決めてよかったピアノ奉仕

大統領選のあった先週は、がっかりで、忙しく、そして体調も今一だった。

夜更かしをし、寝坊をして、聖書を読む時間をさぼると、失敗は増え、心配事もたちまち泡のように増えてくる。

それでも、誠実な神様は、私に天の御国を垣間見させ、気持ちを晴れやかにしてくだった。

ピアノ奉仕リハーサル

音大を出たわけでもないけれど、日本にいるときヤマハの講師になって、以来とぎれとぎれながらもピアノを教えてきた。

英語では、身につけた技術や才能を神様から頂いたタレント、ギフトと呼ぶけれど、聖書(マタイ25:14−30)にこのタレントのたとえ話がのっている。

旅にでる金持ちの主人が、留守の間、3人の僕に彼の財産の面倒をみるように言いつけた。最初の2人の僕は受けとったお金(タレント)を投資し、倍に増やしたが、3番目の僕は、失うことを恐れ、受けとった金を土に埋めた。旅から戻ってきた主人は、財を増やした二人の僕を多いに褒めたが、3番目の僕は怒りをかった。

神様から頂いたギフトはたとえ少しであっても、神様に喜んでいただくように使えと聖書は教えている。

そんな教えに従いたくて、今年の始め、1年の目標の一つに老人ホームでのピアノ奉仕を立てた。

その老人ホームでのピアノ奉仕が12/1に近づいて、始めての試みに不安やプレッシャーを感じながら、今日は、ほそぼそと自宅で教えている5歳と7歳のピアノの生徒を連れて、介護老人ホームにリハーサルに行ってきた。

時間は5時半で、ピアノのある食堂には、20人ほどの車椅子に座ったご老人たちが夕食を取っているところだった。恐縮しながらそっと部屋のすみに置いてある古びたピアノの前に生徒と座った。

ピアノは予想通り、調律がされておらず、鍵盤が糸をひくように重い。そして、私の横に座る小さな生徒は、ピアノを習いはじめてわずか2ヶ月。ドレミもやっと覚えたところ。

ところが、拙いながらもピアノの連弾が始まると、それまで、私たちには気をかけてもいないようだったご老人たちが静かに視線をピアノに注ぎだし、そのうち、ピアノと一緒に歌いだした。そして、曲が終わると一斉に拍手が起こった。

子供たちの演奏を歓迎してくれるだろうとは思っていたけれど、予想以上の反応!

短いリハーサルを終えて食堂を出た後も、まるで犬がしっぽを振って子供の後を追うかのうように数人のご老人がついて来た。

「どこいくの?」「また来る?」と聞かれ、「12/1にまた来ます。そのときは他の子たちも連れてクリスマスの曲を弾いたり歌ったりします。」と繰り返し答える。

「訪問者がいなくて寂しいんでしょうね。気に入ってもらえるなら、ピアノの奉仕も続けたらどうでしょう?」と子供のおかあさんが言った。

ピアノを聞く側も、弾く側も皆が喜んでいる!

奉仕はまだこれからなのに、天国を垣間見た気がして、「収穫は多いが、働き人が少ない。」(マタイ9:37)という別の聖句も頭をよぎった。

不安は消えて、「だからやってごらんと言ったのだよ。」という神様の声が聞こえるようだった。

 

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