December, 2015

特効薬を見つける遺伝子テスト

8月、UCLAにセカンドを求めに行った時、ハーセプチンを発明したスレイマン先生からいただいた助言の中に、治療の可能性を探るため、遺伝子テストを受ける、と言うのがあった。

ガンは遺伝子を作り上げるDNAに異常をもたらすと言う。その異常を起こしたDNAを調べて、それに対抗する薬を見つけるのが遺伝子テストであるらしい。言い換えると、一人一人違った顔を持つガンに、どの薬が適しているかを調べると言うもの。

アメリカでは、こんな個人にあった薬を探す研究所、クリニックが注目を浴び、増えている様子。

スレイマン先生からはマサチューセッツ州にあるFoundation Medicineと呼ばれる研究所のFoundation Oneと言う検査を勧められた。

こちらのサイトによれば、テストの信ぴょう性確率は85%。もちろん、効果のある薬が何も見つからない場合もあるし、仮に見つかった薬が治験薬だとすると、治験参加の条件に合わず、薬に手が届かないということもあり得る。第一、100%ガンを消し去る薬がない以上、効果に限界があることは確か。でも、使ってみるまで効果はわからないという盲目的な部分は解消されることになる。

私の場合、さしあたっての目的は、ホルモン陽性乳がんの薬、アフィニトールがHER2陽性である私のガンに効果があるかどうかを知ること。

費用は5千−7千ドルとあったけれど、保険の適応がない場合は、収入に合わせて割引してくれるともあった。

私の病院、カイザーでは、保険の適応もなければ、腫瘍サンプルを送るのも個人でしなければならないということで、現在送付の仕方を問い合わせている。

明日はいよいよ9月から始めたアブラキサン+ハーセプチンでガンが縮小しているかどうかを調べるCT検査。

結果が悪ければ、また薬変更だから、この遺伝子テストも急がなければならないけれど、もちろんCTの良い結果を待望している。
効かなくなったパクリと同じ薬であるアブラキサンだけど、あー良い結果が出ますように!

クリスマスの始まり

いつになく、気持ちが沈んで元気がなかった。
ガンは肝臓に入っているかもしれない。
たくさん撮ったCTからくる放射線の影響がいづれ現れるかもしれない。
私が死んだら、ジョージは新しい恋人を作って、私は過去の人となるんだ。
等、等、一旦気持ちが沈み始めると、思考は悪い方向へと進み、悲しみが膨らんでくる。
何もやる気がなくなっていると、ジョージが、マザーテレサの本が映画になったから見に行こうと誘ってくれた。
外に出て行くのは億劫だったけれど、だからこそ行くべきだと、重い腰を上げて出かけた。

淡々とマザーの人生を描く映画は、人によっては退屈と映るかもしれないけれど、見終わった時、私の気持ちは180度変わっていた。

映画のタイトルは、「The Letters (手紙)」。

マザーテレサは、1979年にノーベル平和賞を受賞した、半生涯をインドのカルカッタで、貧民の中の貧民に捧げた人。この間、彼女は神を身近に感じることができず、その笑顔の陰で、孤独と苦闘していた。それにもかかわらず、彼女は神を、イエスを愛し続け、決して驕り高ぶることなく、「自分は神の道具である」と言い続け、その愛の奉仕を止まることがなかった。

同じ修道女という関係の中で上からの支援を得られず、またマザーに続こうとする若い教え子の親からも理解を得られないにもかかわらず、謙虚に辛抱強く時を待ったマザー。

朝から晩まで、足を棒にして奉仕を捧げるその人々、ヒンドゥー教徒たちから敵対視され、罵倒を浴びせられながらも、黙々と愛を実践し続けたマザー。

「主よ、私を平和の器とならせてください。
憎しみがあるところに愛を、
争いがあるところに赦しを、
分裂があるところに一致を、
疑いのあるところに信仰を、
誤りがあるところに真理を、
絶望があるところに希望を、
闇あるところに光を、
悲しみあるところに喜びを。

