス。この続きは次のブログで書くことにする。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *