November, 2014

安楽死を選んだ脳癌女性のこと

11月1日、安楽死を合法とするオレゴン州で、余命6ヶ月と宣告された脳癌29歳の女性が、一月ほど前YouTubeで予告したとおり、薬によって死を遂げた。
癌が全てを奪う前に、威厳を持って自ら命を断ちたいという意志にもとづいて彼女が亡くなると、彼女を“勇気ある女性”と賛美する記事がいくつも目にとまった。
でも、私には彼女の選択を美化し、彼女が主張した“死の権利”を広めることは非常に危険なことと思えてならない。

癌の脅威は言われなくてもわかる。
病気の進行のみならず、抗がん剤、手術、放射線療法によっても痛めつけられる体のことを考えたら、恐怖で凍りついてしまっても無理はない。
とても美人で結婚したばかりの彼女が受けたショックと恐怖は相当なものだったのだろう。
でも、自分から死を選ぶことが勇気のあることになるんだろうか?
彼女は自殺ではないと言ったけれど、どこが違うんだろう?
私たちは自殺する人たちに同情こそすれ、勇気があったなどと賛美はしない。
神風特攻隊や、忠臣蔵のように、他のために死を選ぶのなら別だけど、癌が怖くて死を選んだのは、希望を失ったからなのだろう。
勇気とは違う。
これは、恐怖に負けて、生きることを諦めてしまったとても残念なケースだと思う。

彼女の死を伝えるたくさんの報道の中に、同じ癌で、同じように余命宣告されながら、13年もサバイブしている人の記事があった。
彼に生きる力を与えてくれたのは家族であり、友人であり、そして信仰だったと言う。
余命宣告を受けながら生き延びている人は少なからずいる。自ら命を断ってしまったら、奇跡が起きる余地もない。

別の同じ脳癌と闘う女性は、「癌になってから自分は今迄以上に感謝の気持ちが増え、人の痛みが分かる人間になれた。癌闘病が、私を変えた。」と彼女に決断を翻すことを懇願した。
一見、過酷に見える癌闘病も、心の持ち方次第で祝福に変わる。

ジョニー多田という若い時の事故で四肢麻痺となり、今は世界中に車椅子を送るチャリティーをしているクリスチャンも、安楽死を選んだ女性になんとか自殺を止まって欲しいと説得した一人だけれど、彼女の話は、死んだら、誰もが天国に行くのではないということを思い出させる切実なものだった。

「死後の世界を変えてくださったお方はただ一人。イエス様だけが死を打ち破り、永遠の命への道を開いてくださいました。安楽死の薬は一時的な救済でしかありません。あなたの痛みや死を変えることのできる唯一の御方に心を開いてください。貴方の決断、致命的で、最悪、絶望の極めとなる結果を、どうかもう一度じっくりと、長い目で眺めてみてください。」

死後、目を開けたら、そこは喜びも愛もない、神のいない闇の世界だったとしたら。。これこそ悪夢!

この世に生まれるのも、この世を去るのも、決めるのは創造主、神様の仕事。
どれほど長く生きるかではなく、与えられた時間をどう生きるかが、私たちに与えられた課題。
耐えられないと思える災いも、苦しみも、イエス様と一緒なら耐えられる。
死の向こうにも希望がみえる。
死の影の谷を一緒に歩いてくださると約束してくださった神様がおられるのだから、死にたいと思っても死んだらいけない!
最後の息をひきとるまで、イエスという希望を見つめて、私たちをとてつもなく愛してくださる神への感謝を持って生きなければ!

私のヒーロー:余命数週間の19歳

死ぬ権利を主張して、自ら命を断った脳癌女性のブログにコメントをくださった方から、同じように脳癌で余命数週間と宣告されながら、バスケの試合に出た19歳女性がいると知らされた。
さっそく検索して、それがLauren Hill(ローレーンヒル)という女性であると知った。

Prom Queen

高校プロム女王(卒業ダンスパーティー、人気投票一位)に選ばれた時のローレーン

19歳なのになぜ?! こんなに身も心も美しい彼女がなぜ?!

神様のなさることは分からない。

でも、一つだけ確かなのは、彼女は世界中の人に勇気を与えているということ。
治療法のないこの恐ろしい癌のことを世に知らせているということ。

彼女は地に落ちて、たくさんの実をつける一粒の麦。私のヒーロー!

昨年10月、18歳の誕生日から49日目に非常に珍しく、手術が不可能なDIPG (びまん性内在性橋グリオーマ)という脳癌で、長くて余命2年と宣告された。

DIPGというのは呼吸をコントロールする脳幹の中で、昆虫の触覚のように神経細胞の回りに根を延ばしていく、普通なら小児に発生する癌。予後は悪く生存率はゼロだそう。

診断をくだされたとき、両親は気分が悪くなって、一瞬気を失いそうになったのに、彼女が医師に質問したことは、小学生の時から始めた大好きな「バスケを続けられますか?」だった。

大学に進み、抗がん剤や放射線療法を受けながら、明日はもう起き上がれないかもしれない、という思いの中、彼女は大学での初試合に参加したいという夢を持って、バスケ部に入部した。

