悲しみを越えた葬儀

心臓発作のために42歳でこの世を去ったロビーの葬儀に参列した。

今迄経験した中で、希望と感激に満たされた最高の葬儀だった。

ロビーはオリンピックのアイスホッケー選手候補に選ばれながら、その特訓の帰り、18歳で交通事故にあい、下半身不随の障害者となった。でも、いくつもの奇跡を経験しながら素晴らしい人生を歩んだ。

どんなに素晴らしい人生だったか、それを垣間見る、式辞に書かれた“彼”の言葉を下に紹介する。

「若い時、私はアイスホッケーの選手になることが何よりの夢でした。
ハワイに住む者にとって、これは不可能に近いことでした。
しかし、神と、家族と、友人の助け、そして終わりない募金活動によりこのハワイ特急はプロのホッケー選手への道を目指して進み始めました。

全てを掴んだ、少なくともそう思っていました。ーー交通事故で首の骨を折る迄は。
その時点でホッケーはもはや焦点ではなくなり、ただ動くこと、それだけが新しいチャレンジになりました。

事故の後、私は神に「なぜ?」と問う代わり、「何」を私にしろとおっしゃっているかを問いました。
答えは、私と同じような状況にある人たちを助けること、と届きました。
母、CyCyと一緒にRVL SCORE (Robbie Vierra-Lambert 輝きを取り戻すための脊髄団体)を結成した時のことです。
この団体を通して、私たちは、脊髄損傷にあって半身不随になった多くの人たちが生活の質と自立を確保する援助をすることができました。

RVL SCOREのボランティアだったテ–ラが私の人生に加わったのはその頃でした。
年を重ねながら、私たちは互いに近づいていきました。
そして、ついに彼女に結婚を申し出たのです。とても素晴らしい日でした。

医師たちは、私は一生子供には恵まれないと言いましたが、神様には別の計画があり、私たち夫婦は3人の美しい奇跡に恵まれました。
3人の子供たちのこと、彼女たちがする全てのことを、とても誇りに思います。
彼女たちがサッカーやホッケー、劇をしたり、或はただ良い日を過ごすだけでも、私は天国から応援しています。

私は弟ケオニのことも兄として面倒をみ、彼が立派なビジネスマンとなり、愛情溢れる夫となることを見守ることができました。

RVL SCOREはこれからも、子供たちのミュージカル製作を通して多くの人たちの人生を変え続けていきます。
子供たちは、ドラマや歌、ダンスを通し、収益によって困っている人たちを助けることを声にするチャンスを得ます。

神様が私に与えられた人生の目的は、ハワイにいた時描いていた人生設計とは似ても似つかぬものでした。
しかし、神様の計画は完璧で、多くの皆さんを私の人生に招いてくださいました。
皆さんは、愛と友情を持って、私と私の家族を祝福してくださいました。
そのことを私はずっと感謝し続けます。

本日は、私の一生を祝うために参列してくださいまして、本当にありがとうございます。
私はイエス様と、私より先に逝った人達と共に、天国にいます。
新しい体をいただき、今迄にないほど速いスピードでスケートをしています。

キリストをあなたの中心に備え続けることをどうぞ忘れないでいてください。
彼は私のもので、私の家族のものです!

愛は全てに勝つ。

愛を込めて、 ロビー」

彼が触れた、車椅子の人、障害者、子供たちまでも、何百人という人が集まった大きな式だった。

もっと長く、3人の子供たちが成長するまで生きて欲しかった。

でも、下半身不随という不幸を、他者への祝福というプラスに変えた父のように、テーラも、子供たちも、きっと神様に頼りながら、この悲しみをプラスへと変えていくことだろう。

そうなることを祈りつつ、天国で、もう車椅子もいらない新しい体をいただいているロビーを想像する。

神様、ロビーを本当にありがとう!
Robbie Memorial service

式場となった礼拝堂の舞台には、ロビーの遺灰が収められた銀色のホッケースティックが飾られていた。

Hockey Stick

 

 

 

One thought on “悲しみを越えた葬儀

  1. あまりに突然の報せに驚いています。
    CycyやKeoni、ロビーの子供達の悲しみがいかばかりかと思うと心が張り裂けそうです。
    葬儀はCycyの家族らしい、悲しみだけではなく感謝に満ちた素敵なお式だったのですね。
    心からご冥福をお祈りしています。

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