May, 2013

T-DM1 2度目の点滴

初発のT−DM1から3週間がたって、血液検査の結果も問題なかったので、今日2度目の点滴を受けた。

今回事前に飲んだ薬はステロイドのDecadronだけ。医師によると、T−DM1には抗がん剤がくっついているため、分子標的薬であってもハーセプチンとは違い、いろいろなショック反応が起こる可能性があるので、吐き気等の予防対策として飲まなきゃいけないのだそうだ。「いつまで?」と質問してみたけれど、「T−DM1を使う間はずっと。」という答えだった。

前回の点滴では手足がジンジンして、すごく眠くなった。今回も指がジンジンしたけれど、そう言うと、看護婦さん、「あら、まだT−DM1始まってないわよ。入れてるの食塩水だけよ。」という返事だった。どうやら私の体は、点滴は皆怖いと、反射反応したらしい。

T−DM1の点滴時間は、本来なら30分なのだけど、2回目の今日も慎重に、最初はゆっくりと入れていったため、結局所要時間は1時間、そしてその後また念のため30分観察時間があった。でも、今日は眠くならなかった。

家にもどって、またピアノのおけいこをしたら、歌を歌うと、息がつづかないのに気がついたけれど、まあその程度で、疲労感も前回よりましな気がしている。

でも、この3週間、リンパ水腫のある腕ひじの内側にもっこりこぶができたり、ときどき胸に痛みを感じたり、手の甲や足の静脈血管が浮き出てきたり、それから足の筋肉痛がとても気になるようになってきた。

T−DM1の副作用だろうか?だったら点滴の回数が増える毎にこんな副作用も強くなっていくだろうか?なら、日本に行く前日の点滴は中止したほうがよいだろうか?といろいろ考え、医師に相談してみたけれど、このくらいのことなら中止する必要はないという答えだった。

日本に行くまで後3週間あるから、これからの様子で決める。やっぱりT−DM1も副作用があるみたい。でも、癌がもどってくるのはもっと嫌だからね。癌闘病者はつらいよ!

 

脳を癌から守る

土曜日は朝から1日UCLAで脳がんについての勉強会があり、行ってきた。

UCLA

私の関心は主に転移乳ガンとしての脳腫とその治療法。

癌になって3年間、まだ一度も脳のMRIを取ったことがない。でも、脳腫治療が限られているならなおさら、早期発見のために定期的に検査をした方がよいのではないかという印象を受けて帰ってきた。

日本から戻ってきたらCT検査をすることになっているけれど、脳のMRIもリクエストしてみようと思っている。

以下、勉強会で印象に残ったことがら。

脳転移と治療法

1)首から下の癌治療が効を奏していても、脳には入れない薬がほとんどなので、血液を通して脳に癌腫がとぶことがある。特に肺転移をした場合、そこから脳に癌がとぶことがよくある。(後でインターネットで調べたら、トリプルネガティブ、そしてHER2陽性癌は脳に転移しやすいとあった。肺転移した私は要注意!)

2)タイケルブは粒子が小さいので脳に入り、脳腫治療薬としても使用されているが、副作用のために必要な量を取るのが難しい。タイケルブをとっていても脳転移を予防できるとは限らない。

3)脳に転移した癌は数ヶ月或は数年かかって成長する。

4)脳に転移した場合、現在可能な治療法は手術、放射線療法、そして抗がん剤療法とがある。放射線療法は脳全体に放射する場合と、一つの癌腫のみをターゲットにするピンポイント放射とがあり、癌腫が3cm以下であるなら、いずれも手術より成功率が高い。

5)ピンポイント照射にはガンマーナイフ、プロトン、3D等いろいろ種類があるが、どれも大差はなく、脳全体放射も含めて、膿腫のサイズ、数と位置によってどれを選ぶかを決める。

脳を守る栄養

6) 健康な脳の働きに必要なものはグルコース(糖)と酸素。(脳の重さは体全体のわずか2%であるのに、体が必要とするエネルギー、酸素の20%を摂取。深呼吸や運動の薦め。

