母と過ごした聖金曜日

今日の金曜はイエスが十字架にかけられた日。

日本に来ている私は、3年前洗礼を受けた86歳になる母と、母が通うカトリック浜松教会に出かけて、この特別ミサに参加した。

聖書によると、金曜日前日の晩、弟子ユダの裏切りによりローマ兵に捕らえられたイエスは、そのまま最高司祭のところに連れていかれ、そこで神の子と名乗る恐れ多き神への冒とく者として死刑の判決、そして殴る蹴るの虐待を受ける。

当時のイスラエルはローマの支配下にあったため、翌日金曜日の朝にイエスはローマ総督ピラトの家に連れていかれ、罪状を受け入れたピラトの命令により、鞭打たれ、それからすぐ刑場であるゴルゴタまで十字架を背負わされて連れていかれた。

十字架刑はローマの刑法で、極刑であったらしい。刑の執行が急がれたのは、土曜日がユダヤ人にとって休息日で、働いてはならないことになっていたからだろう。

ローマ兵たちはイエスから服を剥ぎ取ると、「イスラエルの王様!」とからかいながらイバラの冠を頭にかぶせ、つばをはきつけ、頭を殴った。

刑場に集まった群衆は、「神の子なら十字架から降りてみろ!」とやじった。

刑は6時間にも及び、旧約聖書イザヤ書によれば、十字架上のイエスは、血だらけで、ほとんど人の様相を留めなかったとある。

正午頃から空は暗くなり、午後3時頃、ついにイエスが息絶えると、大地は大きく揺れ、祭司しか入ることができなかった神殿のカーテンが上から下まで真っ二つに裂けた。

神と人とを隔てていた原罪(神から離れ、自分の思いのままに生きる罪)が、イエスの断末魔の苦しみと死を持って取り除かれた瞬間だった。

どんなに善行を重ねても報いることのできない人の罪は、神が授けられたひとり子の犠牲によって許された。

そして十字架刑から数えて3日目の日曜日、イエスは復活する。原罪の代価である死が打ち破られ、イエスを信じる者に勝利があたえられる日となる。

拒絶、屈辱、虐待、そして死を受けた救い主のことを、弟子のヨハネはヨハネ福音書の中で、

「彼は世にいた。そして、世は彼によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた。彼は自分のところにきたのに、自分の民は彼を受けいれなかった。しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。」と語っている。

イスラエルで訪れた、イエスが捕らえられる前に恐怖に襲われて祈ったゲッセマネの園、十字架を担いで歩かされたドロロッサの通り、十字架にかけられたゴルゴタ、そして埋葬された墓が、ミサの間、スライドショーのように頭に蘇った。
神の愛を知り得たこと、母もまたイエスを信じる者となって、ともにこの復活祭を祝えることが、またもう一つの奇跡のように思え、心から感謝した。

神様はいつだって素晴らしい!
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(上の写真はプロテスタント版のガイコツの顔に似たゴルゴタとそのすぐそばにあるイエスが葬られたとされる墓。中央の穴が入り口)

 

 

 

 

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