旅立ちました

本日1月2日17時02分、姉、Kazuyo Baumは旅立ちました。
皆様には沢山の暖かいコメントや想いを頂きましてありがとうございました。

癌と聞いた当初は生まれた国から離れたところで病気になってさぞかし心細いだろうと、可哀想だと思っていましたが
このアメリカにいたからこそ、Baumファミリーを始め皆様からのサポートがあったからこそ、ここまで乗り切れたのだと、
彼女はとても恵まれていたと、感謝という言葉では表せないほど有り難く思っております。

ありがとうございました。

モルヒネ増量

姉の和世に変わって今日からブログ更新を任されました、4人兄弟、末の妹です。
姉のような文才がないので読みづらいとは思いますがよろしくお願い致します。

11時過ぎに呼吸が苦しいと訴えたのでモルヒネを更に増量してもらいました。
昨日までは飲みたい物や氷、枕のポジションをこうしてくれ、とか話せていたのですが今日は問いかけにうなづくのがやっと、肩を大きく上下させ呼吸が辛そうです。

病室に通うようになって3日目ですが、時間の経過と共におしゃべりが減り目に見えて弱々しくなってきているのは寂しいかぎりです。

新年明けましておめでとうございます!

大晦日に日本から妹達が慌てて飛んできてくれてスピリットがハイになってます。
思い出話で笑って喋って楽しい時を過ごしています。家族って素晴らしい。皆さんの祈りを感じてます!
妹達が帰るまでブログは更新できそうなのでどうぞ続けてチェックして下さい。
新しい年が皆様にとって良い年となりますように!

治療再開

私の肺の癌は大きくなりすぎて、放射線療法はかなわないことになった。
残る手段は抗がん剤のみということで、再びハーセプチンとタイケルブを昨日より始めた。

このコンボを使うのは3度目。

今年5月にハーセプチンとアブラキサンが効いてないことを知って、タイケルブを加えたけれど、10月のCTでは腫瘍が2倍近くも大きくなって、全く効いてないことを思い知らされた。その失敗コンボをまた使っても結果は見えていると思えるけれど、それが医師たちの選択であるなら従うのみ。
このコンボに、いづれハラベンが加えられる予定。

脳の放射線療法も今日から開始。
入院先の病院から救急車で、放射線科がある姉妹病院まで約1時間のドライブ。
そこで顔と頭をすっぽり覆うマスクをつくり、レントゲンやCTをとり、頭部全体に放射線を受けた。ガンマナイフという腫瘍のみを狙う選択肢は、私には推薦されなかった。放射線治療期間は一週間の予定。

呼吸を少しでも楽にと、ステロイドの投与も増え、結果、血糖値が上がってくるので、インシュリンの注射も食事毎に受けるようになった。
何もかもが今までになく物々しく進んで、医師たちが必死で私の治療に向かってくれているのを感じる。

ステロイド増量のせいなのか、一週間前に入院して以来、始めて元気が回復してきたのを感じている。日本食の差し入れに全くなかった食欲も出てきた。

明日はいよいよクリスマスイブで、退院を希望している。

過密度を増す治療と同じように、家族や友人たちの支援も驚くほどに増し、家に戻っても、私が何も困らないよう、全てが万全に整えられているとか。。

ただ、ただ感謝に尽きる。

主の恵みは私の杯から溢れて、私は喜びに尽きない。

この素晴らしい主の御名が、世界中で賛美されますように!

MARRY CHRISTMAS!

もう一つの奇跡

メールや書き込みを通してたくさんの励ましをいただき、涙が出るほどに感謝しています。個別にお返事する元気がが今はなくて、大変申し訳ありませんが、この場を持って皆様に心よりお礼申し上げます!

