June, 2014

もし運命を知っていたら

二年前にご主人様を亡くし、一月ほど前には一人娘をも癌で亡くしたAさんが言った。
「夫の家系は皆癌で亡くなってるの。もし、娘も癌で死ぬと知っていたら、私は彼女を産んでいたかどうか分からない。」

「そうですね。」と、相づちを打ちながら、妊娠中にテストをして、胎児に障害があると分かったら中絶できる時代であることを思った。
愛する子供が苦しんだり、死んでいくのなど、誰もみたいはずがない。
でも、次に出てきた言葉は、
「でも、娘さんと、素晴らしい時間をいっぱい過ごせて、楽しい思い出がいっぱいできたのは、それが何もなかったよりよかったんじゃないでしょうか。それに、神様の国で再会できるという約束があるし。。。今は、一日千秋の思いであっても、その時が来たら、きっと、あっという間だったと思いますよ。私はジョージとの間に子供を作らなかった事を後悔してます。」
というものだった。
神様が人間を創造されたのは、愛し合う対象が欲しかったからと言うけれど、人という文字が、倒れる一人と、それを支えるもう一人のイメージから出来たというのと同じように、人間は、愛し合うために生まれてくるのだと思う。
ならば、例えそれが短い時間であっても、愛されること、愛することを経験できることは、十分に意味があることだと思う。

「今の子供達は、家族と一緒の夕食の席でも、下を向いて、携帯に夢中になっている。会話も何もなくて、つまらないったらありゃしない。」
と話が発展していき、その通りだと思う。親子の絆、兄弟の絆、夫婦の絆のありがたさや価値を知らずに育つなんて、もしかしたら、というか、神様の目から見たら、恐らく癌で死ぬよりもっと悲劇に映るだろう。

先のことを知って、回避できることは、確かにたくさんあるのだろうけれど、知らなくて幸いなこともたくさんあるのだと思う。未来の予言は聖書だけで十分。クリスタルボールはないほうがよい。

“Give your entire attention to what God is doing right now, and don’t get worked up about what may or may not happen tomorrow. God will help you deal with whatever hard things come up when the time comes.”ーThe Message: Matthew 6:34

(神様が今なされていることに、全ての注意をむけなさい。そして、明日起きるかもしれない、あるいは起きないかもしれないと心配しないことです。神様が、時に合わせて、どんな困難であろうとも、乗り越えられるよう助けてくださるからです。–マタイ6:34)

癌が戻ってきた〜

パージェタ+ハーセプチン7回目の点滴に行ったので、コンピューターを見ながら準備を始める看護婦に、先週受けたCTの結果が届いているかどうか聞いてみた。
「届いています。」という返事に、さっそくコピーをお願いした。
看護婦はCTの結果を説明することは許されていないけれど、コピーを渡すことは問題ない。
点滴を受けながら、3ページある報告書を手にして、所見要約が書かれている一番最後のページを開けた。
箇条書きに書かれたいくつかの所見の中に、
「縦隔リンパ節のサイズが増大」とあるのを見つけた。
医師が「まだ癌と呼ぶには早すぎる。もう少し様子を見ましょう。」と言ったリンパ節の変化は、癌だったーーーと理解した。

肝臓にあった5mmの病変は今回のCTでは顕著でなかったらしい。
骨も、その他の臓器も、相変わらず胃のあたりにある静脈瘤らしきものを除けば異常なしで、これは不幸中の幸い。感謝!

腫瘍科医との予約は来週の水曜日で、専門医の見解はこれから聞くことになるのだけれど、癌が戻ってきたことは間違いないだろう。

この2年間、消滅したと期待していた癌は眠っていただけだったんだと思ったら、ひどくがっかりだった。

T−DM1から副作用のために薬を変えて、たった3ヶ月で癌が復活したということになる。治験によると、パージェタ+ハーセプチン2剤だけの成功率は20%以下だったけれど、やはり抗体薬2剤だけでは弱すぎたということだったのかもしれない。
また薬を変えなければならないけれど、今度はどうしよう?
寛解の記録を延ばせなくて、本当に残念!

