December, 2014

CT結果は「安定」

CTの結果がやっと届いた。
胸骨の回りに相変わらず9mmを筆頭に、前回のCTと同じ大きさのリンパ節が同じ数映っているとある。
前回のCTで最大サイズが12mmとあったリンパ節はどうなったんだろう? 
どこにも記述がないけれど、それが9mmになったのならうれしい。

”改善”という言葉を期待していた分、「安定」という結果に、(ああ、もう寛解は無理なんだ。)と、最初はがっかりしたけれど、大きくも増えてもいないというのは良いニュースに違いない。
素直に喜ぶことにした。

感謝!神様ありがとう!

一寸先は闇。。だけど

次男が洗車を巡って、ガソリンスタンドの店員と大げんかをした。

「だました!」という息子に「オマエのツラは決して忘れないぞ!」と相手は言ったそうだ。

銃社会であるアメリカ。話を聞いてすぐ頭に浮かんだのは、バンとやられなくてよかった、と言うこと。

実際、息子には、時と場所を間違え、銃殺された友がいる。

夫の友人には、酔って喧嘩し、逆に人を殺してしまった息子を持つ人もいる。

同じ次男が翌日サンフランシスコに向けて移動する際、フリーウェイでタイヤがパンクして、到着に3時間も遅れたとも聞いた。

高速で走る車のタイヤがパンクしたなんて、これも恐ろしい話。

毎日高速道路を使って通勤している三人の息子と嫁たちのことが急遽心配になった。

60になったジョージはパーキンソンで高血圧。

転んで打ち所が悪く、植物状態になり亡くなったり、心臓発作や脳溢血で亡くなった友の話、を聞く度、次は彼の番かも?とこれも心配になる。

私の癌や治療の副作用も、もちろん心配の大種だけど、心配の種は数え出したらきりがない。

ニュースを読み聞きすれば、益々この世の中、一寸先は闇と思えてならない。

今日があるのは奇跡、明日の保障は誰にもない。

恐怖におびえて、あまりに大きなショックに会って、鬱になり、果てには狂ってしまった人、自殺してしまった人を何人も知っているけど、無理はない。

私だって、聖書がなければ、同じ運命に出会っているだろう。

イエスは言った。

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。(マタイ11:28〜30)」

イエスの言葉に従って、全ての不安、悲しみ、苦しみをイエスに訴える。

そして、聖書を開き、神の約束を確認する。

神が今迄私に示されて来た救い、恵みを思い出す。

そう、神様は、今迄ずっと私のそばにいて、私を守り、導いてきてくださった。

そして、これからもずっと、何が起きても私を見捨てないと約束してくださった。

「恐れるな!」

その言葉を再び噛み締めたら、後は光のみ見つめる。

一人でがんばらなくてもいい。

寄り添える、決して失望することのない神がいて、本当によかったと思う。

 

“For Those Tears I Died (そんな涙のために私は死んだ)”
(信仰により麻薬中毒から救われ、できた曲だという。)
作詞作曲:Marsha Stevens 

あなたは、私のそばに来て、私の悲しみを全て分かち合ってくださるとおっしゃった。

あなたは、私の明日のためにいて下さるとおっしゃった。

私はもう少しであなたを追い払うところだった。

でも、あなたは、約束されたように、ここに来て私といてくださった。

私はただ、祈りさえすればよかった。

 

そして、イエスは言った。

「水のそば、私のそばに来なさい。

あなたが乾いていることを私は知っている。拒まれることはない。

闇の中であなたが泣いた、一粒、一粒の涙を私は感じたよ。

そして、そんな涙のために、私は死んだことを、あなたに何度も伝えた。」

 

貴方の義はとてつもなく偉大で、私には理解できません。

主よ、でもこれは、全て計画されたことと、知っています。

貴方はここにいらして、これからもずっと一緒にいてくださることを知っています。

貴方の愛が私のくさりを外し、貴方の中で私は自由になりました。

でも、イエス様、なぜ私なのですか?

 

イエスは言った。

「水のそば、私のそばに来なさい。

あなたが乾いていることを私は知っている。拒まれることはない。

闇の中であなたが泣いた、一粒、一粒の涙を私は感じたよ。

そして、そんな涙のために、私は死んだことを、あなたに何度も伝えた。」

 

イエス様、あなたに私の心も魂も捧げます。

神なしでは、私は決して完全にはなれないことを知っています。

救い主よ、あなたは全ての正しいドアを開けてくださいました。

地上のつつましい浜辺から、感謝し、貴方を褒め讃えます。

私を受けとってください。私は貴方のものです。

 

イエスは言った。

「水のそば、私のそばに来なさい。

あなたが乾いていることを私は知っている。拒まれることはない。

闇の中であなたが泣いた、一粒、一粒の涙を私は感じたよ。

そして、そんな涙のために、私は死んだことを、あなたに何度も伝えた。」

 

(訳:和世)

クリスマスがあるから

病院通いの合間をぬって、クリスマスツリーを飾り、クリスマスギフトやカードを送り、教会のクリスマスバザーに奉仕参加し、クリスマスコンサートに出かけ、いよいよクリスマス気分は盛り上がっている。

がん告知から5回目のクリスマスシーズンを迎えられて、本当にうれしい。

試練は後を断たなくても、神様に守られ、祝福をうけて1年、1年を乗り越えていけることが、どんなに素晴らしいことなのか、年を重ねる毎に強く感じる。

イエスから教えられたこと

癌闘病支援で通訳のお手伝いをさせていただいた方が二人無事治療を完了されて帰国された。支援を完了することができて、とてもうれしく思った。

クリスマスまで生きられないかもしれないと言われた末期脳癌のローレーンはホスピスのお世話になりながらも、再びバスケの試合にでて、得点をあげることができたそうだ。

大晦日までに目標1億円の脳癌研究費用募金キャンペーンも始めた。

Lauren's fund raising poster

募金を求めるテレマラソンポスター

彼女を応援したくて、イエスが言う、喜んで与える人になりたくて、思い切って、私も寄付を送った。

ガテマラからは、10年以上World Vision(ワールドビジョン)という非営利団体を通して経済支援をしてきた少年マリオから、益々ハンサムになってきた写真と、手作りの腕輪が届いた。

hand band

 

 

 

 

 

 

 

彼の作った腕輪をつけ、成長したマリオの写真を見ながら、いつか彼に会いたい!と強く願う。

月$30ドルの支援だけど、ここまで続けてこられて本当によかった。そして、これからも、彼が一人前になるまで続けていかれたらと思う。

イエスを信じる私にとって、クリスマスは救い主の生誕日。

「王の中の王、主の中の主、、」と歌うハレルヤコーラスを聞きながら、私たちに、身を屈めて互いに愛しあうことを教えるため、十字架を持って、私たち人間を永遠の死から救うため、この世に送られてきたイエスという、尊いギフトを思い、胸を熱くした。

世の中には、奉仕や寄付でも、大勢の人に影響を与える大きな働きをする団体や人がざっくりいる。

非営利団体一粒の麦の働きも、私自身も、それに比べたら、おそまつもいいとこ。

でも、イエスと天の父が大好きだから。

彼から受けた恩は、大きすぎて、どんなに逆立ちしても返せないけど、せめて少しでも喜んでいただきたいから。

「実りは多いが働き手が少ない (ルカ10:2))」とイエスは言ったから。

ジョージに励まされながら、そう思って続けてきた小さな支援。

それが実りをつけるときは、お金に変えられないほどうれしい。

やることが遅くて、失敗だらけ。忘れ物や無くしものは日常茶飯事。

欲は絶えず邪魔をして、誘惑にもすぐ負ける。

そんな私だけど、神様はもちいてくださっている。

癌になった後の人生はおまけの人生。

少しでもイエスの教えを実践できたら、最後「やった!万歳!」そう言って人生を閉じられるはず。

そう思えるのは、クリスマスがあるから。

イエス様が授けられて本当によかった!

 

 

 

素人アドバイスに要注意

薬を飲んでも下痢が止まらなくて、時間外外来に行った。

症状がではじめたのは1週間ぐらい前だっただろうか。

止まらない鼻水と咳のために、抗生物質が処方されたのだけど、その副作用に腹痛や下痢があり、案の定トイレが近くなった。

月曜日の点滴時に看護婦を通してその話をしたら、抗生物質の服用を中止するようにと指示があった。

それで、抗生物質はやめたのだけど、悩まされている筋肉の痙攣に、マグネシウムとココナッツミルク、糖蜜を毎晩飲むと良いと教えてくれた方があり、この3つを代わりにとりだした。どれも生まれて始めて試すものだった。

ココナッツミルクに糖蜜を加えて飲むと胃のムカつきを覚えたのだけれど、2晩続けた。

3日目の木曜日、夜フライドチキンを食べたら、吐き気を覚え、ココナッツミルクと糖蜜は中止。でも、マグネシウムは他のサプリと一緒に取った。

そして金曜日の今日になったら、一気に症状が悪化してしまったという次第。

自分では原因がわからずいたのだけれど、時間外外来に電話すると、応対に出た看護婦から、下痢が止まるまでは、ミルクは避けるようにと言われ、もしかしてココナッツミルクがいけなかったか、と思い始めた。

マグネシウムについても検索してみたところ、余分な マグネシウムは体外に排出されるものの、これはこむら返りだけじゃなくて、便秘の時にも飲むサプリと知った。つまり、マグネシウムは便を緩める。

となると、今回の下痢はこの素人療法が原因だった可能性大!