7)DNAを壊すフリーラディカルの発生を防ぐ抗酸化作用(ブルーベリー、ほうれん草、緑茶等)、細胞分裂の速度が異常に速くならないように抑える抗炎症作用 (オメガ3、緑茶、亜麻の種/flaxseed、ローズマリー、ザイム、アプリコット、ブロッコリー)、DNAを守り、壊れた場合は修復時間を与える抗発がん性(カレー粉、クミン、柑橘類、緑茶、ざくろ、ブラックラズベリー、トマト、サフラン等の黄色香辛料、ビタミンD)のある食事。ただし、抗がん剤使用中、放射線療法中は抗酸化作用がこれらの治療を妨げる可能性があるので、医師に相談。

8)キャベツ、にんにく、いちごやブルーベリー、ラズベリー、椎茸等は免疫力を高める

9)全粒穀類は小麦粉のように精製された穀類より脳が摂取するエネルギーを均一化する。繊維を多く含んだ食品も糖の血中濃度を一定に保つ働きがあり、ヨーグルトを繊維食品と一緒にとると、バクテリアが活性化する。ソーダ類に多く含まれているコーンシロップは避ける

10)気持ちが鬱になったときはブラックチョコレートやココアがよい。緑茶も!

11)眠れない夜にはバナナ半分を脂肪分ゼロの牛乳と一緒に食べてみる。マグネシウム、ビタミンB6も効果あり。

12)その他脳に良い食べ物:

ビタミンEを含むナッツ、種子類、アボカド、小麦胚芽。ビタミンCを含む、キウイ、ピーマン。ビタミンDやオメガ3を含むクルミや魚(鮭、いわし、鯖、鰹、キャビア)。鉄分(緑色野菜、卵、豆、ナッツ、プルーン)、亜鉛(肉、魚、牡蠣、種子類、ヨーグルト、ナッツ)。オリーブオイル、とうもろこしではなく、草を餌としている家畜肉、ガバ等。特にざくろ、レモン水、椎茸、ブラックラズベリーはガン細胞抹殺に効果ありと思われている。

13)大食をしない。ハーブ製品は抗がん剤に負の影響を与えることがあるので気をつける。

14)サプリに頼らず、できるだけ新鮮な食品から栄養を取る。

15)塩分、糖分の取り過ぎに注意

16)毒素排出のためたくさんの水を飲む。

17)週3回は魚を食べる

18)抗がん剤の副作用である疲労感には複合ビタミン剤が効く。

 

 

 

 

 

 

 

 

気配りが福を呼ぶ

金曜日、母の日のお祝いのため、義母を訪ねた後、介護ホームに入居している義父も訪ねた。

ここの入居者の一人にエバという今年98歳になるおばあちゃんがいらっしゃる。

車椅子に背中を丸くして腰掛けているその表情はほとんど変化がなく、お話も、モソモソとして、私には全く理解できないのだけれど、いつもきれいにまとめた髪に、大きなリボンをつけて、化粧もしていらっしゃれば、ネックレスも指輪もはめて、爪だって赤くマニュキアをして、それは可愛らしい。

昨日も赤いスカートに赤いカーディガンを羽織って、まるでお人形さんのようだった。

「こんにちは。御加減いかがですか?」と顔を近づけて挨拶すると、床に落とした視線は動く事がないまま、「アー、ウー」と、低い声で何かおっしゃる。

車椅子を押すお嬢さんが、「『あなたはお元気そうね』って言ってます。」と通訳してくださる。

そばにいた義父が皺だらけのエバの手を握ると、また「アー、ウー」と何かおっしゃる。「『彼は私のプリンスチャーミング』って言ってますよ。」とお嬢さんが言ったところで、皆の顔がほころんだ。

