May, 2012

転移後治療一週間目

先週水曜日からやっと4度めの化学療法が始まった。今度のパクリは週1回の点滴を3週続けて1週間お休みというサイクル。

タイケルブと一緒の服用だと副作用も強くなるかもしれないと言われたけれど、今のところ下痢は一回、点滴当日と翌日に午後に2−3時間のお昼寝はしたけれど、ありがたいことに吐き気や倦怠感、筋肉痛や味覚変化等はない。

パクリ経験者の方から、一番の副作用は手足の先がしびれる末梢神経症で、これにはビタミンB6と12が良いと聞いたので、さっそく医師と相談後、複合ビタミンBを買った。

しまい込んでいたカツラもまた出したけれど、脱毛までにはまだ数週間あるようだ。

追加でとったCTで、先の生検で3つだった癌が4つに増えていたのはがっかり。いづれも胸骨付近のリンパ節。

でも、水曜日にハーセプチンとパクリの点滴をしたら、その数日前からあったズキンという右胸の痛みがすぐになくなった。

効果が出るとすると、1−2ヶ月でわかるというので、2ヶ月後に検査をお願いした。(私の場合は腫瘍マーカーが反応を示さないので、CT検査)

来週は点滴のためにいよいよポートを埋め込んでもらう。リンパ水腫で使える腕は右手一本。毎週の点滴やら血液検査やらで何度も針をさす事になるのに、私の血管は細いと、看護婦さんたちは使える血管を探すのに苦労している。

ポートを入れても感染の心配もなければ、水泳さえも問題ないというし、血管が傷つく心配もなくなるるということで判断した。

2ヶ月後、新たに加えたパクリで少しでも癌が縮小しますように!

 

T-DM1陳情書

私の命を救うかもしれないT−DM1の陳情書をインターネットで見つけた。


1000人分の著名を集めて連邦議員にこの夢の薬が一日も早く認可されるように働きかけるもの。発案者がどんな方なのかはわからないけれど、最初の著名はフロリダから5/7にされている。

すぐにサインして、家族や友人たちに協力を仰ぐため転送したところ、息子たちや義娘の名前もすぐに陳情者名簿に現れた。そしてわずか半日で陳情者の数は100余名から400名を越えた!

コメントをみると、「友達のお母さんの乳ガンが肺に転移した。一日も早くT−DM1の認可を!」等と明らかに息子の友達と思われるものがいくつかあった。

ネットの力って凄い。

この新たにサインをした300名あまりの人の中には、もちろん息子たちの友人以外の人も含まれているに違いない。

でも、私がこの陳情書を見つけた昨夜までの平均著名数は日に30名ほどだったことを思うと、これは息子たちの力が影響していると思わずにはいられない。

彼らのたくさんの友達が会ったこともない私のために協力してくれていると思うと、奇跡を見ているような気がする。

そして、次男からのメール。

「おかあさんのために1000人の著名を集めるからね。最後まで勇ましく闘って!」

うれしくて、涙が溢れた。

 

下痢で治療一旦停止

母の日前日、息子達がお寿司の大皿を持って一日早い母の日を祝うためにやって来てくれた。

おいしそう!と思ったのに、少し食べたら、胃がキリキリ。あれっ?おかしいよ!

副作用が強くなっていると感じつつ、それでも母の日の週末を楽しく無事過ごした火曜日、下痢が薬を飲んでも止まらなくなった。

夜、タイケルブを取ったら、さらに吐き気や腹痛も伴いはじめ、1時間起きにトイレに走る始末。

お腹の中のものは水分も含めて全部外にでちゃってるんじゃないかと思うほど。こんなひどい下痢は始めて。

脱水しないようにトイレに起きる度に水を飲んで朝を待った。

翌日の水曜日はパクリとハーセプチンの点滴の日。

こんな状態でさらにパクリを加えたらどうなっちゃうだろうと心配だったので、看護婦さんに事情を説明すると、結局1週間全ての薬を中止することになった。

全部中止してしまって大丈夫?とも思ったけれど、体を回復することの方が大切なんだろうと、納得。

水曜日はそのまま一日静養したところ、下痢の回数はすぐに減り、元気もみるみる回復してきた!

金曜日の今朝は、2ヶ月ぶりに癌友とビーチを散歩した。

久しぶりのビーチは風も爽やかで、コバルトの海は穏やか。白砂の海岸線に沿ったきれいな町並みとその向こうの緑の丘がとても新鮮に見えた。

抗がん剤から解放されたのは久しぶり。来週の水曜日まで、楽しまなくっちゃ!

2012年母の日家族写真

PS: T−DM1の陳情著名者数が1000名を越えました。日本からも大勢の方が署名してくださり、心より感謝です!目標はさらに2000名に引き上げられましたが、アメリカでの一日も早い認可は日本での認可をも早めます。まだ署名していない皆様も、どうぞこの署名にご協力くださいますようお願い申し上げます。

署名はこちらからどうぞ。「 FDAへT-DM1 (HER2+乳ガン新薬)早急認可のための連邦議員への陳情書

本物(?)イエスに興奮気味

“Heaven Is for Real”(天国は本物だよ)という本を読み終えた。

昨年友達からクリスマスプレゼントでいただいたのだけど、死後の世界の話はいつもあちこちにいっぱいあって、彼女の心使いには感謝しながらも、きっとまた安っぽい子供だましの様な話だろうぐらいにしか思っていなかった。

