October 1st, 2015

なぜイエスを信じるに至ったか: 証3:美佑紀ちゃん

#2Miyuki

物部美佑紀ちゃん

1997年春、ロスの日系新聞に載った一つの記事が目に留まりました。
8歳になる重い心臓病を煩った少女、美佑紀ちゃんが、心臓移植のために東京からUCLAにやってくるという記事でした。当時、日本はまだ脳死臓器移植法が成立しておらず、心臓移植は不可能で、美佑紀ちゃんの両親は最後の望みをたくして、ロスに来ることを決心した、とありました。記事の隣に載っていた美佑紀ちゃんの写真が、私の姪にそっくりで、息を呑みました。

美佑紀ちゃんのことは、アメリカのラジオニュースでも取り上げられ、毎日状況が報道されました。
「重篤な状態が続く中、依然ドナー(臓器提供者)を待っています。。」

そんな報道を聞きながら、メソメソしていると、ジョージが言いました。
「そんなに気になるというのは、神様が背中を押しているのかもしれない。彼女のために何かしたら?」

思ってもみなかったことでしたが、ジョージに勇気づけられ、病院に電話をしました。でも、応対に出た女性は、すでに十分なボランティアがいると、断ってきました。しかたない、と諦めようと思ったものの、ラジオは、美佑紀ちゃんが大出血を繰り返し、状態が悪化していると伝えています。
諦めるに諦めきれず、手紙を書く事に決めました。
でも、何と書こう?もう必要以上にがんばってきた幼い少女に、これ以上「がんばって」などと言えない、——そう思っていると、思いもかけない言葉が浮かんできたのです。
神様が一緒。彼女がどこに行こうとも、何が起きようとも、少女を創造され、愛しておられる神様が、一緒。だから何も恐れなで欲しい。
なんとつまらない人生だったか、等と考えないで欲しい。だって、彼女は私をも含む、大勢の人たちの心に触れ、動かしたのだから。美佑紀ちゃんが生まれてきてくれて本当によかった!

バカにしていたのに、イマニュエル(神は我と共に)と呼ばれる神を、私は頼り始めていました。

2通の手紙と、赤いハートをかかえたテディーベアのぬいぐるみを持って、ジョージと共に病院を訪問しました。でも、残念なことに、丁度両親は美佑紀ちゃんの傍を離れており、いつ戻ってくるかわからないと言われ、しかたなく、手紙とぬいぐるみを看護士に渡し、後ろ髪を引かれる思いで病院を去りました。

翌日、運転中、驚愕のニュースがラジオから流れてきました。早朝に、美佑紀ちゃんが息を引き取ったと言うのです。涙が雪崩のように溢れてきて、前が見えなくなり、車を止めなければなりませんでした。
「神様なぜ?なぜ彼女を助けてくれなかったの?あんなに一生懸命祈ったのに。。たったの8歳だったのに。日本からはるばるやってきたのに。。なぜ?なぜ?」

神様をとことん責めました。

数週間が過ぎ、美佑紀ちゃんのことは、過去の出来事になりつつありました。すると、ある日、突然、長い手紙が日本から届きました。美佑紀ちゃんの両親からでした。
まるで、会う事のなかった美佑紀ちゃんと出会ったような気がして、喜んで封を切りました。

「皆さんから受けた善意に、私たち夫婦は今も涙がこぼれています。」
そう書かれた一節を読んだら、たちどころに熱いものがこみ上げてきて、私はまた泣きました。でも、今度は喜びと感謝の涙でした。

神様は、壮絶な闘いの中にいらしたのです。美佑紀ちゃんのことも、ご両親のことも放ってはいらっしゃらなかった。ずっと暖かい大きな手でしっかり抱き抱えてくださっていた。そう思ったら、うれしくて、涙が止まらなかったのです。

手紙を受けとって、まもなく、感激のご両親との対面が実現しました。
このうれしい出会いの中で、お母様がおっしゃいました。
「心臓移植のため新たにUCLAにやってきた日本の患者さんが、心臓停止を起こしてしまいました。和世さん、お手伝いしてくださいませんか?」

美佑紀ちゃんのこと以外、何もかかわることなど考えていなかったのに、移植の「い」の字も知らなかったのに、こうして、思いもかけない形で、運命の渡航移植支援が始まりました。