癌から見えてきた真理

癌がどこまでも死なないで増え続けるということ、秩序に従わないで勝手な生き方をするということ、を考えていたら、旧約聖書の最初の書、創世記の中で、なぜ神様が禁断の実を食べたアダムとイブをエデンの園から追い出したのか、より理解できたような気がしてきた。

アダムとイブの話 

神様は天地を創造された最後に、アダムとイブ、人間を創造され、彼らに天と地の全ての生き物、植物を与えられた。

そしておっしゃった。
「この園にある全ての木になる実は、善悪を知る知識の木を除いて、全て自由に食べてよい。でも、知識の木になる実を食べたら、確実に死ぬ。」

溢れるほどのギフトをくださった神様はただ一つ、ルールをお与えになった。
守らなければならないことはたった一つだけだったのに、ある日サタンである蛇がイブを誘惑した。

「善悪を知る知識の木の実を食べても死にはしない。その実を食べたら神様と同じように善悪の判断ができるようになるのだよ。それを知ってるから、神様は食べるなと言ったんだ。」

「神様と同じように。。。」という言葉が、たまらなく魅力的に感じ、イブはアダムを誘って何万とある植物の中唯一の禁断の実を食べてしまう。

そのとたん、二人は全裸であることに羞恥を感じ、二人を探す神の声を聞くと、慌てて隠れた。

神に見つかって、「禁断の実を食べたのか?」と問われると、アダムは「貴方が私に与えてくださったイブが食べようといったから。」と、すぐさま言い訳、イブだけじゃなくて、神様にまで責任を転嫁。

イブも「蛇が私をだました。」と、罪を認める代わりに、言い訳をした。

ここのくだりは、全ての人間にあてはまる。

「神様が禁断の実などつくるから、蛇をつくったからいけなかったんだ。」と言う人たちがいるけれど、これこそ、アダムとイブと同じパターン。

人は困ったことが起きると、神を責めたくなる。

そして、私だって、イブの立場にたったら同じように、神のようになれるならと、誘惑に負け、同じように言い訳をすること間違いなし。

つまり、アダムとイブは、貴方であり、私であるということ。

アダムとイブが神との関係を壊したから、神が忠告した通り、死がこの世に入り込んだ。

「見よ。人間は私たちのように善悪を知るようになった。彼らが次に命の木から実を食べたら、永遠に生き続けることになる。」

そう神はおっしゃり、アダムとイブをエデンの園から追放された。

癌と人との類似点

「人が善悪を知るようになった」ということは、神のようになりたいと望む人間が、善と悪を決める神に従う代わり、自分たちで善悪を判断するようになったということ。

「赤信号、皆で渡れば怖くない。」という言葉があるけれど、これは、ルールがあっても、皆で無視すれば、ルールでなくなるということで、人の性を上手に表していると思う。

人間社会の価値観は、時代と共に変化し、昔常識だったことは常識でなくなった。

この世の中、善も悪も、一見いつの時代も変わらない絶対なものに思えるけれど、神から離れたら、それは相対的なものになる。

そして、こんな、神を恐れず、神に従わず、自分の思うままに生きる人間がいつまでも死なずに生き続けたら。。。

結果は癌と同じなのだろう。

神が、人が死なずに生き続けることを憂慮した理由は、ここにあると思った。

人知を越えた神が見えた

神との関係を壊した罪により、人は死ななければならない。

でも、神の愛は罰よりも深く、エデンの園からアダムとイブを追放されたと同時に、神はこの深い罪の償いを独り子のイエスに償わせることで人類を救う壮大な計画を立てられた。

人の歴史-history—は 神の話、His Storyの意味だったと言うけれど、二千年前、イエスはこの世に生まれ、神の計画は成就した。

悪も、死も、なくなるのは時間の問題。

創世記の中に隠された真理を、癌を通して知り当てたような気がする。

人類の想像を越えた神がいる!と、またしても深い感動に襲われている。

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