外来に到着してした血液検査では、白血球の数に異常はなかった。

それで、診察してくれた医師も、下痢の犯人はココナッツミルクに糖蜜、マグネシウムだろうということになった。

「これを勧めた人も抗がん剤やってるんですか?違う?それじゃあ、貴方とは条件が違いますからね。試す 前に、貴方の医師に相談すれば良かったですね。」

そう言われて、じっくり納得。

人からアドバイスを受ける時は、いつも試す前に検索をして情報の信憑性を確かめるのだけれど、今回はミルクや糖蜜だったから、副作用までは調べなかった。

インターネットがいくら情報を提供してくれても、所詮私は素人。

強い抗がん剤やたくさんのサプリをとっているのだから、やはり何かを始めるときは医師に相談すべきと悟った夜だった。

悲しみを越えた葬儀

心臓発作のために42歳でこの世を去ったロビーの葬儀に参列した。

今迄経験した中で、希望と感激に満たされた最高の葬儀だった。

ロビーはオリンピックのアイスホッケー選手候補に選ばれながら、その特訓の帰り、18歳で交通事故にあい、下半身不随の障害者となった。でも、いくつもの奇跡を経験しながら素晴らしい人生を歩んだ。

どんなに素晴らしい人生だったか、それを垣間見る、式辞に書かれた“彼”の言葉を下に紹介する。

「若い時、私はアイスホッケーの選手になることが何よりの夢でした。
ハワイに住む者にとって、これは不可能に近いことでした。
しかし、神と、家族と、友人の助け、そして終わりない募金活動によりこのハワイ特急はプロのホッケー選手への道を目指して進み始めました。

全てを掴んだ、少なくともそう思っていました。ーー交通事故で首の骨を折る迄は。
その時点でホッケーはもはや焦点ではなくなり、ただ動くこと、それだけが新しいチャレンジになりました。

事故の後、私は神に「なぜ?」と問う代わり、「何」を私にしろとおっしゃっているかを問いました。
答えは、私と同じような状況にある人たちを助けること、と届きました。
母、CyCyと一緒にRVL SCORE (Robbie Vierra-Lambert 輝きを取り戻すための脊髄団体)を結成した時のことです。
この団体を通して、私たちは、脊髄損傷にあって半身不随になった多くの人たちが生活の質と自立を確保する援助をすることができました。

RVL SCOREのボランティアだったテ–ラが私の人生に加わったのはその頃でした。
年を重ねながら、私たちは互いに近づいていきました。
そして、ついに彼女に結婚を申し出たのです。とても素晴らしい日でした。

医師たちは、私は一生子供には恵まれないと言いましたが、神様には別の計画があり、私たち夫婦は3人の美しい奇跡に恵まれました。
3人の子供たちのこと、彼女たちがする全てのことを、とても誇りに思います。
彼女たちがサッカーやホッケー、劇をしたり、或はただ良い日を過ごすだけでも、私は天国から応援しています。

私は弟ケオニのことも兄として面倒をみ、彼が立派なビジネスマンとなり、愛情溢れる夫となることを見守ることができました。

RVL SCOREはこれからも、子供たちのミュージカル製作を通して多くの人たちの人生を変え続けていきます。
子供たちは、ドラマや歌、ダンスを通し、収益によって困っている人たちを助けることを声にするチャンスを得ます。

神様が私に与えられた人生の目的は、ハワイにいた時描いていた人生設計とは似ても似つかぬものでした。
しかし、神様の計画は完璧で、多くの皆さんを私の人生に招いてくださいました。
皆さんは、愛と友情を持って、私と私の家族を祝福してくださいました。
そのことを私はずっと感謝し続けます。

本日は、私の一生を祝うために参列してくださいまして、本当にありがとうございます。
私はイエス様と、私より先に逝った人達と共に、天国にいます。
新しい体をいただき、今迄にないほど速いスピードでスケートをしています。

キリストをあなたの中心に備え続けることをどうぞ忘れないでいてください。
彼は私のもので、私の家族のものです!