力をください

「和世さーん、お元気?」

一人息子さんが10万人に一人という特異な癌にかかってしまったお母様から電話があった。

息子さんも同じように、最近とったCT結果で、転移した癌が成長していたことがわかったのだと言う。そして、

「どうして、うちの子がこんなになっちゃったんでしょう?私が悪かったのかしら?」と、おっしゃった。

自分を責めたくなる気持ち。

自分の子供が徐々にやせ衰えていくのを何もできずに見ていなければならない母の気持ち。

まだ人生これからなのに、どんなに治療をがんばっても次から次へと裏切られていく息子さんの気持ち。

90歳、100歳と長生きしている人もいるのに、なぜ?なぜ?なぜ!?と、叫びたくなる気持ち。

痛いほどよくわかる。

でも、この問いはどんなに考えても答えはでてこない。仮に答えがみつかったとしても、それが何の助けになるのだろう?苦しみがますばかり。

「神様は全てのものを完璧につくられた。神様は生の創造主であって、死や病気をつくられた方ではありません。死や病気、この世の苦しみは、神様にとっても敵なのです。だから、そこから私たちを救うてため、神様はイエス様を与えてくださった。嵐を見たらいけないです。目の前に迫ってくる大きな波をみたら恐怖に飲み込まれて絶望してしまう。大事なことは、私たちは一人じゃないということ。私たちには信仰があります。私たちのボートは小さくても、イエス様が一緒に乗っていてくださいます。彼は嵐をも静めることができるお方です。癌よりも、死よりも強いお方です。彼に目を据えて、この嵐の脅威に負けない強さをいただけるように祈りましょう。聖書には『目の前の苦しみは長くは続かない。でもその後に待っている喜びは永遠に続く』ともあります。私もお二人のために祈ります。だからXさんもどうぞ、『力をください。』と祈って、ここを乗り越えてください。」

そう電話口で伝えた言葉は自分にも言い聞かせた言葉だった。

We who have fled to him for refuge can take new courage, for we can hold on to his promise with confidence.”  Hebrews 6:18 (NLT)

(神のところへ避難する者は新たな勇気を受けとることができるのです。神の約束は安心して頼ることができるからです。ーーヘブル人への手紙6:18)

 

すごい事が起きた

「イエスを信じる人を一人でも多く集めて彼女に手を置き神に祈ってください。
オレも神に癒してくださいと頼みます。どんなに辛い状況かよくわかります。
誰だって、「なぜだ?神様、なぜこんな目にあわなきゃいけないですか?」と問いたくなるはずです。
ジョージ、神様の約束を信頼してください!
神様に言ったらいい。
『神よ、何が起きているか分かっているでしょ?貴方は”私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かに施すことのできる方”(エペソ人への手紙3:20)で、”何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。”(第一ヨハネの手紙5:14)と聖書に書かせたじゃないですか。』とね。
神はどんな嵐がお宅の人生を通過しているか知っている。
オレは慰めが与えられることを祈ります。神はおびえる心ではなく、平安な心を与えてくれたからです。それから、どんな状況にあっても、幸せで楽しい時間を互いに過ごせることも祈ります。兄弟(パウロ)が、『たとえ試練の中にあっても喜んでいろ』(ローマ人への手紙5:3-10)って言ってるからね 。
–朝起きたら、神に言ってやれ。『神様信頼してるよー!』ってね。」

イスラエルに一緒に行った、まだ20代の若い青年から届いたジョージへのメール。

CT結果を受けとった翌日の晩、聖書クラスで、ジョージがこのメールを読み終えると、20人ほどのクラスの人達が一斉に私の回りに集まり、私の肩に手を置いて祈ってくれた。
感謝と感激は、言葉で表せないほど。
電話やメールの激励も続き、そしてさらにすごい事が起きた。
匿名で、誰かが、数年間分に相当する医療ファンドを設置してくださった!それから、癒しのためにハワイの別荘を貸すから行っておいでという人まで現れた。
「力をください」という私の祈りに、「安心しなさい。一緒にいるよ。」と、大勢の人を通して、神様が返事をくださったように思えて、信じられなくて、涙が出た。

