January 28th, 2013

癒しの動物ビデオNo.2:神様の愛の気配

「神様を信じたら幸せになれる?」

友達が聞いた。

「そうだったら、信じてもいい。」

とても正直な意見だと思った。

私たちはたぶん誰でも、裕福になって、好きな物を手に入れて、好きなことをして、健康に、何不自由なく長生きできることを「幸せ」と思い、それを願って努力し、願を掛けるんだと思う。

そして、それと裏腹に、災いが起きると、「神様なんていない!」と裏切られたような気持ちになる。

でも、神の子でありながら、人の子として生まれて来たイエス自身、家畜小屋で生まれ、一生家も財産も持たず、ダビデやソロモンのように、国を治めることもなく、わずか33歳で、十字架という極刑に処せられて死んだ。

彼に続いた弟子たちも、皆イエスに従ったからこそ故、迫害され、むち打たれ、投獄され、そして処刑されていった。

聖書は、私たちが描くような幸せは約束していない。むしろ、イエスに従ったら、試練は免れないと警告している。でも、死んだら終わりである富をこの世で得るよりも、愛である神と永遠に生きることの方がはるかに幸せで、イエスに従ったなら、それを得ることができると約束している。

治療方法のない難病にかかった友、余命6ヶ月と宣告された友、何十年も閉ざされた心の病で苦しんでいる友、老いて、光も音も失い、食べる喜びさえも失ってしまった友。。。

まるで絶望の深淵に落ちていくようなときさえも、神様は「決して貴方を一人にしない」と、その暖かい懐に私たちを抱き抱えてくださることを約束してくれている。

それが、聖書を信じる者にとっての希望であり、幸せだと思う。

ダウン症の幼児にそっと近寄って、「君のことが大好きだよ。」とでも語りかけているような犬のビデオを見て、富や長寿は定かではないけれど、どんなときも愛してくれる神様のことを思った。

この犬のように、神様の愛は思いもかけない形で、私たちが弱っているとき、慰めてくれるんだと思ったら、胸がキュンと熱くなった。

このブログから上の画像へのアクセスができなくなりましたが、http://youtu.be/JA8VJh0UJtgから同じ画像がご覧になれます。