絶望から這い上がったEd

「いつの日か、全てが終わる。でも大切なことは、後どれだけ生きられるかではなく、どう与えられた時間を生きるかだ。」

これは、治療法のない難病ALS (筋萎縮性側索硬化症)にかかった牧師Edの言葉。

日に日に死に近づいて行く自分を感じながらも、生きる目的と希望を見つけた彼のドキュメンタリーをみた。

いづれ歩く力を失い、食事も呼吸もチューブに頼るようになる。2〜5年後には、喋ることもできなくなり死ぬ。ーーーそれが自分の未来と知らされた時、牧師として、大勢の人に希望を与え続けてきたはずのEdは奈落の底に落ちた。

聖書を開くことも、祈ることもできない日々が続いた。

そこから少しづつ、重たい心を引きずるように、Edは、聖書の言葉をカードに書き写し始めた。

「『私は決してあなたを離れない。あなたを見捨てない。』そう主はおっしゃったから、私たちは『主が私を助けてくださる。だから私は恐れない。』と、自信を持って言い切ることができる。」(ヘブル人への手紙13:5-6)

絶望感にどうしようもなくなる度、最初のカードに書いたこの聖句を毎日、何度も何度も読んだ。

息子がイラクに派兵されることになった時は、もう二度と生きて会うことがないかもしれない息子にこのカードを渡した。それから、息子の命と、自分の未来を,切望する代わりに、神に委ねた。

1年半後その息子は無事戦地から戻ってきた。

そして、「このクリスマスが最後かもしれない。もう終わりだ。」と思い、仕事も、生き甲斐も、希望も、全てを失ったと思ったEdも、10年たった今、まだ生きている。

「人は明日のことが不安になると、しばしば今日、目の前にある美しいもの、豊かなこと、満たされていることを見逃してしまう。」

でも、

『空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。』(マタイ6:26)

神が助けてくださっている。自分の人生は、最後の息を引き取るまで終わりではない。

全てがなくなったところから、再びイエスに従って、イエスのように生きたいと望むようになると、同じ病にかかった人達が、一人、また一人とEdのもとにやってくるようになった。

絶望感で一杯だったEdに、神は新しい仕事を授けられ、彼は再び生きる目的を見つけた。

死の恐怖を前にしたら、人の力などたわいも無い。でも、イエスを持って死を打ち破ってくださった神に頼るなら、希望はなくならない!たとえ体は朽ち果てていっても、愛が勇気を与え続けてくれる!

「恐れるな。私が一緒だ。」

力強い神の約束を、私も最後まで忘れないでいたいと思った。

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