ああ、主よ、慰められるよりも慰める者としてください。
理解されるよりも理解する者に、
愛されるよりも愛する者に。
それは、わたしたちが、自ら与えることによって受け、
許すことによって赦され、
自分のからだをささげて死ぬことによって
とこしえの命を得ることができるからです。」
(http://www.okusawa-church.jp/inorisaei.htm 日本語訳より)

映画のクライマックス、ノーベル平和賞受賞式で、この聖フランシスの祈りを朗読したマザー。

何時間,何日、何年祈っても、神からの声を感じられず、暗闇の中にいたのに、私欲を持たず、ただひたすら神の意思を全うしたマザーの姿が、自分の事ばかり考え、自己憐憫に浸っていた私自分に語りかけた。

心を沈めていた不安、悲しみ、嫉妬、不満、怒りが全て解きほぐされ、代わりに新しい勇気と希望、愛を受け取って、家を出た時とは別人のようになって帰宅した。

1日経った今日は、大学聖歌隊によるクリスマスキャロルを聞きに行った。Untitled

美しく、力強い賛美を聞いていたら、私に再び希望と元気をくださった神の愛が胸に差し込んで、涙が溢れてきた。

厳しい試練が続いた今年だったけれど、美しく、喜びにあふれた圧倒的なクリスマスが締めを約束してくれている。
神様、ありがとう!

遊び心

今使っているアブラキサンはパクリと同じなので、髪が抜ける。脱毛はこれでもう4回目。

どうせカツラをかぶるなら、普段できないことを楽しまなくっちゃ、と、オンラインでバービードールのような長いカールの奴を見つけ、注文してみた。やっと届いたのがこれ。

WigWig back

 

 

 

 

 

 

 

お値段はわずか$14だったから、ハロウィンのカツラのようなもの。長持ちはしないだろうけれど、今までと全くイメージを変えたカツラに、ジョージは目を丸くしてる。

今年のクリスマスはこれで楽しむ!

Wig #1

カツラ一号

Wig #2

カツラ2号

 

CT結果:癌は続けて成長

アブラキサンはすでに効力を失ったパクリと基本的に同じだから、癌を縮小できるチャンスはわずかだろうと思っていた。
それでも、予想と期待とは別物で、CT結果を聞く時は、怖さ半分、後は思いもかけない良い結果への希望がいつもある。
でも、やっと受け取ったCT結果は、予想を裏切ることができず、またも肺と縦隔リンパの癌が成長し.新しい9ミリの陰も見つかった。
肝臓酵素が上がり続けていることを思えば、肝臓に癌が転移しているという記述がなかったのは幸い。
これからどうするのか木曜日の外来で腫瘍科医と相談だけれど、次の希望は先週腫瘍サンプルを送った遺伝子テストということになった。ほとんどの薬を使い果たしてしまっているわけだけど、何か効果のある新薬が見つかることを期待する。
テストの結果は2週間ほどで届くと聞いている。

点滴を済まし、悪いCT結果を受け取った後は、別の病院に入院している日本人家族の通訳を助けるため、ベニスビーチまで1時間ほどドライブすることを決めた。気持ちが重いと、他の人のことまで考えるのは決して簡単じゃないけれど、結果はいつも気持ちが軽くなっている自分を見つける。

夜の聖書クラスでは、私が新しいロングのカツラをかぶってくることを知った友達が各々のカツラをかぶって登場。勢いに乗ってジョージにもカツラをかぶせた。
Geo with a wig
CT結果は悪かったけど、笑いと祈りにあふれた夜を過ごし、優しい友たちに感謝した。

「まだ心配いらないよ」

CT結果を見ながら、「そんなに悪い結果じゃないと思う。」と新しい主治医は言った。
6週間無治療状態があったことを思えば、なおさら、癌はその間に成長して、アブラキサンはそれ以上の成長を抑えていたかもしれないと、アブラキサンをうちきる理由はないとおっしゃった。少なくとも、遺伝子テストの結果がわかるまでもう暫くアブラキサンを継続することになった。

