私も見習わなきゃ

回りにはいっぱい朝から晩まで一生懸命働いている人たちがいるのに、子育ても終わり、退職もして、さらに闘病中という言い訳があると、つい自分に甘く、だらだらとした毎日になってしまう。

そんな中、週3回の聖書クラスが心を引き締めてくれている。

熱血青年イッシュマエル

先週のESL聖書クラスには、29歳で、教会の牧師補佐をしているイッシュマエルがゲストスピーカーでやってきた。

私が始めて彼のことを知ったのは約7年ほど前のこと。当時の彼は、信者が1万人ほどもいるメガチャーチで、牧師になるインターンをしていた。ちょうど同じ教会で牧師を始めたジョージから、「毎日街角に立って、神様を信じなさいというビラを配っている熱血青年がいる。」と聞いたのが始まりだった。

いつも丸坊主頭で、日に焼けた体はよく鍛えられていて、目はタカのように鋭く、イエスに仕事や家族を捨ててついていった、若い弟子たちはきっと彼のようだったのではと思わせるほどの情熱は、美しい伴侶と結婚した今も変わらない。

バックパックにスニーカー姿でクラスに現れると、礼儀正しく、「コーチ、お招きいただきありがとうございます!」とジョージに挨拶。

そして、彼の話が始まった。

偉くなりたい者は仕える者になりなさい

お父さんはイスラム教徒のイラン人、おかあさんはカソリックのメキシコ人という家庭に生まれた彼は、口先では神やらコーランの教えやら唱えても、お金と名声と快楽ばかりを追いかけている父を尊敬できず、むしろ、「父親のような生き方は絶対したくない」と、父親と殴り合いの喧嘩までする反抗息子だったそうだ。

そんな彼がキリスト教に興味を持ったきっかけは、彼がトラブルに巻き込まれる度、いつもそばにいて、彼のために祈ってくれたカソリックの祖母の影響だったと言う。

スポーツが大好きで、ジムに通っているうち、その運動神経の良さに、個人コーチをしてくれないかという依頼が殺到して、教会のガレージで、無料のジムを開くようになった。

しかし、毎年恒例のロスアンゼルスマラソンの指導が始まると、勝ち気な本性が目を出して、「オレはなんでこんな遅い連中と一緒に走んなきゃならないんだ?勝負がしたい!」という不満が膨れてくるようになった。

そんなある日聖書の一句が彼の心を捉える。

「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい。人の子(イエス)が、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」(マタイ20:26−28)

(神様のために働きたいという願いが叶って、奉仕の場が与えられたのに、オレは自分勝手にも文句を言っている!)

そう気がついたら、涙が止まらなかった。

そして、ついにロスアンゼルスマラソンの日がやってきた。

上位に十分入れるだけの実力がありながら、イッシュマエルは彼の遅い生徒たちと最後まで一緒に走った。皆と一緒に手をつないでゴールを切った時、その感激はメダルをもらうのとは全く違うものでありながら、心の底から喜びがわき上がったという。

一番になりたい、人より上にたちたいという願望は誰にでもある。まして力があるならなおさらのこと。それを敢えて、遅い生徒のために切り捨てたイッシュマエルに謙虚さと、やさしさの裏に隠された強さと、神様への従順さを感じて、胸を打たれた。

私も見習わなきゃ、とやる気がぐっと湧いて、心が清められたような気持ちになった。

イッシュ、ありがとう!

 

 

Iwith Ish

真ん中がイッシュマエル

 

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