君を守る

病院に癌治療のため入院した方を見舞いに行った。

看護婦がやってきて彼女をトイレに誘うと、そばで付き添うご主人様がすかさず、歩行器をベットのそばに動かして、彼女が倒れないように、後ろから見守る。

その確実で機敏な動きを見ながら、彼女が手厚く看護されていることを悟った。

癌は突然私たちを戦場の前線にひきづり込む。そして、患者も家族も、混乱した状態の中で、即座に闘う方法を学ばなければならない。

高額な医療費のプレッシャーを受けながら、給料を家に運ぶため職場には休まず通い、その上、妻をかばい看護し、ベットの横でラップタップを打ちながら、彼女の病気についてモーレツに学び、アメリカ中の病院に助けを求めるメールを発信しているご主人様。笑顔の下でどれほどの重荷を背負っていることだろう。白髪で、顔には皺を刻む小柄な彼が、とても大きく、勇ましく見えた。

そして、私の夫、ジョージも同じ。

「神に誓って、君を守る。」

「君の面倒は僕がしっかりみるから。」

癌が戻ってきたという報告を受けてから、何度そう言ってくれたことか。

父の日に、成人した息子たちがやってきて、BBQを料理してくれた。年と共にたのもしくなってきた二人だけれど、心の中で祈った。

「息子たちがジョージのようになりますように。貴方を信じ、貴方からやさしさと力を受け取って、大事な伴侶を、子供たちを守り抜ける強い男になれますように!」と祈った。

 

 

 

再びパクリ、でもその前に肝臓生検

病院に行って次の薬をどうするか相談してきた。いろいろある選択肢の中から2年前転移した癌を消し去ったパクリが一番確かではないかと、医師とも同意見でパクリを今のハーセプチン+パージェタに加えることになった。

2年かかってやっと伸びそろった髪を又失うのは悲しく、すでに傷害が出ている末梢神経にさらに追い打ちを掛けるのも怖いけど、一番成功する確率が高いだろうからしかたがない。

決まったからには早く始めたいのに、今日も担当者からはスケジュールの電話がなかった。代わりに、棚上げにしておいた肝臓バイオプシー(生検)の予約の電話が入った。来週火曜日に決定。

内視鏡検査に異常がなく、すぐにCTの予定が入ったので、細胞の一部を検出するバイオプシーはCTで様子をみてからと延期していた。でも、今回のCTでもやっぱり静脈瘤の疑いがあると出て、したくないけど、した方がよいと言われてしまった。

肝臓のバイオプシーは後が大変なようで、その日はもちろんのこと、翌日もおとなしくしていなきゃいけないらしい。となると、パクリを始めるのはたぶん再来週?

3月から癌が再発していたと思うと、ドキドキ焦ってしまうけど、ここは嵐を見てはいけない!私のボートにはイエス様が一緒、と言い聞かせて耐えて、待つ事にしよう。

 

ビタミンDが生存率を高める

「癌の人はビタミンD欠乏症の傾向が強く、ビタミンDが不足すると、筋肉痛が起きたり骨が弱くなったりする。ビタミンDの値を調べてますか?」

と、教会で出会った、かつてUCLAのお医者様で、今は退職されたCさんが尋ねてきた。

彼の言う通り、私のビタミンDの値は低く、ここ数年かかりつけの医師からもビタミンDのサプリを取るようにと言われてきている。

Cさんからのメールを読み終えて、ビタミンDと癌の関係について検索してみた。

そしたら、「ビタミンDが乳ガン生存率を上げる」という2014年3月7日付けの記事を見つけた。

記事によると、4440人の乳ガン患者の血液内のビタミンD(25-ヒドロキシビタミンD)を調べたところ、ビタミンDの値が高い乳ガン患者は、低い患者に比べて2倍近く生存率が高いことがわかったという。