愛は全てに勝つ。

愛を込めて、 ロビー」

彼が触れた、車椅子の人、障害者、子供たちまでも、何百人という人が集まった大きな式だった。

もっと長く、3人の子供たちが成長するまで生きて欲しかった。

でも、下半身不随という不幸を、他者への祝福というプラスに変えた父のように、テーラも、子供たちも、きっと神様に頼りながら、この悲しみをプラスへと変えていくことだろう。

そうなることを祈りつつ、天国で、もう車椅子もいらない新しい体をいただいているロビーを想像する。

神様、ロビーを本当にありがとう!
Robbie Memorial service

式場となった礼拝堂の舞台には、ロビーの遺灰が収められた銀色のホッケースティックが飾られていた。

Hockey Stick

 

 

 

ハワイじゃなくて天国だった

21日のブログで、ロビーの葬儀式辞に書かれた言葉を訳した時、Heaven (天国)をHawaii(ハワイ)と読み間違えた。

最初に読んだとき、イエス様や先に亡くなった人たちとハワイにいる?変だなあ?まるでジョークじゃない、と思ったのだけど、ハワイにお墓があるってことかな?と思って、その後、ブログのために訳している時も同じように間違いを繰り返した。

昨日英語ブログのために、文章を複写タイプしていて始めて間違いに気がついた。

1回の読み間違いならわかるけど、何度もハワイと読んでたなんて、私大丈夫?と汗がでてきた。

でも、以前もMizote(みぞて)をMakizato(まきざと)と読み間違え、この時も間違いに気がつくまで時間がかかったし、Yuko (ゆうこ)、Yoko (ようこ)Yuka (ゆか)みたいな名前もしょっちゅう読み間違えて、メールの送り間違いを繰り返してる。

右折と左折の道路標示は正しく読んでも、頭の中で逆になって、違った方向に曲がってしまったり、或は違った案内をしてしまったりしたこともある。

私はもしかして、

1)抗がん剤で頭が悪くなってきた。

2)加齢でボケてきた。

3)脳に癌が飛んだ。

4)これは何も新しいことじゃなくて、私はもしかしたらDyslexia (失読症と呼ばれる文字がひっくり返ったり、入れ替わったり、あるいは文章の行がとんだりする学習傷害)。

5)或は単にひどく注意散漫

この中のどれか、或はコンビネーションかも?と思ってジョージに話たら、

「ハハハ!ハワイは天国に近いかもしれないから可愛い間違いだ。」と笑った。そして、

「頭が悪くなってきたかだって?もう20年も前からそう言う間違えしてたよ。Hとaと2文字はあってたね。ハハハ!」と楽しんでた。

安心していいのやら、心配すべきなのやら。。

料理していて、あれ?私今塩ふったっけ?とか、お米を米びつから取るのに、3杯目だった?それとも4杯目?とか、外出すれば、家のコンロの火を消したか、ガレージのドアを閉めたかといつも不安になるし、お金や計算も数え間違えることが多くなってきたような気がする。

忘れ物やなくしものもしょっちゅう。カギをなくしたって、冷凍庫の中から出て来る可能性さえあるのだから、恐ろしい。

義理の娘ピンキーのお父さんは70歳をとおに越えておられるのだけれど、糖尿病で全盲。

なのに、一人で奥様がいない時でも、ご飯も作れるほどにしっかりしていらっしゃる。

ピンキー曰く、彼はきちんと全て物を置く所を決めていて、どこに何があるのかを知ってるので、そういうことができるのだと言う。

来年は95歳になる、お手伝いをさせてもらっている一人住まいのベティーも、毎日がスムーズに流れるように、全てきちんと計画をたてて、余分な時間をロスしたり、非常時にも慌てることがないように万全を備えている。

整理整頓、計画が失敗を起こさない非常に大切なカギと強く悟るけど、私はいつになったらそれを覚えるのだろう?

この読み間違い、勘違い、はどうしたら改善できるだろう?