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その直後、今年9月、医師は「もう何も打つ手がない。残された時間は後数週間」と告げた。
時間がなくなる前に、彼女の夢をなんとか叶えてあげたい。
大勢の支援者たちの努力で、11月15日に予定されていた試合は11月2日に繰り上げられた。
DIPGの治療研究への寄付となる1万枚のチケットは販売開始後わずか数分で完売したそうだ。

「絶対諦めない。生きることを忘れて身をひくことなど、一度も考えたことがない。」

そう言う彼女が、泣き崩れたことがあった。
そのとき、彼女は神様に、なぜ自分は生まれたのか?問いたと言う。
「貴方が私をこの世に送られた目的が何であれ、私はそれを果たす用意ができています。」
そう祈り、そして、
「しゃべれない子供たちに代わって、(この知られていない癌のことを)できる限りあらゆる機会を利用して世に知らせていく。」
それが、自分の生の目的と悟った後は、国内外を問わず、インタビューは全て受けている。

「なぜ私は生まれてきたか、それを忘れないことが、私の原動力です。」

癌の嵐を見ないで、イエスのみを見つめて前進する彼女。

シュートで4点を獲得する機会と、彼女のチームに勝利を与えた夢の試合が終わると、1万人の観客から大喝采を浴びて、「人生で今日が最高の日です。」と涙に声を詰まらせて喜びを表現したローレーン。

神は彼女の頭に油をそそぎ、彼女の盃は溢れた。

tears

癌は彼女の体を容赦なく蝕んでいる。刻々と時間を奪っている。
でも、彼女は負けていない!
ステロイドで顔は浮腫んでも、目や耳、筋肉が衰弱していっても、彼女は輝いている!

誰よりも一刻、一刻を大切に生きている!

Lauren、貴方は満開の桜のように、最高にきれいだよ!「なぜ?」という問いは、もう関係ないね!

Tshirt

「22(Laurenの背番号)のためにプレイする。
 ”強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるから。” –ヨシュア記1−9」
  と書かれたLaurenチームのTシャツ

Choice

Choice=選択という言葉をこちらでよく聞く。

“It is your choice to be content or not.
「満足するかどうかは貴方の選択しだい。」

みたいな表現は私たちに自由意志があることを尊重しての表現だと思っている。

自由意志は、神様が人を愛しているからこそくださった大切なギフト。

どれを選ぶかで当然結果は異なってくる。

けれど、神様は導きこそくだされ、嫌という者を無理やりひっぱっていくようなことはなさらない。

全ては自己責任。

試練に出会うとき、私にはいつもchoiceがある。

なぜこんなことになっちゃったんだろう?と解決にならない「なぜ?」を繰り返す。

過去を振り返って、あの時はよかった。あの時、ああしておけば、こうしておけば、と過去を恋しがり後悔に暮れる。

もうダメだ、もうやり直せない、と諦めてしまう。

これも、xxのせい!と責任を他に転嫁する。

他の人たちが自分より幸せに見えて、嫉妬したり、自己憐憫にひたる。

明日は?来月は?来年は?と、不確実な心配をいくつも積み重ねていく。

神様なんていない!と、信仰を捨てる。

それか、
「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。」(詩編42)

と書き残したダビデ王のように、余命数週間を懸命に生きるローレーンのように、窮地にあっても神を信じ、神の導きに従うことを選ぶ。

どれを選ぶかは私のchoice.

事態がどんなに変化しても、私のchoice次第で希望や勇気を見出すことはできる。

そう教えてくれる聖書は、灯台の灯りのように静かに私を導いてくれている。

それを見失わないようにしなければ!

死のイメージ

Come Onto Me

回覧メールで回ってきたこの写真は聖書が描く死のイメージを現している。
ユタ州のセントジョージ市にあるSpilsbury Mortuary(葬儀場)にある「Come onto Me (私のところに来なさい)」と題された実物大のブロンズ像だと言う。

この世で老女(左側)が息を引き取ると、反対側(右側)ではイエス様が待っておられる。
自分の犯した罪を認め、イエス様の招待を受け入れて、彼を救い主として従っていくならば、私たちの罪は許されて、決して病になることも、死ぬこともない新しい体を頂ける—そう聖書は語っている。

神様は、この地上での体とは違った、神様が望まれる新しい体をくださると言う。

「死んで朽ちるこの世の体は、復活する時には、違った体となります。
決して死なないからだとなるからです。
この世の体は私たちをがっかりさせますが、生き返ったときには、栄光で溢れたからだとなります。
今は弱い体も、活力で溢れます。
今は血や肉のある体ですが、生き返ったら、霊的な体となります。。。。
私が言いたい事は、肉と血からなる体は神の御国を受け継ぐことができないということです。
この朽ちるからだは永遠に生きることができません。
でも、神が私たちに明かして下さった素晴らしい秘密をお話させてください。
皆が皆死ぬのではなく、私たちは変身するのです。
最後のトランペットが吹かれる時(この世の終末イエスが再来する時)、一瞬にして、たちまちのうちに変身するのです。
死んだクリスチャン(=イエスに従う者)は変身した体を持って生き返ります。そして、その時まだ生きている者も決して死なない体に変身します。
このことが起きる時、この世の体が決して死なない天の体へと変身するとき、聖書(イザヤ書25:8)の予言
「死は勝利に飲み込まれる。死よ、おまへの勝利はどこにある?死よ、おまえの刺はどこにある?」が成就します。。。
私たちの主、イエスキリストを通して、罪と死を打ち破り勝利をくださった神になんと感謝すべきでしょう!
兄弟姉妹たちよ、強く、揺るがず、神の仕事にいつも熱情的でありなさい。
主のためにすることで、無駄になることは一つもないことをあなた方は知っているのですから。」(コリント人への手紙第一 15:42−58)

死は終わりじゃない!死は永遠に続く栄光物語の始まり!