ビタミンDは、過激な癌の細胞分裂を食い止め、癌の成長を防止することができる。従来の抗がん剤療法にビタミンDを加えるべきだと研究者たちは発表した。

ビタミンDを高めるためには日光浴が一番だけれど、ミルクや魚(得にまぐろ)、オレンジにも多く含まれていると言う。

理想的なビタミンDサプリの量は人それぞれの血中濃度によって異なる。ちなみにCさんが私にすすめてくださったビタミンDの量は1日に2000IU。 一日1錠(400IU)しか取っていなかった私は不足もいいところ。さっそく昨夜から量を増やした。これで、筋肉痛やこむら返りが改善されるかも!抗がん剤も効果を増すかも!と期待する。

 

 

ストレス一杯の肝臓生検をパス

火曜日にした肝臓生検の結果がやっと届き、肝臓は正常と知らされた。

この結果が悪かったら月曜日から始まる新たな点滴が延期になるところだったので、ホッとしている。

静脈瘤らしきものが現れたのは3/31のCTから。専門医に回されると、静脈瘤が発生するのは、肝臓に異常があり、肝臓内の血液循環が悪くなるからと言われ、血液検査、肝臓の超音波テスト、そして内視鏡検査をした。全て異常なしで、内視鏡検査では静脈瘤は観察されず、医師はそれではと、細胞の一部を摂取、検査する肝臓生検をオーダーした。

静脈瘤が見つからなかったのに、なぜ生検が必要なのだろう?と思い始めた私は、肝臓生検が他の生検よりも危険が伴うと聞き、丁度次ぎのCTも予約が入ったところだったので、再度CTの結果を見るまで延期したいと、この生検を保留していた。

6/4のCT結果は、癌の再発と一緒に、またも静脈瘤らしきものがあると伝えてきた。腫瘍科医と相談したところ、生検はした方がよいけれど、癌が戻って来た今は抗がん剤点滴の方が優先されるべきという話でまとまった。ーーと私は思っていた。

ところが、新たに加えるパクリの点滴日を知らせる電話を今か今かと待っている私にかかってきたのは、肝臓生検を知らせる電話だった。

話が違う、と思い「腫瘍科医も同意したのですか?」と聞くと、そうだと言う。しかたなく、よく理解しないまま3日前の火曜日、生検に出かけた。

検査の準備をする看護婦に、「これから何の検査をするか分かっていますか?」と聞かれ、「肝臓生検をするけど、理由がよくわかっていないので、検査前に医師と話がしたい。」と答えた。
服を病院のガウンに着替え、ベットの上に横になって、点滴やら、心音、血圧等を観察するラインをいろいろつけられながらも、納得いく説明を聞くまでは、同意書にはサインしないという気持ちでいた。

3時間ほど待たされて、いよいよベットごと治療室に移動。そこで、やっと生検をする医師がやってきた。

「これから、生検の手順と起こりえる危険について説明します。」

一通り、辛抱強く説明を聞き終わると、今度は私の番とばかり、ベットに横になった状態で口を開いた。
「なぜこの検査を今受けなきゃいけないのか、よくわかっていません。癌が再発したと言われ、その治療が月曜日から始まるんですが、それに影響がでるようだったら、キャンセルしたいと思います。」

医師の表情が変わり、そして言った。「でも、この検査をしないと点滴は受けられないと思います。」

思いもかけない返事に、今度は私がびっくり!

医師は助手に生検要請の用紙を読ませた。「点滴に先立ち、肝臓生検を要請。肝臓に異常がないことを確かめるため。。。。」

「よろしいですか?」と聞かれ、これは「ハイ」と答えるしかなかった。

鎮静剤で検査は眠っているうちに終わり、無事出血もなく、帰宅した。でも、生検で異常がみつかったら点滴が延期になるかもしれない、それどころか、肝硬変など見つかったら、これだって命取りと、検査の結果を喉から手がでるほどに待ちわびていた。

異常なしの結果を受けて、本当にほっとしている。神様ありがとう!