もし運命を知っていたら

二年前にご主人様を亡くし、一月ほど前には一人娘をも癌で亡くしたAさんが言った。
「夫の家系は皆癌で亡くなってるの。もし、娘も癌で死ぬと知っていたら、私は彼女を産んでいたかどうか分からない。」

「そうですね。」と、相づちを打ちながら、妊娠中にテストをして、胎児に障害があると分かったら中絶できる時代であることを思った。
愛する子供が苦しんだり、死んでいくのなど、誰もみたいはずがない。
でも、次に出てきた言葉は、
「でも、娘さんと、素晴らしい時間をいっぱい過ごせて、楽しい思い出がいっぱいできたのは、それが何もなかったよりよかったんじゃないでしょうか。それに、神様の国で再会できるという約束があるし。。。今は、一日千秋の思いであっても、その時が来たら、きっと、あっという間だったと思いますよ。私はジョージとの間に子供を作らなかった事を後悔してます。」
というものだった。
神様が人間を創造されたのは、愛し合う対象が欲しかったからと言うけれど、人という文字が、倒れる一人と、それを支えるもう一人のイメージから出来たというのと同じように、人間は、愛し合うために生まれてくるのだと思う。
ならば、例えそれが短い時間であっても、愛されること、愛することを経験できることは、十分に意味があることだと思う。

「今の子供達は、家族と一緒の夕食の席でも、下を向いて、携帯に夢中になっている。会話も何もなくて、つまらないったらありゃしない。」
と話が発展していき、その通りだと思う。親子の絆、兄弟の絆、夫婦の絆のありがたさや価値を知らずに育つなんて、もしかしたら、というか、神様の目から見たら、恐らく癌で死ぬよりもっと悲劇に映るだろう。

先のことを知って、回避できることは、確かにたくさんあるのだろうけれど、知らなくて幸いなこともたくさんあるのだと思う。未来の予言は聖書だけで十分。クリスタルボールはないほうがよい。

“Give your entire attention to what God is doing right now, and don’t get worked up about what may or may not happen tomorrow. God will help you deal with whatever hard things come up when the time comes.”ーThe Message: Matthew 6:34

(神様が今なされていることに、全ての注意をむけなさい。そして、明日起きるかもしれない、あるいは起きないかもしれないと心配しないことです。神様が、時に合わせて、どんな困難であろうとも、乗り越えられるよう助けてくださるからです。–マタイ6:34)

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *