今日もありがとう

「私の治療は終わりがないの。」

と、言うと、背が丸くなった87歳の母が、顔をしかめて言った。

「どうして神様は治してくれないんだろうねえ?」

癌治療を終了し、何年も元気でいる人が、母や私の周りにも少なからずいる。

こんな疑問が湧いても当然だけど、聖書は、ないものを欲しがる代わりに、与えられているものに感謝しなさいと教えている。

「今だから言うけど、先生に3年って言われたの。それが5年も生きられているんだから、奇跡だよ。」
と、母に答えた。

癌告知は大ショックだったけれど、この5年間、音信を絶っていた昔の友との友情は復活し、お年寄りから若い人、健康な人や、癌友や、新しい友も、思ってもみないほどたくさんできた。

いつも誰かが私のために祈ってくれ、食事の差し入れをしてくれ、お見舞いのカードやメールをくれ、そして、楽しい時間を分かち合ってくれてきた。

健康だけじゃなく、経済的安定という、幸せの条件とも思えるものをさらに失いかけている今も、信じられない援助が次から次へと与えられ、私は今年も日本に帰ってこれた。

これが神様からのギフト(祝福)でなかったら、一体何だと言うのだろう?

聖徒パウロが視力を失って祈った時、神は、「私の恵みはあなたの上に十分である。」とお答えになり、彼の目を癒されることはなされなかった。

私の場合も、癌はなくならないけれど、神の恵みは十二分に受けてきた5年間だったと思う。

明日の保証は私だけじゃなく、誰にも与えられていない。

ならば、今日ある生命、食事、寝る宿は、すべて神からのギフト(祝福)だと思う。

そう思うと、感謝の気持ちが溢れてくる。

神は私を愛してくださっている、と、真に思える。

そして、これからも、何が待ち受けていようとも、必ずきっと、神は私のそばにいて、私を愛し続けてくださるだろう。

母も元気、私も元気。

こんなありがたいことはない。

笑顔で、「神様ありがとう!」と、今日も言おう!

2 thoughts on “今日もありがとう

  1. そうなんです。だから神様が大好きなんです。神様のためなら何でもしようと思えるんです。

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