一粒の麦

10年前、ロスで肝臓移植をされたIさんご夫妻と数年ぶりにお会いした。肝移植後、もともと弱かった腎臓が免疫抑制剤の副作用でさらに弱くなり、2年前には奥様がドナーとなって、腎移植もされたと伺っていたけれど、お会いすると肌は輝いて、なんだかとても若返ったように見受けられた。

体調はすこぶる良く、やりたいことが一杯あって、今まで以上に忙しくされているとおっしゃる。

「やりたいことって、例えば何ですか?」と伺うと、「老人介護です。」と答えられた。

30余年の闘病中、ドナー家族も含めた、お世話になった大勢の方々への恩返しの気持ちを込めて、すでに14人入居できる施設を3つも作られたそうだ。これらの施設は皆低所得者のためのもの。

Iさんは、若いころ起きた交通事故で輸血を受け、その結果、肝炎になった。肝炎は肝臓がんへと変化し、手術を求めた名医からは、もう手遅れとサジを投げられた。にもかかわらず、自分でみつけた別の医師を、住まいのある盛岡から四国まで訪ねて、そこから不死鳥のように蘇った。

Iさんが作った施設では、ご老人が最期を迎えるときも病院に移さないで、家族と共に看取ることを心がけているという。若い人たちに、自分がアメリカで体験した、互いに寄り添うことを知ってほしいからとおっしゃる。

「大人の学校」と名付けられた施設にはIさんが作詞された「校歌や(ブレザーの)制服もあるのです。」と、照れくさそうに笑って見せてくださったビデオには算数や習字のお稽古、料理や体操の時間に取り組む楽しそうなご老人の姿が映されていた。

「すごい!」と感心する私に、これらは分校で、これから本校を作りますと、冗談まじりで答えられた。

「一粒の麦」という、渡航移植支援から癌闘病者支援へと移行した私達の非営利団体にGeorgeがつけてくれた名前は、「地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死 ねば、多くの実を結ぶ」というヨハネの聖句から引用したものだけれど、Iさんの上に落ちたドナー(臓器提供者)という麦は、Iさんを通して多くの実を結んだと思った。

そして、身の回りのお世話をさせていただいた私も、そんな実りを見ることができて本当にうれしく思った。

試練も涙も、美しいものに変えられる神様。そんな神様は、やっぱりいつだって本当に素晴らしい!

 

 

 

 

One thought on “一粒の麦

  1. 痛みや辛さがなく施設で逝けるのでしたら、低所得者の方たちにとって、こんなすばらしいところはないと思います。
    やっぱり、最後は苦しまずに穏やかに逝って欲しいもの・・。

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