ダッグのメモリアルサービス

「大好きな音楽を聞きながら、孫たちがプールではしゃぐ声を聞きながら、彼は静かに旅たって行きました。」

腎臓と膵臓の同時移植から14年目、髄膜炎にかかり、1年近い闘病後70歳の生涯を閉じたダッグ。

家族から彼の最期の様子を聞いて、そんな逝き方も素敵だなと思った。

ハーバード経営学修士という学歴を持つエリート起業家であったダッグは、私が出会った時は、複数の非営利団体役員として、熱心にホームレスや貧しい子供たちへの奉仕を続ける人だった。

うちの教会では、毎夏近くの海でクルージングを楽しむのだけれど、出航直後、この行事が始まったときからのホスト役だったダッグのために皆で祈りを捧げた。

彼の体をもとにもどす薬がないことを知りながら、「こうしている方が気持ちがまぎれる」と、一人で参加した奥さんのジョーが、スナックの大皿を皆に運びながら笑顔で彼の分まで奉仕に徹していた姿が思い出される。

 

メモリアルサービスの日、ダッグの義姉妹が、ダッグといつも一緒に朗読したという詩編23を読んだ。

「主は私の羊飼い。私には乏しいことがありません。。。。

たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私は災いを恐れません。

あなたが私と共におられますから。。。

まことに、私の命の日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。

私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。」

 

涙と笑顔を交えながら、子供や孫たちが代わる代わるに生前のダッグとの思い出と感謝を語った。

 

結婚50周年まで後2年というところでこの世の時間が切れてしまったのはとても残念なことに違いないだろうけれど、ダッグが家族に伝承した神への信仰と、家族の絆の強さを垣間見て、「死の陰の谷」を、きっとこの家族は神様に導かれて通り抜けていくことだろうと思った。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)

主を信じる者にとって、葬儀はお別れの日ではなく、主の家への帰還を祝福する日。

希望と愛に溢れたメモリアルサービスを終えて、キリストを知り得た私たちは、本当に幸せ者と心から思った。

 

 

 

 

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