今回は骨、頭、首から下と、CTも3種撮ったので、被曝量が心配だと言うと、癌は成長していても、長い目で見たら、まだ成長はゆっくりだから、心配な症状が出ない限り、3ヶ月おきを4ヶ月おき、あるいは、6ヶ月おきにしたっていいとまでおっしゃる。
さらに、今まで癌は数ミリの状態だったから、2−3ヶ月おきなんて頻繁にCT取らなくてもよかったのに、薬も早く変えすぎたから底を尽きちゃったとも。

そうか。前の腫瘍科医も薬を変えるのには腰が重かったな、と思いつつ、副作用が辛かったから、変えずにいられなかったと、これは仕方なかったと思う。

心配の種の選択肢だけれど、今度の主治医は、私が参加できる治験は一つだけじゃなくて、複数あるはずと、こちらも頼もしい答えをくださった。

おかげですっかり目の前が明るくなった。
これが私にとっては今年最高のクリスマスプレゼントだな。きっと!

神様、ありがとう。

再び備えられた力

事実は同じでも、考え方次第で、物の見方が変わってくる。
コップに水がもう半分しかないと考えるか、まだ半分あると考えるか。まだ半分あると思えば、余裕が感じられるから不思議だ。

癌がなくならず、成長していることに変わりはないのに、医師から「これ、そんなに悪くない。」「まだ慌てるような状態じゃない。」と言われたら、すっかり回りの世界が違って見える。

「もう50になりましたから。。」と言う人に、60を越えた者として、「まだ50?若い〜!」と言える。

「もうあと何日生きられるかわからない。」と言う人に、「今日はまだある。」と言える。

神に抱き上げられ、道具となって働く力を再び備えられたことを感じながら、最後の日まで、臓器移植支援に尽力したいとおっしゃるその人のために、私もイエス様が教えてくださった永遠の約束を毎日確認しあって寄り添いたいと心に誓う。

「私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。」(テモテ第二4:7−8)

絶望の中に現れる神

祈っても、祈っても、願いは叶わず、死が訪れる時、「結局神も仏もいない。」と思ったとしても、少しも不思議じゃない。
そして、世の中、そんな理不尽な話は溢れるほどにある。

私は、臓器移植支援をしていた時、愛する子供や夫を亡くされた方々が、異国の地で受けた恩を胸に熱く感じ泣かれるのを見て、“イマニュエル“ (主は我と共に)と呼ばれる神を見たと思い、信仰を持つに至ったけれど、聖書が語る神は、絶望の中に、私たちが想像する神と違って、別の現れ方をする。

以下の話はクリスチャンサイトに見つけた、絶望の中に神を見る話。

チェンくんはわずか5歳で脳がんと診断された。そのわずか数ヶ月後、今度はチェンくんのお母さんが腎臓病と診断された。

Chan's story #1
2年間の闘病後、癌が進行し、チェンくんは視力を喪失、動けなくなった。同じ頃、お母さんも一生普通の生活はできないと宣告された。

Chan #2
医師たちは、チェンくんのこの世の時間が残り少ないこと、また、彼の腎臓がお母さんに何よりも必要な腎臓移植に完璧に適合することも知った。
しかし、母はチェンくんからの臓器移植を拒んだ。

