揺れた一週間

期待はずれのUCLA訪問

肺転移がはっきりして、癌闘病の局面はすっかり変わってしまった。

突破口を見つけるんだ!と思って訪問したUCLA。でも、ドクターとのミーティングは期待はずれに終わってしまった。

「TDM−1をあげれるものならあげたい。でも、君はタイケルブを取っているから治験参加資格がないんだ。しかたがないから従来の抗がん剤にもどるしかない。アバスチンはどうした?」

「アバスチンはもう乳ガンのリストから名前を外されましたから。。。」

そう答えたら、それには何も言わず、次に薦められたのはゲムシタビン。

「癌が治るという確証があるなら副作用が辛くてもしかたがないが、そうでないなら体に少しでも優しいほうがいいだろうから。」

「パクリとハーセプチンで肺に転移した乳ガンを抑えた方がいるんですけど、パクリはどうですか?」

「試したければかまわないが、副作用が辛いぞ。」

6週間ゲムシタビンを続けて様子をみる。ダメなら他にも試してない薬はあるのだからそれらを試したら良い。

結局、TDM−1に手が届かなければ、これといった名案はないのだという印象を受けて帰宅した。

 追いつめられた重圧

夜、崖っぷちに立たされている自分のイメージが頭に浮かび眠れなくなった。

介護老人ホームから老人病院へと移されていった父もこんな恐怖を感じただろうか?

人工心肺器に頼りながら、いつくるかわからないドナーを待った臓器移植の患者/家族の方達も、こんな重圧を毎日感じていたのだろうか?

何度も起きて、聖書を広げてみたけれど、心が集中しない。

しかたがないので、ただひたすら祈った。

ばん回!

T−DM1のみが私に希望を与える薬であるならと、ジョージはT−DM1を「懇願」という手で手に入れると、友人、知人に応援を求めるメールを打ち始めた。

 

そして、アニーからの激励の長いメール。(アニーは若いとき、突然旦那が二人の子供を連れて雲隠れ。以来70歳を越える今日まで一人暮らし。ベトナム戦争によって負傷,7回以上に及ぶ手術の末、四肢麻痺となった弟がいる。わずかな収入で細々と生活しながらも、素晴らしいキルトで障害者や癌患者支援のNPOを続けている。)

「いったことのないところへ一人で足を踏み入れていかなければならないと想像することはもちろん怖いよね。でも、神様は私たちと一緒にその一歩、一歩を歩いてくださる。神様は私たちの羊飼いであり、私たちを憩いの泉に導いて休ませて下さる。

一日、一日を、今日がこの世の最後と思って生きましょう。そうしたら、人生で大切な事を忘れずに実践できるから。壊れた関係を修復する。大切な人たちに、どんなに感謝しているか伝える。行く所々で親切な行為にエネルギーを注ぐ。それが私たちの命のエネルギーを新たにするのだから。。。。」

主は私の羊飼い。

私には乏しいものがありません。

主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。

たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。

あなたがいつも私と一緒におられますから。

あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。

わたしを苦しめる者を前にしても

あなたは私に食卓を整え、私の頭に香油を注ぎ、

私の杯を(祝福で)溢れさせて下さいます。

まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。

私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。

 

後にイスラエル建国の王となるダビデが、命を狙われて洞窟から洞窟へと逃げ回っていた死と隣あわせのとき書いたとされる詩編23。

 神様が、この先の見えない暗闇の中にも、私に心の糧を与えてくださり、愛と勇気で満たしてくださることを感じながら、新しい週を迎える。

 

 

 

 

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