一人で歩くこともできなければ、身支度も、食事さえもできない。ただ車椅子に座っているだけの毎日だと思うのに、文句を言わず、依然気配りを知っていらっしゃるエバさん。

前向きに生きるか、悲観したり、恨みつらみを重ねて生きるかは、状況次第ではなく、私たちの意志によるのだとまたも思った。

エバさんのような暖かい人の回りには、たとえ目がみえなくなっても、耳がきこえなくなっても、話ができなくなったって、自然と人が集まってくるのだろう。

癌が末期になるにせよ、老衰していくにせよ、どんな形であれ、死が迫ってくるときは、体がぼろぼろになっていく。でも、車椅子になっても、ベットに寝たきりになっても、最後の最後まで、会う人たちに「お元気ですか?」「ご苦労様」と、労をねぎらい、感謝し、人のために祈り続けることができたら素敵だと思う。

土曜日の夜は子供達と二人の留学生が集まって、母の日を私のためにお祝いしてくれた。「幸せ!」と、うれしさを噛み締めながら、アメリカで学んだ一番大切なことーー大事な人たち、そして神様に、どんなに感謝しているか、その気持ちを言葉や態度で表現することーーーを、私もいつも実践し続けていきたいと思った。

母の日2013

 

 

 

 

 

3度目T−DM1終えて明日出発

3度目T−DM1点滴と副作用

5月20日月曜日、三度目のT-DM1点滴を受けた。

点滴前に、腫瘍科医の診断も受けた。

先週取った心エコーは異常なし。

3週間毎の血液検査では肝臓機能を調べる酵素ASTの値が4月からずっと上昇を続け、今回は標準値の30を越えて42になったけれど、医師は、「数値が標準値の5倍になったらT−DM1の減量や中止を考えます。それまでは心配いらない。」と答えられた。

私の場合、はっきりしてきたT−DM1の副作用は筋肉痛。たいして動いているわけでもないのに、午後になってくると足がもぎ取られるように痛くなってくる。鎮痛剤を取るとすぐに痛みは消えるのだけれど、この鎮痛剤も長期で服用すると、肝臓や血小板に障害が出てくるらしく、毎日取り続けてよいものなのか心配で、質問したところ、今は、少なくとも日本から戻ってくるまでは、毎日服用しても大丈夫と言われた。

筋肉痛や運動神経障害に効果があるというビタミンB(1、2、16)も取り続けているけれど、量を増やしてよいかと聞いたら、ビタミンBなら問題ないとおっしゃった。

一方、こむらかえりはすっかりなくなった。

足や背骨の硬直感が以前続いているので、足の膝をたたいて調べる膝蓋腱反射を診てもらったところ、わずかながらも足が反応した!麻痺していた神経が回復してきているということで、すごくうれしかった。:ー)

こうして、3度目も点滴許可がおりた。

3度目の今日の点滴時間は標準通りの30分。前回経験した手足の痺れも眠気も襲ってくることはなく無事終了。感謝!

明日からいよいよ日本

帰宅して、さあこれから荷造り。たくさんの薬も忘れないようにしなきゃ!

明日は朝8時のフライトなので、4時起きで空港に向かわなければならない。

後に残して行く16歳の老犬ペパーが心配だけど、義母と友人が交代で我が家に泊まってペパーの面倒を見てくれる予定。

父が亡くなった年、航空券を購入しておきながら、抗がん剤治療のために帰省を諦めなければならなかった。父はもういないけれど、やっと3年目にして帰省が実現することになり本当にうれしい!

気圧が上がるとリンパ水腫は悪化する場合があるそうで、重たいスーツケースも持ってはならないことになっている。また長時間狭い椅子に座りっぱなしでは、成田に到着したときには体が硬くなって動かなくなってしまうかも、という不安もあり、今までとは全く違う、要注意事項いっぱいの旅行だけれど、夢を叶えてくださった神様に感謝し、私の帰省を喜んでくれる大勢の人に感謝し、安全で楽しい旅行となることを祈って、いよいよ出発しまーす!

 

日本旅行記その1:愚かな私

国際免許証を紛失

5月20日日本出発前夜のこと。

3週間の滞在のため、国際免許証を発行してもらったのに、荷造りを始めたら、その免許証がない!ない!

