October 4th, 2015

なぜイエスを信じるに至ったか 証6:全ては主の御手の中に

癌の告知を受けた当初、私は祈りの最後に、「貴方の御心がかないますように。」と言うことができませんでした。
神様は打ち出の小槌ではない。私たちは神の創造物で、神こそが私たちの主であるのだから、願いは託しても、最後は、私の思い通りに事を運んでくださいというのではなく、神様の計画が万全に成し遂げられるように、神様の願いが叶うように、と祈らなければならないと、学んでいました。でも、神の御心が私の願いと違っていたら。。と思うと、怖くて言えなかったのです。
すると、友達が、「それなら、『怖いから、力をください。』と、祈ったらよい。」と助言してくれました。

私は天地を創造された神は万能で、決して間違いは犯さないと信じています。ならば、そのお方が、敢えて私から癌を取り除かれないのであれば、「私の恵みは貴方の上に十分である。」とおっしゃるのであれば、私は自分の運命を受け入れる力が必要でした。
友達に助言を受けた日から、私は、
「神様、癌を治してください!でも、もし貴方の意志が私の願いと違うのであれば、この死の谷を下って行く力と勇気をください!」
と祈り始めました。そして、今日に至まで、私は、神が日ごとくださるその力と勇気に頼って生きてきました。

癌告知の半年前、私は特別な理由もなく、保険を今のカイザー病院保険に変えました。それまでの保険では、自己負担が10−20%ほどあったのですが、カイザー保険に変更したおかげで、私の癌治療の自己負担はほぼゼロです。私の使っている抗がん剤は1回分だけで$1万ほどかかりますから、保険を変えていなければ、大変なことになっていました。

癌転移を告知された2012年、私に2年間の寛解を導いた抗がん剤、パクリの名前を教えてくださったのは、この癌ブログにコメントを送ってくださり、以来メールのやりとりをするようになったDr. Mさんでした。高い代金を払って、セカンドを求めた医師たちではありませんでした。

昨年の結婚20周年記念日のときには、治療中だったにもかかわらず、棚からぼた餅式に念願だった聖地イスラエル旅行が実現しました。

今年の春、ジョージがリストラに会った時には、心ある方達からの驚くほどの援助金と聖書クラスを続ける場所が与えられました。

神様が与えてくださった奇跡、恵みを数えだしたらきりがありませんが、人生を振り返ってみると、神は、私が生まれる前からその手を私の上にかざしてくださっていたと思わずにいられません。

父は、原爆が投下された時、広島に駐屯していました。彼の部隊は朝礼のために外に出ていて、全滅してしまいましたが、彼だけが、建物の中で、まだ靴のひもを結んでいたのです。原爆から生き残ったものの、後遺症で1年間入院をよぎなくされ、子供は諦めなさいと言われたそうです。なのに、私は健康な体で生まれました!

育った家の隣が教会だったことも、アメリカに来たことも、ジョージと結婚したことも、臓器移植支援にかかわったことも、偶然だったとは思いません。全ては、私の犯す間違いも、癌になることもご承知だった神が、私の永遠の命の救済のために巧みに計画されたことだったのだと思うのです。

癌は成長を続け、治療の道は狭く厳しくなっています。荒れ狂う嵐の波を見たら、怖くてたちどころに溺れてしまいます。でも、神は、「恐れるな。勇気をだせ。貴方は私にとって尊い。私は決して貴方を一人にしないよ。」と、「死の影の谷」を一緒に歩いてくださることを約束してくださっています。そして、向こう側に着いたなら、病になることも、死ぬこともない新しい体を用意してくださっているのです。

今私は、「どんなときも貴方に栄光を帰す事ができますように。そしてベストの闘いをすることができますように。この世の最後、使徒バウロのように、『私はこの世のレースを完走した。そして、信仰を守り通した。』と言うことができますように。」と祈っています。全ては、私には愛しい天の父がいて、そして、その父はいつだって素晴らしいから!

主にありて。
(終)