あー、イエス様大好き!天のお父様、大好き!

さあまたCTだ

明日は朝からCT検査。

2年間安定していた縦隔リンパのサイズが再び大きくなって、それまでのハーセプチンとパージェタにパクリを加えたのが今年6月。

8月末のCT検査報告書は、ややサイズが縮小したとあったけれど、今度の結果はどうでるだろう?

末梢神経障害を除けば、体調は変わりないと思うし、一時期上昇していた肝臓酵素の値も正常値内にもどったし、良い結果がでることを期待しているのだけれど。

癌が成長していたら次はまたカドサイラ(T−DM1)を試そうと思ってる。

来週木曜日は感謝祭で病院はお休みだから、その前日までに結果がわかるとうれしい。

「覚悟はできている。さあかかってこい!」

と言ったのは、年を越せないかもしれないと言われた脳癌のローレーン。

彼女のような啖呵はとても切れないけれど、私の命も神様の手の中。

どちらにころんでも、神様が一緒!

そう思って、結果を待つ事にする。

 

 

 

風邪でCT延期

先週から咳があって、ここ2−3日は要注意だったのに、今朝になったら、ついに熱がでてしまった。
こんなんじゃ病院へ行く元気もない。
CTにまぎらわしい結果が映っても嫌だし、しかたなくCTをキャンセル。
横になって休んでいると、こむら返りが次から次へと、連続射撃のように起きて睡眠を邪魔する。
末梢神経傷害のサプリや漢方薬は取った後なので、神経科の医師から薦められていたキニーネ(Quinine)の入ったトニックウォーターを試してみた。
味はソーダーみたいなもの。
それでもよくならないので、次はツムラの芍薬甘草湯を試して、やっと痛いこむら返りも収まった。
春帰省したとき、薬を分けてくれた日本の家族に感謝。

来週は感謝祭で、その後もクリスマスのイベントが一杯なのに、なんだか、毎年この時期になると風邪をひいてるような気がする。

速く風邪を治して、今日のキャンセルがこれ以上予定を狂わせてしまわないことを願いつつ、病院からの再予約の電話を待っている。

診断イメージセンターから

咳が止まらなくて、下り坂の先週末だったけれど、日曜日病院に行って、肺は 大丈夫と言われ、薬をもらい、月曜日には予定通り点滴を受けることができた。
そして今日火曜日は、先週キャンセルしたCT を取るため病院にきている。
日曜日に診てくれた医師が、咳があってもCTに影響はないと言ったので、今日に予約を取り直したのだけど、医師は私の癌がリンパ腺にあるということを知っていただろうか?
リンパ腺は、癌でなくたって病気になると、サイズが大きくなるはず。
それを質問すべきだった。
結果を見て、また主治医と、これは風邪のせいかもしれない等と、曖昧な話し合いはしたくない。
でも、もう手遅れ。
私っていつも肝心なところが抜けてるっていうか、回転が遅い。
しかたがない。
神様にベストの結果がでますようにと、祈るしかない。
問題の後始末はいつも神様。ごめんなさーい。

CTスキャンの後の血尿

何度もCTを取ってきたのにこんなの始めて。
CTでは造影剤を静脈注射で使うので、その後はたくさん水を飲んで造影剤を洗い流すようにという指示がある。
ボトルで4杯以上飲んだつもりだったのに、翌朝水曜日トイレに行ったら、焼けるような衝撃。
これはおかしいと主治医にメール、指示を待った。
すぐに電話がかかってきて、引き続きたくさん水を飲み、病院に行くようにと言われ、夕方の6時半で予約を取った。
木曜日は感謝祭だったので、一日早く料理の下ごしらえをして過ごしたら、夕方にはすっかり疲れてしまい、気になる症状もなくなってきたような気がしたので、予約をキャンセルしてしまった。
これが大間違いだった。
感謝祭当日、再び、膀胱炎の症状が出て、慌てて、朝、尿検査へ。
検査の結果はすぐに出たものの、流石に祭日で、抗生物質の処方が出たのは今日金曜日だった。
CT造影剤は腎臓にダメージを与える場合があるらしく、そうなると膀胱炎のような症状が現れるのだという。
膀胱炎は何度も経験してきたけど、血尿が出るようなことは今迄なかったからびっくり。
抗生物質が治してくれることを願いつつ、水が足らなかったのかと、造影剤の怖さを思い知った。