東北大地震と私に共通するもの

福島県から地震の被害にあった教会の牧師が来るからとスーザンに誘われ、彼女の教会へ出かけた。

紹介された、薄グレーのやや長めの髪をした40代と思われる佐藤牧師は通訳者のために、ゆっくりと、短いセンテンスで、わかりやすく話を始めた。

原発から5キロ内にあった教会には避難命令が出され、津波で教会員も亡くなった。避難所では食事や暖に欠ける生活を強いられ、大事な家族や住む家もなくなったのに、「なぜ神様はこんなひどい事を。。」と、文句を言う人は一人もなく、むしろ「神様が一緒にいてくださる。ありがたい。」と感謝の言葉が溢れ、洗礼を受けようと決心した方が8人もいたと言う。

天地を創造された神様は、私たちから災いを取り除かれる代わりに、私たちのそばにきて、共に雨あられの中を歩むことを選ばれる。

遠藤周作の「沈黙」を3回も読んだという従姉妹が、「あんな惨いめにあいながら、なぜ神を信じられるのか、それがわからない。」と質問した時、ジョージは、次のように答えた。

「この世から不幸を取り除こうとすれば、神は人間から自由意志を取り去らなければならなくなる。神は私達を愛しているから、ロボットではない、自由意志を私たちに与えてくださった。そして、自由意志を取り去る代わりに、苦しむ者のそばに寄り添うことを選ばれた。遠藤の作品はそれを伝えている。」

神は地震や津波を止められなかった。私は癌になり、癌はなかなか消え去らない。でも、地震や津波に襲われた被害者の人たちが、感謝の気持ちで溢れ、神の臨在を感じるように、私も神がいつもそばにいてくださっていることを感じ、心強くなる。

「私は乏しいことがありません。。。。たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにあられますから。。。」

佐藤牧師たちは、このダビデの詩編23章を文字通り体験し、そして、癌の私も同じように、この言葉に共感する。

この世に不幸は溢れているけれど、神は決して「沈黙」してはいないんだ。

スーザンの教会は、この佐藤牧師の教会のために約300万円の義援金を集め、送ったという。

神様はいつだって素晴らしい!

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