ため息。

ともかく、訂正してお詫びいたします。≤(_ _)≥

PS:  ロビーのお母さんから葬儀の様子を映したYouTube ビデオが届きました。ご興味のある方は下をクリックしてください。ロビーのスライドショーは画像下の赤い帯を1:05:55にあわせるとご覧になれます。お式の最初で“King David’s Hallelujah (ダビデ王のハレルヤ)を歌ったのはロビー弟のケオニ、ロビーの思い出を語っているのは、母のCyCy,友人のKimo,Mike,Matt, 長女のKamea,そして妻のTarrah。牧師はジョージ。

http://youtu.be/f_ANl3C_CnI

 

 

 

サンタがやって来た

Micha Santa

左の写真は知的障害者のマイカサンタとアシスタントのジョージ。

ポテトの袋の中にプレゼントを詰めて、一人暮らしのお年寄りや、おかあさんを癌でなくした子供たち、マイカの住む知的障害者グループホームにプレゼントを届けにでかける前のワンショット。

マイカはこのサンタになる日を毎年とても楽しみにしていて、サンタの突然の訪問を受ける人たちもびっくりしながらも感激してくれる。

マイカに、受けとることだけじゃなくて、与えることの大切さも教えたいと、ジョージが何年も前に考えだし、マイカが気に入って続いているクリスマスの恒例行事。

プレゼントを届けるお仕事が終わって戻ってきたら、最後はマイカがプレゼントを受けとることになっている。

私は家でお留守番だけど、今頃「ホ、ホ、ホ、メリークリスマス!」と、皆を喜ばせてるかな?!

そしてまた静かになった

Twelve Days of Christmas (クリスマスの12日間)という歌があるけれど、クリスマスは、イエスの生誕日となっている12月25日から12日間お祝いするのが古い習慣なのだそう。
ジョージが子供の時は、クリスマスツリーが飾られるのはクリスマスイブの夜、彼が寝静まってからで、クリスマスの朝目を醒すと、美しいクリスマスツリーとたくさんのプレゼントが待っていた!という習慣だったそうだ。
イギリス出身の友達スーザンも、イギリスでは今もその習慣が残っていて、彼女の家でもクリスマスツリーはお正月明けまで飾っていると言っていた。
でも、我が家ではサンフランシスコに引っ越し、里帰りしていた次男夫婦が去ったのをきっかけに、クリスマスから2日後の今日、全てのクリスマスの飾りつけを片付けた。
そしたら家の中はまたジョージと二人、静かになり、殺風景になって、なんだか寂しい。
来週もまだいろいろ集まりは続き、お正月には長男のところに行くことになっているんだけど、静けさの中に時の移り変わりを感じている。
人生は確かに新しいページへと移っているけれど、来年も神様がたくさんの祝福を私たち家族のために用意していてくださると期待し、神様の私たちへの計画を楽しみに待つことにする。

皆に与えたストレス反省

電源が切れてた携帯を充電して、次男からいくつものテキストメッセージが入っていたことに気がついた。
発信日はいづれも12月23日。
「クリスマスの買物で忙しいのに、これじゃあ友達や家族との時間も楽しめない。なんでこんな時期にこんな難しいこと頼んでくるの?とてもじゃないけどできないよ!」

莫大な医療費が急速に膨らみつつある癌友のために、一粒の麦ホームページに募金活動開始設定の手助けを頼んだ彼が悲鳴をあげていた。

募金活動が簡単に設定できるウェッブサイトはいくつかあるのだけれど、癌友のご主人様と話した結果、私が癌闘病者支援をしている非営利団体一粒の麦を窓口にすることになった。
次男が製作してくれた一粒の麦ホームページはデーターが壊れて工事が必要なまま、パスワードの再設定もできない状態で長いこと放置されてきている。

でも、癌友の息子さんもホームページ製作を仕事としており、募金活動の設定だけなら彼が簡単にできるだろうということで作業開始。
でも、フタを開けてみたらやっぱり次男の力が必要で、彼もこのプロジェクトにかかわることになった。
募金活動の話を持ち出したのは11月だったけれど、腰をあげたのは12月。クリスマスは刻々と近づき、タイミングは最悪だった。
一方、癌友の体調は益々悪くなり12月17日緊急入院。
起き上がれなくなった彼女のことを思いながら、これは募金活動を急がなければと感じた私は、手間のかかる一粒の麦を選んだことを後悔。
倍増したストレスを感じ始めた。
でも、自分のあせりが回りの人にもプレッシャーをかけていることに全く気がつかなかった。
「早く!早く!」と騒いで、募金窓口を作った一粒の麦の模擬ページは23日夜に完成。
もう一人の友がただちに友人知人に募金を知らせるメールを発信してくれて、翌日クリスマスイブの日から募金が集まりだし、今日までの1週間で募金額は約4千ドルになった。

募金活動が始まってほっとした私だけれど、息子のテキストを発見して、もしかしたら、あんなにあせらなくても、お正月明けであってもよかったかもしれないと思い始めてる。
皆、黙々と協力してくれたけれど、ストレスをかけてしまって、ホント申し訳なかった。
反省。
お詫びのメールを送った。