秋の日は短くて

アメリカの9月は新学期、事始めの季節。テレビは新しい番組が始まり、しばらく静かだった学校は新入生を迎えて活気をおびる。そんな9月はあっという間だった。

抗がん剤の副作用は同じでも、いろいろ手を延ばし始めて、私の活動量も夏より確実に増えたように思える。

「一日を神様と一緒の時間から始めなさい。」と言っていたジョージの言葉通り、朝は6時に起きて祈りと聖書朗読の時間から過ごすようになると、聖書の言葉が、挽いた豆がフィルターを通して香ばしいコーヒーに変わるように、私の心の中にもゆっくりと浸透していくように感じられる。

いつもどってくるかわからない、完治することのない癌、終わることのない治療がもたらす多数の副作用を近視眼でみたら簡単に飲み込まれてしまう。そんな敵の前で、聖書は、開く度に私に希望、平安、勇気、そして喜びさえ与えてくれる。

再会

12年前に9歳で心臓移植した少女が大学生になって再び英語の勉強のためにロスに到着した。でも、すぐに熱がでて、大勢の日本人の心臓移植を助けてくださった循環器医師のDr。コバシガワを受診した。彼女のお供をした私は、彼女とは12年ぶり、先生とは3年ぶりの再会だった。先生は少しも変わっておらず、カツラの私に一瞬とまどいながらも、笑顔で挨拶してくださった。女子大生の心音を聞いて、「とても力強い」とおっしゃり、心配ないと一言。移植により、少女から大人へと成長した彼女のことを、大変喜んでくださっているようだった。
私も、懐かしい再会を通し、移植支援が私の人生を色どる貴重な時間であったと改めて感じ、うれしくなった。

「あなたがたの間でかしらになりたいと思う者は、すべての人の僕とならなければならない。人の子(イエス)がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである。」と聖書が語る(マルコ10:43)。

報酬をいただく仕事ではなかったけれど、渡航移植支援は、間違いなく神様が与えてくださった「僕となる」場だったと思い、それに応えられたことを深く感謝。そして、癌とにらみ合いながらも、神様のために奉仕する機会が今また次から次へと与えられていることを感謝。

短くなってきた日と共に、秋は駆け足で過ぎて行く。それでも愛する家族といつも一緒にいるように、神様をも近くに感じて、私の人生再び、充実してきた。:-)

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