始めに

1954年10月21日静岡県浜名郡新居町生まれ。浜松育ち。アメリカ、ロスアンゼルス在住21年。自分は癌とは縁がないと高をくくっていたのが、2010年5月7日乳がんであると告げられた。

浸潤性乳管癌。

乳がんの中で最も多いタイプだそうだが、その後に続く、HER2 陽性 という診断はこのタイプの中の25%に当たる、進行性が早く、且つ再発の可能性が高い手強い癌であるらしい。

でも、最近このタイプの癌に合わせた新薬ハーセプチンが開発され、それが強みとのこと。

我が家に癌を煩った者はおらず、お酒もタバコも吸わず、食事も野菜やくだものをしっかり食べてきたのに、なんで私が癌なの?嘘でしょ?と、信じられなかった。

胸にしこりをみつけてから、ハラハラドキドキのローラーコースターに乗っているような毎日。

でも、もっと驚いたのは、 家族、友人、教会から、信じられないほどの激励と支援を受け始めたこと。正直、私は教会の力を軽視していた。

まるで、癌細胞を攻撃するため、無数の白血球が凝縮するように、多くの支援に支えられて、私の士気は多いに高まり、今、私はこの癌の嵐を走り抜くことができると感じている。

過去13年、臓器渡航移植支援ボランティアを通し、死と闘ってきた多数の患者家族とであってきた。愛する家族を奪おうとする死の恐怖の他にも、身寄りもいない 外地での生活、慣れない言語、そして億という単位での医療費の工面さえもして、闘い抜いた彼らは、私のヒーロー。彼らもまた私の士気を高める先駆者たちだ。

一粒の麦は死と向かい合う家族支援を目指すから、私のこの乳がんの経験も同じように死と向かいあう人達の励みとなり、一つの臨床例として役にたつことを願い、また、応援してくださる方への報告として、ここにブログを掲載していこうと思う。(2010年6月3日)

ブログへ