でも、この本、2010年以来ずっとニューヨークタイムズ、ノンフィクション欄のベストセラーに選ばれていて、最近は車の中でも聞けるCDブックにもなったそうで、話題を呼び続けている。

それじゃあ、ということで病院へ行く度に持参した。

天国に行ってきた幼児

1994年当時3歳だった男児コルトンが盲腸破裂で死にそうになり、そのとき天国に行って、天使、男児が生まれる前になくなった祖父、流産で生まれることなく亡くなった姉、イエス、イエスの従兄弟のバプテスマのヨハネ、イエスの父の神と出会ったという経験を、牧師である父が回想記述した実話で、読んでいくうちにどんどん引き込まれた。

コルトンの様態がおかしくなってから盲腸破裂と分かるまで1週間かかり、緊急手術となったときは、誰もが死を予感した。

両親は教会員、友人、知人に奇跡を求める祈りを頼み、父は一人病院のチャペルで神に怒りをぶつけた。

「今年はさんざんな事ばかり続いたと思ったら、今度は息子まで取り上げるのか!それが一生懸命仕えている牧師に対する態度か!」

しかし、「最高に無礼な祈り」は多くの人の祈りと共に天に届き、コルトンの手術は奇跡的に成功する。そして、元気になったコルトンは天国の話をしはじめる。

死ぬ事は勝利!

聖書を信じる私はもちろん天国があることを信じている。聖書には天国の記述がいくつもあるけれど、悲しみも憎しみもなく、この世よりもはるかに美しく、神様への賛美と喜びに満ちたところと書かれている。

死ぬことは私たちを創造した神様のもとに帰ることであり、神様のそばで永遠に幸せに暮らすんだと思っていたけれど、コルトンの話を読んだら、益々天国やイエス様が身近に感じられた。

「死んで最初に会うのはイエス様だよ。」

「イエス様はとてもきれいな目をしていて、とってもやさしかった。」

イエス様の様子をさらに聞きたいと、両親はコルトンに様々なイエス様の絵を見せて、「こんなだった?」と質問するのだけど、コルトンは「違う」と首を横にふるばかり。

それが、コルトンと同じように、天から力を受けて4歳から絵を描き始めたという天才少女の描いたイエスの肖像画を見せられると、コルトンは始めてそれが天国で会ったイエス様だと答えたと言う。

本の挿絵にあったそのイエスの肖像画は髪が短くて、鼻筋が通って、とてもハンサム!

夢中になってきた私は今度はこの天才少女を検索。彼女の作品インタビューを見つけたら、コルトンよりも年上(18歳)の彼女が描写する天国やイエス様のイメージはコルトンの言葉よりもはるかに鮮明で、説得力があった。

聖書は偶像崇拝を禁止しているけれど、私は二人の子供たちが口を揃えて「これがホントのイエス様」という写真に、この方が私の汚点の代価を全て払ってくださった命の恩人と、すっかり見とれている。

こんな素敵なイエス様が待っていてくださる天国なら、死ぬ事は終わりじゃなくて、始まり。暗闇じゃなくて、栄光。敗北じゃなくて勝利!

イエス様を知り得て本当によかった!

          

本の表紙と挿絵にあったイエス肖像画。Akian Kramarkという名の少女が9歳のときに描いた作品。

 

 

 

明日から小旅行

聖地イスラエルに行ってみたい。

母が教会の旅行でイタリアに行くと言っていたけれど、それなら私もイタリアに行って、母と合流するのはどうだろう?

日本にも帰らなきゃなあ!

年取りすぎる前にハワイでスノーケリングもしたいなあ!

今年の夏には治療も終わるだろうと期待していた私は、全く何が待ち受けているかも知らず、いろいろ楽しい空想をしていた。

復活祭まではジョージが忙しいけれど、それが終わったらとりあえず休暇を取って、どこかに小旅行に行こうと話をしていたのに、転移騒動で、そんな話はとたんにたち切れ。

新しい治療薬のパクリが加わってからは、点滴も毎週になり、旅行の「り」の字も出なくなった。

それが、思わぬ下痢で、治療が中断すると、「シメタ!」と、再び旅行への願望が持ち上がった。

残念ながらこの週はジョージの都合がつかなかったのだけど、これをきっかけに、旅行の日程を6/1から6/4と決め、いろいろどこへ行こうかと考えていた。

結局ロスから北に車で6時間ほど走ったところ、サンフランシスコからなら南へ2時間ほどの、海沿いの小さな町、カーメルに行くことに決めた。

私は、キッチンがついていて、隣部屋や上階の音を気にしなくてよい貸別荘がホテルよりも落ち着けて、いつもお気に入りなのだけど、ジョージが家主に私が癌闘病中であることを告げると、いたく同情してくださり、なんと一晩余分に宿泊を許可してくださった。

「癌寛解を祈って、私からのプレゼント。よかったらどうぞもう一晩泊まってください。」

ウソー!ホント?信じられない!うれしい!

これを恵みと呼ぶんだよね。

明日午前中はESL (英語を外国語とする人たちを対象とした)聖書クラスの日なのだけれど、クラスが終わり次第出かけることに決めた。

到着するのは午後の7時を回るかもしれないけれど、夏時間の今は8時頃までは明るいから、道に迷うこともないだろう。

幸い下痢は止まっており、体調はまずまず。

美しい景色の中で、ゆっくり心も体も休ませてくることができますように。

行って来まーす!