自閉症元生徒からのメール

たくさんいただいたメールの中に、かつてわたしの生徒だった自閉症青年からのメールがありました。特殊教育補助教員として、彼の個別指導を担当したのは彼が中学に入学した時から卒業までの3年間で、今から10年ほど前のことになります。

公立学校という英語環境の中で、日本人の彼は私と日本語で話をすることを喜び、教会に通っていたことで、私にイエス様のことや祈りを共にする機会も与えてくれました。

中学卒業後、私が癌告知を受けて退職後も、時折メールが来て、短い会話がづっと続きました。

怒りの抑制が困難で、グループホームに入居して数年が経ちますが、

「自分は、zz学校には行かなかった。AだのBだの、誰も知らない。だいたい自分の名前もXXではない!皆嘘をついて腹がたつ!」

そんな内容のメールが最近続いていました。

彼のお母様と話をしたら、自分の過去に犯した過ちに悩まされ、全てはなかったことと否定したくて、このような発言が生まれていることを知りました。

皆様からのメールの中に再び見つけた彼の唸る声に、
「XX,嘘だって言わなくてもいいんだよ。神様はもう許してくれてるんだから。XXの気持ちわかって、受け入れてくれてるんだから。正直に、生きたらいいんだよ。神様はXXのことが大好きなんだから。もう苦しまなくってもいいんだよ。」
そう返事をだしました。

次に来た返事には一言、
「僕は嘘をついていた!」

現実を受け入れた彼に、神様が、彼を癒した、彼は罪の意識から解放された。

そう思えて嬉し涙がこぼれました。

「私は貴方の永遠に変わらない愛を信頼します。
私はあなたの救済にあって喜びます。
主の栄光を歌い続けます。
主はいつも私に良くしてきてくださいましたから」
(詩篇13:5-6)

神様がくださったもう一つの貴重な出会いに感謝!

主の御心がかないますように

「脳の転移より、肺のの腫瘍が大きくなっている方が心配だ。」昨夜病室を訪れてくださった放射線腫瘍科医がおっしゃった。
肺の癌が、私の呼吸を難しくし、花火のようにガン細胞を能に打ち上げているとおっしゃる。

今日首から下のCTを撮って、その結果、肺の癌腫に放射線を当ててこれを先に縮小できるなら、そちらの治療が優先されるかもしれない。

処方される薬の量も一気に増えて、頭痛や吐き気、めまい、腹痛等、容態は一向によくなっている様子はない。

それでも、病院は退院を勧め、家には、酸素ボンベ、医療ベッド、歩行器、車椅子等がすでに送られた。

2週間前まで車を運転し、ワシントンDCまで飛ぶことを考えていたのに、状況は180度変わり、最悪の事態に向けて直行している。

看護婦さんが、「どうこの状況を受け止めていますか?」
と聞いてきた。

「一歩づつです。CTの結果でまた状況は変わってきますから。」
「私はクリスチャンなので、死ぬことは、新しい世界に行くことと、全く怖くはないんです。その前に苦しむのは嫌ですけどね。」

ハワイに行く時、ワクワクしたように、ヨーロッパに行く時ワクワクしたように、この世のどこよりも美しくて、平和で、苦しみも涙もない、私の大好きな過去、現在、未来の人が一杯で、そして私のことを誰よりも愛してくださっている天の父と、イエス様がおられるところに行くのだから。

イエス様についていきたいと思った時から私の命は神様の手の中。

私は弱くて、失敗ばかり繰り返しても、私が信じる神様は完全で、決して間違いを犯されない。今日までしっかり私を守り、愛しててきてくださった。
その神様がなさることを100%信頼している。
元気になりたいのは山々だけど、神様が天の国に帰る時と決められたのなら、それが最適な時であるに違いない。
まだやり残したことがあれば、時間をくださるだろう。
後に残る家族も今までたくさんの山谷を乗り越えさせてくれたように、しっかり導いてくださるはず。
そう信じている。

「貴方の御心が私の上に叶いますように。」そう今日も祈る。

ベセスダ、もう行かれない

入院中の病院医師が、頭がフラフラするという私の訴えを受けて、脳MRIを要請した。
頭がフラフラするのは麻薬系の咳止めを使い始めてからで、私はずっと、咳止めの副作用だと思っていた。

NCIでは、脳CTをパスし、ワクチン治験参加者で、脳転移になった患者はいないと聞き、(30分ほどの所要時間、狭いトンネルの中で咳を止めてじっとしていなければならない)MRIに抵抗があったものの、CTのように被爆量は心配しなくていいから、承諾した。
翌日、医師が結果を知らせに来た。
脳に少なくとも2箇所異常が見つかったという。恐らく、脳転移だろうと。

脳転移があってはワクチンは続けられない。この時点で、私は治験参加者資格を早くも失ってしまった。
3週間前、左眼に異常を経験したのは、やはり脳転移のサインだったようだ。

医師の報告に愕然としたのは言うまでもない。
でも、カイザーの医師達はこの新しい局面に即対応し、私は来週にも脳腫瘍を撃ち落とす放射線療法を受け、その後また抗がん剤療法(ハラベンとハーセプチン)に戻る事になった。
しょげている暇はない。
体制を組み直して、私と一緒にいてくださる神様にしがみついて、この新しい試練に対抗していかなければ!

