October 8th, 2015

「三匹の子豚」

「三匹の子豚」という童話がある。
最初の子豚は藁で家を造り、2番目は木の枝で造り、三番目はレンガで家を造った。さっさと家づくりを終わった2匹は、時間のかかっている三番目の子豚を見て笑った。でも、家造りが終わって、オオカミがやってくると、藁の家も、小枝の家も簡単に壊され、2匹は笑い者にした3番目の子豚の家に逃げる。そして、この家は、オオカミに壊されることはなかった。

この話を読んだ子供の頃、「困った。うちは木で出来てる。レンガの家がいいけど、どこに行ったらレンガの家があるんだろう?」と思ったものだった。

大人になって、聖書を学ぶと、「私(イエス)の言葉を聞いてそれを実践する者は、岩の上に家を建てる賢者のようだ。雨がふり、洪水がおき、風が吹きつけても、倒れないからである。そして、私の言葉を聞きながら、それを実践しない者は、砂の上に家を建てる愚か者のようだ。雨が降り、洪水がおき、風が吹きつけると倒れてしまうからである。そしてその倒れ方はひどい。(マタイ7:24−27)」という言葉にであった。

「3匹の子豚」の話は、この聖書の言葉をヒントに童話にした物なんだろうと思った。

人は、ややこしい面倒くさいことを避け、簡単で速攻に幸せになれることを夢みる。

占いや呪い、祈祷、お守り等が人気なのはそれが一つの理由じゃないだろうか。
でも、天地を創造された神様は、奇跡の製造機械じゃない。奇跡が起きて、その時は問題が解決しても、自分の益だけを考えていたら、この世の中ちっとも良くならず、また次の災いが襲ってくる。

故ケネディー大統領の有名な演説に、「国があなたの為に何ができるかを問うのではなく、貴方が国の為に何ができるかを問いなさい。」というのがあるけれど、その中で、彼は、「この地球上では、神の仕事は、私たちがしなければならない」と言っている。「神がいるならなぜ戦争や飢餓がなくならないの?」という問いは間違いで、ケネディーの言うように、神は私たちにそれを解決する仕事をお与えになっているのだと思う。

神の計画は個人の利益だけに留まらず、人の想像を越えて大きい。神は、私たちが互いに愛し合い、神とも即席の奇跡を求める一方通行の関係ではなく、愛で結ばれる二者関係を望んでおられる。そのゴールに達成するためには、たとえ人に笑われても、試練が伴っても、岩の上に家を建てる人とならなきゃならない。
岩の上に家を建てたなら、神と二人三脚をしたなら、どんな災いが起きても、どんな痛みや不安を感じても、耐え抜くことができる。それが神様の約束だから。