Chan #3

お母さんがチェンくんからの臓器移植を拒否している会話を聞いた彼は、お母さんに自分の腎臓を受け取ってほしいと懇願した。

Chan #4

ガンが成長し、病状が増す増す悪化すると、自分が死んだらお母さんを救えると思ったチェンくんは、何もしないで、ただ死なせて欲しいと母に頼んだ。

Chan #5

目に涙を溜めながら、重たい心で、母は息子に頷いた。母にとって唯一の慰めは、息子の一部が自分と一緒にずっと生き続けるということだった。。

Chan #6

チェンくんは4/2静かに息を引き取った。そして、彼の尊い腎臓が母を救うため移植された

病院のスポークスマンは、「医療チームが移植前、チェンくんのために短い祈り、と黙祷を捧げた」と伝えた。

Chan #7

チェンくんの払った犠牲は、母だけでなく、他の臓器を提供されたもう二人の命も救った。

Chan #8

マタイ10:39
「自分の命にしがみつく者はそれを失うが、私(神)のために命を捨てる者は、それを見つける」

この世は仮の世界。永遠の命を受けて永遠に生きる世界が次にあると思えば、自分を救うことより、母を救うことを思ったチェンくんは、間違いなく永遠の命を受け取ったはず。

結局、チェンくんは助からなかった。母は一人ぼっちになった。なんと無情なことよ。と、思うか、

死んだ息子から臓器を受け取って、助かるなんて、ひどい母親だ!と、思うか、

神はチェンくんを用いられた。チェンくんの死は無駄にはならなかった。と、思うか、

それは、何を信じて、どの視点から物事を眺めるかによるのだと思う。

神の一人子でありながら、神を離れた罪の償いのために、無力な人間となってこの世にいらしたイエスを信じる私にとっては、希望も何もない悲劇に見えるチェンくんの話に一筋の光が見える。

イエスの生誕を心から祝う。Merry Christmas!

今年もサンタがやってきた

「ホッホッホー!メリークリスマス!」
サンタの衣装を着て、ジャガイモ用の白い袋にプレゼントを詰め、知的障害のあるマイカがまた今年もサンタになった。
もう何年続いているだろう?15年ぐらいになるだろうか?
彼も白髪が目立つ50半ばとなった。でも、一年に一度のこの日が今も楽しくてしょうがなく、ハロウィーンを過ぎた頃から毎日のようにジョージの携帯に「いつ?」と、メッセージが入る。「感謝祭があって、それからだよ。」と答えても、また翌日には同じメッセージが入る。
子供のように純真なんだなあ。

at home

サンタ出発前の一枚

いつもなら私は家でお留守番なのだけど、今年は初めてお供をさせてもらった。

W: Bell
最初のストップは、80代になるご夫婦の家。ご主人様は肺と目が悪く、奥様は心臓が悪い。以前は日曜日の礼拝毎に、車の送迎お手伝いをさせていただいたのだけれど、今年は健康が優れず、お断りされるようになった。自然、疎遠になってきていた。
マイカにとっては、初めての家。
まだ6時前ではあったけれど、日はすっかり落ちている。家の中も薄暗くて、キッチンだけに明かりがついていた。
驚かしてはいけないと、私が先頭に立って、マイカやジョージと一緒に「ホッホッホー!」と叫ぶ。

目の悪いご主人様が最初に気がついてくださり、それからテレビの前でソファーに横になっていた奥様が「まあ、まあ!なんて驚きなの!さあ、中に入って」と言って出てこられた。
「どうぞ、座って」と言う申し出も、「サンタは今夜は忙しいから」と、プレゼントを渡して、失礼する。

次のストップは、94歳になる独り住いの未亡人。
昨年は、マイカのサンタを強盗と勘違いされてすっかり慌てさせてしまったらしい。2度目の今年は、大丈夫だろうと思いつつ、念のため今度も私が先頭に立つ。
ドアのベルを鳴らし、「メリークリスマス!」と数回叫んで、やっと奥から、「今開けます。」と返事が戻ってきた。
ドアを開けたとたん、小さな体の彼女は目を丸くして私たちを認識。
「サンタさん大好き!」と、マイカサンタの大きなお腹に細い腕を回して、強く抱擁。W: Betty
ここでもお茶を勧められたけど、サンタは急ぎ足。

3つ目のストップは、数年前、お母さんを乳がんで亡くされた、若いご家族。
それから、最後は、マイカの住まいであるグループホーム。
プレゼントを詰めた袋が空になった後は、3人でマイカのお気に入りのハンバーガーを食べに行った。

道中、何度も、「ジョージ、ありがとう。キャシーありがとう。」とマイカは言ったけど、あんなに喜んでもらえるんだもの。これじゃあ幾つになったって止められないよ。

Micha
サンタのプレゼント配達を始めた当初は、自分のプレゼントが待ちきれなかったマイカだったのに、今はすっかり、与えることに喜びを感じている。
お年寄りや子供たちのあの驚きと歓声も、クリスマスのマジックを感じさせる。
クリスマスの意味を教えたいというジョージの発案と、毎年マイカのために続ける彼の努力に今更ながら感服。

あー私も一緒に行けてよかった!

