今を喜んで生きる

癌が映像から消え去ったという知らせを皆に知らせた。

「おめでとう!」「ありがとう!」と心から喜んでくれる人たちと硬く抱擁しあっている頭の隅に、

「でも、きつい抗がん剤はまだ続くぞ。」

「 癌は映像から消えただけだ。治ったと思ったら大間違い」

という声が、あの不確かな肺の中の小瘤のように残っている。

でも、この声に喜びをつぶされてはいけないと思った。不透明な中にいるからこそ、良い知らせを心から家族や仲間と分かち合い、喜びを倍にしなければと、金曜日はまたお寿司を食べにいき、祝日だった昨日は、息子たちと、知的障害を持ちながらもずっとおつきあいを続けているマイカを家に呼んでBBQを楽しんだ。

癌は明日戻ってくるかもしれない。でも、それを心配することは、明日大地震や交通事故にあうかもしれないと心配するのと同じだと思う。

たとえ再発や転移の確率が高いとしても、明日のことは誰にもわからないのだから。

自分にできるベストを尽くしたら、後は全知全能の神に預けろと、聖書は繰り返し教えている。

長生きしても、喜びも、希望もないのなら、それはただ息をしているだけで生きている意味がない。

良い事が起きても、明日、それを失うかもしれないと心配していたら、せっかくの喜びを台無しにしてしまう。

うれしいことが起きたときは、神様にたくさん感謝して、心から喜ばなくっちゃ!

そして、悲しいことが起きた時は、神様がすぐ隣にいてくださっていると信じ、神様に助けてもらう。

困ったときも、聖書は神様に知恵を求めろと教える。

家でも、仕事でも、健康でも、家族でも、あって当然のものなんて何もないんだから。回りをみて、なんで私は。。。と考えるのは大きな誘惑!今与えられているものに感謝しなくっちゃ。

たとえ髪が永遠に生えてこなくても、体が醜くなっても、頭の回転が遅くなったって、創造主の目にとって、私たちの価値は変わらない。

「恐れるな。私は貴方を決して離れない。」と、神様は約束してくださったんだから。

神様から呼び戻されるその日まで、一日、一日を、その一時、一時を、不安や苦痛に盗まれず、いつも喜んで、感謝して、さらに実りある人生にしていけるようでありたい。

 

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