第三回ワクチンは延期

息切れが日ごとに悪化して、地元の腫瘍科医から、肺の水は抜くほどじゃないと言われたものの、無事ベセスダまでたどり着けるか心配になって、NCIの医師と、地元の腫瘍科医に、メールした。

水を抜く必要がなければ、酸素ボンベ携帯を勧めるNCIの医師と、そこまで必要ないという腫瘍科医が話し合い、レントゲンをとって判断することになった。

すぐに結果が届くはずが、半日待っても何の連絡もない。

一方、シャワーの後、消耗が激しいのはいつものことながら、今朝は、いつも以上に息ができなくて、酸素レベルを測ったところ、わずか72(水準は93以上)しかなく、ベットに横になって、息が楽になった後も、タンスを開け閉めして、服をだしていると、またしてもすぐにハアハアしてきて、この時も酸素レベルは72だった。

足が重く、力がでなくて、家の中を移動するのもしんどく、病院に行ったら、レントゲンの結果も聞けるだろうと、次男の運転で病院へ行くことを決めた。

医師と会う前の検査で、酸素レベルを測ると、88。すぐに酸素吸入と車椅子が用意され、診察室へ。

前日とったレントゲンの結果を聞くと、水は少ないけど、炎症または肺炎を起こしている可能性があると、入院を言い渡された。

肺炎と聞いて、熱もないのにウソ!と思ったけど、よく考えたら、症状は急激に悪化してきたし、酷い咳をしながら、4月にやった肺炎を思い出していたのも確か。

NCIの医師に電話すると、「そんなんじゃ、ここまでたどり着かない。」と、来週予定されていた第三回目のワクチンはクリスマス後まで延期。

癌が大きくなると、肺炎を起こすことはよくあるのだそうだ。

恐らく数日の入院だとおもうけど、酸素吸入を受けて、呼吸はすっかり楽になり、寒波の中旅をする必要もなくなってホットしている。

身はボロボロでも心は錦

前回ブログを更新した日は、3つもお店をハシゴできたのに、今週に入ったら、息切れが激しくなって、掃除機を一部屋かけるだけで、ハア、ハア、駐車場からお店に入っただけで、ハア、ハア、座り込んでしまう。

サンフランシスコに住む次男が日曜日から来てくれ、料理、洗濯、掃除、買い物、全てジョージと一緒にしてくれ、10分も立っていれば、フラフラしてくる身に、優しさがしみる。

咳止めを止めて戻ったと思った食欲も、また減退して、腹痛も常時だけれど、これは変更した咳止めがやっぱり麻薬系だからなんだろう。

例年ならクリスマスコンサートやらホームパーティーやらで、この時期、気分は盛り上がるのに、今年は誘っていただいても、全て断念。

でも、クリスマスカードを書いていると、今年も大勢の方から数え切れない親切を受け取ったと感じ、感謝が溢れてくる。

ハワイ旅行や、家の修理、食事の差し入れ、家政婦さんの派遣、毎月匿名で現金の入った封筒を投げ入れてくださる方もいた。ベセスダにさえ、訪問の度にクリニックまで会いに来てくださり、車の運転や部屋を宿泊先代わり使ってと、提供してくださる方がいる。お見舞いの電話やメールも常時で、私は大きな愛の手に包まれていると感ぜずにはいられない。

大きな愛の手——それは、私を絶対一人にしないと約束してくださった神様の手。

愛してくださる神様が一緒だから、急降下に落ちるこの「死の影の谷」も前進していける。

このブログを読んで、応援してくださっている多くの方にも心より感謝申し上げます!

次のワクチン接種出発はこの日曜日。

ベセスダは今、寒波に襲われていて、天気予報を見たら、来週の最高気温はわずか1℃!(ちなみにロスは18℃)

回を重ねるごとに大変になってくる旅だけど、無事ワクチンに漕ぎ着けられますように!