好中球(白血球)が異常上昇

抗がん剤のアブラキサンが白血球の一つ好中球の値を下げてしまうので、点滴日翌日からこの好中球を再生するニューポジンの注射を3日間続けるのが今までの医師の指示だった。

おかげで、好中球の値は正常範囲内に収まり、アブラキサン開始当初は点滴を見送らなければならなかったのが、順調に毎週点滴を続けてこれた。

ところが、先々週点滴翌日、うっかり注射を忘れてしまい、1日ずれて、また、点滴日も1日繰り上げたため、注射を終わったのは、血液検査の前日となった。

すると、戻ってきた血液検査結果は、好中球の値が、12/14の4.9(水準値は(1.8-7.7)から41.6と、なんと10倍近くも異常上昇していることを示していた。
よって、先週はニューポジンは中止。明日また血液検査でこの異常値を示した好中球の値変化を調べることになっている。

白血球が低いと、免疫力が弱くなり、病気になりやすく、また高いと、今度は病原菌がすでに体の中に入って、白血球が戦っていることになる。でも、10倍というのは、高すぎて、ニューポジンの副作用で白血病(好中球の値が異常に高くなる)を誘発することがあると読んだけど、まさか、そのせいじゃないよね、と心配になる。明日の検査、数値が下がりすぎても困るけど、やっぱり下がっていて欲しいな。

遺伝子テスト結果が届いた

最初に、心配した白血球(好中球)の値だけれど、昨日の血液検査では正常値に戻っていた。感謝!

そして、クリスマスの週末催促して月曜日、やっと添付Eメールで届いた合計30ページの遺伝子テストリポートを、期待と一抹の不安に胸を膨らませて開けた。

最初のページに見つけたのは、可能性のある治療として推薦された7つの薬と16の治験。その数に、嬉しい!と、一瞬目の前が明るくなった。でも、良く読んで、調べていくと、両手を挙げて喜ぶのはちと早すぎることに気がついた。

まず、推薦された7つの薬のうち、4つはハーセプチン、タイケルブ、パージェタ、TDM1で、すでにもう使用済み。
残りの3つは、
1)ホルモン陽性乳癌用アフィニトール
2. 肺癌用アファチニブ
3. 腎臓癌用トーリセル

だけど、16の治験はほとんどがまだ海の物とも山の物とも分からない第一相の段階で、治験の場所もニューヨークだったり、マサチューセッツだったりと、カリフォルニア州外。或いは、私は対象外のホルモン陽性患者用のものだったり。

なんだか上げ底の果物籠のよう。

一見選択肢が沢山あるように見えて、実際役に立ちそうなのは、アフィ二トールが使えるってことだけなんじゃないか?

個人に適した薬を見つけるというふれ込みの遺伝子テストは、最近テレビのコマーシャルにも現れるようになって、まるで、ビーカーの中で、癌細胞が消えていくのを確認できるかのような印象を受ける。でも現実には、テストで異常を示した遺伝子を見つけたら、それを対象にしている、薬、治験を紹介すると言うもので、治験薬は、研究途上の薬だから、効果の度合いも副作用もはっきりしていない。ハーセプチンのように、何年も効果を表し続ける薬もあれば、失敗に終わる治験薬だってある。

5千ドルも払うほどの値打ちがあったかどうか考えさせられるけど、医師は何と言うだろう?
医師の見解は、来週の外来で聞くことになる。