真っ青。

荷造りも途中のまま、部屋中を探してみるけど、どこにもない。覚えているのは、免許証を数日前手帳に挟んだところまで。手帳は毎日何度も開けていたからきっと、そのときどこかで落としたのだろう。

こういう大失敗過去に何度もしてきた私。またやった!と情けなくなって涙まで出てくると、Georgeが文句もいわずに一緒になって探してくれる。

そのうち翌日4時起きで一緒に出発する予定の長男が到着。事情を知ると、

「お母さん、日本で運転するつもりなの?嘘でしょ?」と、これも私を信頼しない息子のことば。

「見つからなくていいよ。きっと神様が運転したら危ないって、どこかに隠したんだよ。」

そう息子が言うと、Georgeも同感というように、「もう諦めなさい。」と言う。

「神様が隠した」と言われるのは「バカ」と言われるより良いけど、自己嫌悪と、諦めきれなさで、床については起き上がり、あっちを探し、こっちを探しと、とうとう朝まで眠れなかった。

「お席の確認ができません。」

5月21日出発当日。

日本のサイトで買った航空券は、空港で受取るEチケット。英字もあったのに、日本語で控えのコピーをとったのがいけなかった。私と長男を除いたら、誰も読めない。

利用する飛行機はユナイテッドと思ったのに、控えには太字でANAとあった。その横には「全日空運搬会社:UNITED AIRLINE」と書かれてあったのだけど、老眼になって文字を読むのに、メガネが必要になった私は、益々細かいところまで読まなくなっていて、これを見落としてしまった。これが第二の大失敗。

朝5時、まだ薄暗い中、車で送ってくれたGeorgeに別れを告げて全日空のカウンターがある国際ターミナルに到着すると、不思議なことにどこのカウンターもまだ開いてなくて、広いロビーは人影さえもまばら。おかしいと思いつつ長男としばらくウロウロし、やっとターミナルを間違えていることに気がついた。でもGeorgeの車はもう去ってしまった後。しかたなく、ユナイテッドのターミナルまで荷物を押しながら15分ほど歩くはめに。。。

それからがまた大変。

ユナイテッドのターミナルは国際ターミナルとはうってかわって人の波。列に辛抱強く並んでやっと自動チェックイン機の前に立った。控えコピーを広げて、書かれてあるチケット番号を打ち込む。

ところが、意外なことに、画面に「確認できません。」の文字がでてきて、ギョッとする。

何度試しても同じ結果。

近くにいた勤務員を捕まえて、おかしいと説明してみるけど、控えが日本語では、誰も読めない!

「お母さん、なんで日本語なんかでプリントしたの?」と、そばで息子が責める。

「支払いをしたクレジットカードの番号を打ってみてください。」と言われ、試してみるけどやはり機械の画面に出てくる文字は

「確認できません。」

かなり焦ってきた私。また別の勤務員を捕まえて、力なく広げた日本語控えを片手に同じ質問をする。

今度は「パスポートを使ってみてください。」と言われるが、結果はまた同じ。

「確認できません。」

時計は6時を回ろうとしていた。

(なんでなの?!日本語サイトからチケット買ったのがいけなかったの?日本行けるか~?)と、、顔がひきつってくる。

3人めの勤務員を捕まえて、3度目の正直。「助けて!」と訴える。

私のパスポートを使って、今度は自動チェックイン機ではなく、カウンター内のコンピューターで調べる。そして、やっと確認がとれた。

でも、安堵したのもつかの間、ストレスはさらに続いた。

「機内持ち込みはできません。」

機内持ち込み手荷物を持って、次の長い列に並んでセキュリティーを通ろうとすると、「こっち来て。」と横に呼ばれてしまう。

??? 今度はなんだ!

