さよなら Neighborhood Church

NC

昨日は私にとってこれまでの教会、ネイバーフッド教会に通う最後の日曜日だった。

一旦は3月末日と言われたジョージの解雇の日は、教会員の声によって4月末日へと一月延びたけれど、これからのことは、相変わらず半透明。
そんな中、教会員の人たちが感謝の気持ちを込めて、お別れのケーキを用意してくれた。

向こう岸にサンタモニカやマリブが見える海のまん前にある、ネイバーフッド教会に初めて行ったのは20年近く前のこと。
当時、私はまだクリスチャンじゃなくて、ジョージに誘われて足を運んだものの、英語の説教はチンプンカンプン。たいくつで、礼拝堂の窓から海ばかりを眺めていた。

心配したジョージに促され、日本語の教会に移った1998年、それまでのジョージの影響と、聖書クラスと、そして全く予期せずに始まった渡航臓器移植支援を通し、イエスの愛を知った私は、イエスに従いたいと決心し、ジョージの手により洗礼を受けた。

baptism

1998年12月の洗礼式

 

牧師は副業で、専業は英語教師だったジョージが、専業で牧師に戻りたい(私が出会う前、彼はもともと専業牧師だった。)と言い出し、英語教師を辞めて牧師に戻ったのが10年ほど前のこと。そして、7年前、副牧師としてネイバーフッド教会に呼ばれた。

昔のたいくつだった記憶と、だいたい、私は牧師の妻などという柄ではないという思いがあって、ネイバーフッド教会への就任は実は乗り気がしなかった。でも、ジョージが、私が賛成しなきゃ諦めると言ったので、彼の牧師職への情熱を思い、しぶしぶ賛成したのだった。

最初の2年間は、私が学校区で仕事をしていたせいもあり、教会へ出向くのは日曜日の礼拝のみで、最低限の時間に限られていた。
それが、癌になったら、たちまちのうちにここは私にとって第二の家族と呼べるほどに大切な場となった。
私が癌と知った教会員たちは、即座に暖かい手を延べてくださった。お見舞いのカードやメールを始め、祈りはもちろんのこと、私の顔を見る一人一人の人が、一同に私の体を心配してくださった。
私自身、仕事を辞め、自分の時間は精一杯教会につぎ込んだら、人々との繋がりは益々強くなって今日に至った。
私が今もまだ生きているのは、きっとたくさんの教会の皆さんの祈りのお陰に違いない。

お別れの挨拶にそんなお礼を述べると、気持ちが高ぶって、喉が詰まった。
教会の人たちも目が潤んでいた。
「また会える。」「また会いましょう。」と言いながらも、あー!別れはなんと辛いことだろう。
こんなにも惜しんでくださって、と思うと、さらに辛くなる。

一部の人たちは、ジョージについて、あの美しい教会から、ブルーカラーの町の小さな教会に移った聖書クラスに続けて来ると言う。

そして、彼が言った。
「僕たちを慕ってくれる行きどころのないお年寄りを、これからも今迄と同じように支えて行こう。」
「ホームレスシェルターでの支援も続けよう。」

賛成!

私のことを娘のように思ってくださる方々。ジョージを誰よりも頼りにしている方々。
彼を心のリーダーとして慕う人たちを、見捨てたらいけない。

「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、必要なものは全て与えられます。(マタイ6:33)」

今迄もずっと一緒だった神様と一緒に、さあ、いよいよ船出だ!

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *