私の葬儀の時の歌

ネット上にある転移乳ガンのバーチュアルコミュニティーに参加して、ブログと同じように、ジャーナルを連載し始めた矢先、「聖者の行進」を私の葬儀の時に使いたいと書いたら、複数の人たちから、「私はこの曲を使うわよ」と返事をいただいた。いづれも、死後の救済を信じ、神を信じる賛美の曲。

私と同じようなこと考えている人がいるんだと思ったら、希望がモリモリ湧いて楽しくなってきた!

葬儀の時には自分は死んでるわけだけど、霊が体を離れて廻りで何が起きているか見ることができるという話をよく聞くから、この世のフィナーレをこの目で見ることができたらよいのに、と欲も出て来た。

葬儀の曲のリストには「聖者の行進」や自分で作った曲も含まれているのだけれど、以下はさらに返事をいただいた方から加えた中の一曲。

私の葬儀に参列してくださる方には、いっぱい希望を抱いて、「Kathyはついに神様の身元に行って永遠の命をいただいたんだ!やったー!」と、喜んで帰っていただきたい。

誰に歌ってもらうか、演奏してもらうかも、考えてワクワクしている私は、イエス様を知る前とは、否、6年前の告知当時と比べたって、天と地の差だと自分でも驚いている。
神様のなさることは本当に信じられないほど素晴らしい!

私は想像することしかできません。

作詞作曲、歌 MercyMe   訳:和世

 

私は想像することしかできません。

あなたの傍を歩く時ってどんなでしょう?

私は想像することしかできません。

 

貴方の御顔が私の前にあらわれるとき、

私の目は何を見るのでしょう?

私は想像することしかできません。

 

あなたの栄光に包まれて、

私の心は何を感じるでしょう?

あなたのイエスのために私は踊るでしょうか?

それとも、息を呑んで、ただじっとたたずむだけでしょうか?

貴方の前に立つのでしょうか?

それともひざまずくでしょうか?

ハレルヤと、歌うでしょうか?

一言でも何か言葉を発せられるでしょうか?

私は想像することしかできません。

私は想像することしかできません。

 

その日がやってきて、貴方の一人子の前に立つ自分を、

私は想像することしかできません。

貴方のことを永遠に、永遠に賛美する時のことを、

私は想像することしかできません。

そうです。

私は想像することしかできません。

 

 

4 thoughts on “私の葬儀の時の歌

  1. わたしも好きな曲です。素敵ですね。この世の生命が終わってイエス様の前に立つ時のことは確かに想像することしかできませんが、きっと想像出来ない位素晴らしいことに違いないと想像^_^します。
    和世さん、訳をつけてくれてありがとうございます。(ライブ版もまたいいですね。)
    どんな事が起こっても打ちのめされないで生き生きと生きている和世さんの姿に力をいただきました。

  2. 緑さん
    うれしいコメントをありがとうございます。緑さんのおっしゃることが事実なら、私はしっかりイエスという岩の上に立っているということです。本当にうれしいです!

  3. 関 美佳です。3月にお会いさせて頂いた時の和世さんの変わらないお優しい笑顔をいつも思い出し勇気を頂いています。私にとっては和世さんが私のイエス様のような存在です。遠く離れていますが私は心の中で和世さんに時に悩みや相談をしたりお祈りや会話をさせて頂いています。
    2010年9月、何も事情も知らず教会で初めてお会いした時の和世さんの素敵な笑顔に放っていた優しい光に救われて今までにあります。
    息子もキリスト教の幼稚園で日々の感謝を毎日お祈りと共にし、私達家族も『和世さんの笑顔をお守り頂きますよう』イエス様にお祈りしています。イエス様はきっと叶えて下さると信じています。

  4. 美佳さん
    コメントをありがとうございました。毎日笑顔でいれてますから、お祈り通じてますよ!ありがとうございます!
    私達イエスを信じる者のゴールはイエス様に少しでも近づくことです。きっと、神様は私を道具として美佳さんに話かけているのではないでしょうか?どうぞ続けてイエス様を求め続けてください!

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