引っかかったのは、妹に頼まれた3つのジャムの瓶だった。

「お客さん、これ機内持ち込みできないよ。捨てるか、もう一度カウンターに戻って預けるかしないと。」

そうだった!割れたら嫌だと思って手提げに入れたジャムだったけれど、、瓶類も小さいものしか機内持ち込みできないのを3年飛行機に乗らなかったらすっかり忘れてしまっていた。

長い列と時計、ジャムの瓶の入った、投げられたら割れる恐れのある薄手の手提げ袋を見ながら、妹の顔を思い浮かべながら、どうしようと悩む。

そして、列から外れ、カウンターへ再び戻った。

「これ預けなきゃいけないって言われたんですけど」と言うと、

「2つ目の手荷物預かりは$35いただきます。」と追い打ちをかけるような答え。

とんでもない!ジャムの瓶だけなのに、そんなにとられるなら後からやってくるGeorgeに買い直してもらうほうが正解。

もっと早くに気がつけば、時間無駄にせずにすんだのに!私ってホント回転が遅い!

ため息をつきながら再びセキュリティーの列に延々と並び、ジャムの瓶は大きなゴミ用バケツに投げ込んだ。

出発2時間前じゃなくて3時間前に空港に到着していて本当によかった。さもなきゃ飛行機にも乗り遅れていたかもしれない。
飛行機に乗るだけですっかり疲れ果ててしまった私。

立ち直るのに数日かかった。

 

日本旅行記その2:癌患者の路線

「癌になってからなんとなく一人ぼっちになってしまったみたいな気がして。。。」

「周りで気になっていた競争は癌になったとき吹っ切れて、もう私には関係ないと思ったら気持ちが楽になった。」

浜松で出会った癌友の方々がそうおっしゃったとき、今一つどういうことなのか、ピンとこなかった。でも、1週間ここに滞在して、彼女たちがおっしゃっていたことがわかってきた。

アメリカと比べて日本の道路は車線が少ないのと同じように、人生という名の道も日本は路線が少なく、メイン路線から外れると仲間を見つけるのが難しい。

どこへ行っても話題がメイン路線内のことばかりだとすると、明日のことは分からない癌患者は、メイン路線から外れたことになり、脱落者のような気がしてきてもしかたがない。

砦を築くメイン路線vs愛に投資する路線

夜9時過ぎの電車に乗ったら、私のあとから、塾帰りと思われる子供たちが英語の本を片手にドッと乗ってきた。日本の子供たちは大学受験を目指して朝から晩まで勉強に励んでいる。こんなに勉強で忙しければ家のお手伝いやアルバイト、ボランティアなどする余裕はないだろう。

日本人の平均貯蓄高は世界一だそうだが、大人たちは、老後を心配して休みを惜しんで働き、貯蓄に専念する。

「金持ちの財産は彼の砦、弱い人の貧乏は破滅」という言葉が聖書の中(箴言10:15)にあるけれど、砦を築くことを何よりも優先するメイン路線から外れても、「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」(マタイ22:37)、「隣人を自分のように愛しなさい。」(マタイ22:39)という聖書の言葉が生活の中心となる家庭や教会や、クリスチャンの友があったら、困らない。

この、聖書の言葉を何よりも優先する路線は人気路線ではないけれど、たとえ癌になっても、死が近づいてきても脱落を心配する必要がない。心は感謝に溢れ、希望は途絶えることがなく、いつも愛されていると感じ、心の不安や重荷は下ろすところがある。

私のために祈り、応援してくださっている人が大勢いるから、ピンクリボンのネックレスをつけて、「私はがん闘病者」と、胸をはって歩くことができる。

浜松で出会った癌友と、癌になったことで、私たちは何が人生で本当に大切なのかその優先順位がはっきり見えてきた、と確信しあった。

富よりも大切なもの。それは夫婦の絆、家族の絆、人との絆、そして神との絆であり、「あなたを消して一人にしない」と約束してくださった神様は、手を差し出して私たちがその手をとるのを待っていてくださっている。

「落ちこぼれた」「希望を失った」と思っている人がいたらぜひ知ってほしい。神様と一緒に歩んだら、何も恐れるものはないよ。体が朽ちても心は負けないよ!一人で頑張らなきゃと思わなくてもいいんだよ。
愛である神様と一緒に、愛に投資するこの道をどこまでもずっと歩いていけたら、きっと人生の終わりで、「幸せだった」と自分の人生に満足できるだろう。