February 28th, 2014

イスラエルの旅:5)クライマックス

ダビデの町エルサレム

黒い帽子に黒いコートを着たのはユダヤ人。スカーフで頭を覆い、足まで隠す長いドレスを着たのはモスラムの女性たち、バックパックを背負った旅行者たちの大半は、多分クリスチャン。

ダビデがイスラエルを統一して以来、三千年の古い歴史を持つ、石壁で囲まれた旧エルサレムの町の中は、世界中の人で溢れていた。
ここは、ユダヤ教、イスラム教、そしてキリスト教の聖地で、何度も奪い合いが繰り返され、幾重にもその爪跡が遺跡となって残っている。

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2000年前再建された壁は、エルサレムが略奪される度に埋められていった。右端が現在の町のレベルで、左端は2000年前の壁レベル

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なげきの壁は、イスラエル神殿時代のものが残存する唯一の場所で町の西側に位置する。   イスラエルの神殿は破壊されたものの、ここが神の霊に一番近いと信じる人たちが、壁に向かって聖書を朗読し、祈り、泣いていた。皆から預かった祈りの紙片をこの壁の隙間に残してきた。

刑場への道、ドロロッサ

ダビデの町を再建したヘロデ王が統治者だったときに生きたイエスは、彼が再建した神殿で何度も神の国について説き、神の子であると名乗り、悔い改めを求めた。そして、過ぎ越しの祭りで賑わうこの町に、救世主と大歓迎をうけて迎えられた数日後の金曜日、反感を買った宗教家たちの陰謀により、神を名乗る冒涜者として十字架刑にかけられた。

死刑を宣告されたイエスが、刑場であるゴルゴタの丘まで、重たい十字架を背負って歩かされたとされるドロロッサの通りを歩いた。

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左右に荷物をぶら下げたロバが通れる幅が標準だったという狭い通りは、今は観光客目当ての小さな商店が隙間なく立ち並び、店主はお客の呼び込みに忙しい。

スリに注意しろと言われ、バックパックを子供を抱くように、前向きにしょう。
広場にでると、銃をかかえた若い兵士たちが隅々に立っていて、そのうち、スピーカーからモスラムの祈りの時間を知らせる長いサイレンのような読経が耳をつんざくように聞こえてきた。

ゴルゴタの丘や、イエスが葬られ、三日後に復活されたとされる墓地の跡には荘厳な教会が建てられていて、カトリック、ギリシャ正教会等、複数の教会が共有している。ここでも所有権を巡って争いがあったらしい。

イエスが、極刑という形で私たちの罪を清算し、復活という形で死を打ち破ってくださった最も神聖な場所のはずなのに、彼が、「ここは私の父の家だ!金儲けの場所ではない!」と怒って、神殿の周りにあった市場を蹴散らした二千年前と同じように、今もここは欲と権力の争いが渦巻いていると思えた。

オリーブ山

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バスからみた神殿東側にあるオリーブ山。 中央にあるのがゲッセマネに建てられたBasilica of the Agony の教会。

 

 

イエスが入都したとされる東門の外には、イエスの祈りの場所だったオリーブ山がある。

文字通り、オリーブの木がいくつもあって、この山の中にゲッセマネがあり、今は教会が建てられていた。

Gethsemane Olive Tree

樹齢1000年というオリーブの木があるゲッセマネ

ゲッセマネは、イエスがユダに裏切られ、ローマ兵に捕らえられる前、全ての運命をご承知で、三度、血の汗を流すほどに、命乞いの祈りを捧げたところ。

「イエスは彼ら(弟子)にいわれた。『私の魂は悲しみで今にも張り裂けそうだ。ここに居て見張っていなさい。』イエスは少し先に行くと、頭を地に伏せて祈り始めた。

『天の父よ。できることなら、どうか私からこの苦しみのカップを取り除いてください。でも、私の 願い通りにではなく、貴方の御心が叶いますように』」(マタイ26:37-39)

忠告を受けたのに、弟子たちはイエスの心情など何も理解せず、のんきに居眠りをした。

そして、イエスを捕らえるローマ兵がやってくると、蜂の子を散らすように皆逃げて行った。

それも全てご存知で、恐怖と孤独と、悲しみと、想像を絶する苦痛を味われたイエス。

教会の中に入って、
「イエス様、私たちを救うために苦しみを受けてくださって。。」と祈り始めたら、崩れた。

Gethsemane Church

教会内十字架の前にあった、岩に手をあてて祈る人たち。この岩の上でイエスも祈ったとされる。

怒涛のような感情が喉の奥から突き上げてきて、肩が震え、涙が滝のように溢れて落ちた。
深淵のように止まることのない愛。そこまで愛してくださる神様を、私は他に知らない。
「貴方が死を持って示してくださった愛が、私の大切な家族に、友に、一人でも多くの人に伝わりますように!貴方がくださった永遠の命を皆が受け取リますように! 」そう祈りを捧げた。

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イエスは戻ってくる

ソロモンが建て、ヘロデが再建した神の家である神殿跡に、今はイスラム教徒の黄金のモスクが建っている。
屈辱と私利私欲に汚れたこの聖地に、この世の終わり、イエスは、最後の審判をくだすため、再来すると聖書は予言している。

「見よ。主の日が来る。。。『私は全ての国々を集めて、エルサレムを攻めさせる。町は取られ、家々は略奪され、婦女は犯される。町の半分は捕囚となって出て行く。しかし、残りの民は町から断ち滅ぼされない。』
そして主が出てこられる。決戦の日に闘うように、それらの国々と闘われる。
その日、主の足は、エルサレムの東に面するオリープ山の上に立つ。。。。主は地のすべての王となられる。その日には、主はこの世のただ一人の主となられる。ーーー彼の名前だけが褒め讃えられる。」(ゼカリヤ書14:1−9)

正義は最後に勝つ。万歳!

東門

「メシヤ(救い主)はオリーブ山に再来し、ここを通って神殿に入る」という予言を恐れるイスラム教徒が塞いだ東門。ここでは今も聖書の朗読や祈りが禁じられている。